第58話

「やっぱり失敗だった……」


 これを言うのは何度目かになるか。

 柊家の当主である俊夫に頼まれ、綾愛と奈津希の海水浴について行き、おかしな男が近付かないようにしてくれと言われていた。

 たしかに2人は見た目が良いので寄ってくる者もいるかもしれないが、いくら何でもたいした数ではないと思っていたが、その考えが甘かった。

 伸が側にいるというのに、ナンパしてくる男がひっきりなしだった。

 しかも、綾愛だけでなく奈津希までもだった。

 この海岸はロリコンで溢れているのかと、文句を言いたいところだ。


「大変だったわね……」


「全部おごりなんだから許してよ」


「……まあいいか」


 2人に声をかけてきた男たちを止める伸は、海水浴どころではない。

 中には暴力を振るって来るような者もおり、大人しくさせることに動かなければならなくなった。

 のんびりすることを求めていたのだが、休まる時がないまま昼の時間になってしまった。

 海の家の微妙なカレーを食べ終わり、ため息つく伸に対して綾愛と奈津希は申し訳なさそうに話す。

 ここに来れたのも柊家の仕事にバイトとしてついてきたのだし、この自由日も合わせて伸にかかる宿泊費用の全てを柊家が出してくれるということになっている。

 海になんてなかなか来られないのだから、タダで来れたのだからこれ以上文句も言いづらい。

 ナンパ男たちを静かにさせるのにちょっとした騒ぎになったので、伸たちの周りにはもう寄って来ることはないだろう。

 午後は静かにできることを祈りつつ、伸はひとまず気持ちを落ち着かせた。


「あっ!?」


「お~! 伸!」


 昼食を終えて少しした頃、ようやくのんびりしていた伸は知り合いの姿を確認した。

 向こうも伸に気付いたらしく、手を振って近付いてきた。


「ヒーローじゃん!」


「……やめてくれ」


 近付いてきたのは、昨日出現した魔物を倒して新聞の一面に載ることになった伸の友人の了だった。

 その了に、伸は揶揄うように声をかける。

 それに対し、了は本気で困ったように返事をした。


「新聞社の人とかに色々聞かれたけど、頭怪我した時から全然記憶がないんだ」


 昨日巨大イカの魔物と戦った時、了は頭部にダメージを受けて意識が混濁し、それを取り戻した時には自分が魔物を倒したということになっていた。

 地方紙の新聞社に色々質問を受けたが、無意識でしたとしか言いようがない。

 魔物を倒したという実感がないため、みんなに褒められても居心地が悪いだけだ。


「伸なら知ってるだろ? 本当に俺が倒したのか?」


「……あぁ、確かに了が倒したぞ」


 巨大イカと戦った時、側には伸もいた。

 自分が魔物を倒したというのなら、伸がそれを見ていたはず。

 他の人間に言われてもいまいち信用できないが、親友の伸が言うなら本当なのだろうと確認がしたかった。

 その思いから問いかけた了の質問に、伸は少し間をおいて返事をした。

 本当の所は、眠らせた了を伸が操作して倒したというのが正解だが、何にしても了が倒したのに変わりはない。

 なので、伸の言ったことは嘘ではない。


「何か体調に異変はないか?」


「あぁ……、特にない」


 昨日怪我を診た時、脳震盪と判断しすぐに治療したが、もしもの可能性として伸は了へ体調異変を感じていないか尋ねる。

 その質問に、了は体を少し動かしつつ返答する。


『んっ? 気のせいか……?』


 念のため、了の体調を確認するために魔力の流れなどを確認してみる。

 すると、伸は少しだけ気にかかることがあった。

 体調に関することではないし、昨日とはほんの僅かな違いのため、伸は気にする事ではないと無視することにした。


「ところで合宿は?」


「昨日のこともあって、俺だけ休んでいいって。取り敢えず海でも泳ごうかと思ってきたら、伸の姿が目に入った」


「へー、そうなんだ」


 了は剣道部の合宿でこの近くの施設に来ているということだった。

 それなのに、伸と同様にトランクス型の海パン姿だ。

 その姿で練習という訳ではないだろうから、ここに何しに来たのか問いかけた。

 すると、昨日の魔物討伐のボーナスとして、了に休みが与えられたようだ。

 偶然とはいえ、会えたのは良かった。

 これで綾愛たちの面倒を見る役割を手伝ってくれる仲間ができた。


「そういや、昨日聞き忘れたが、伸は何でここにいるんだ?」


 伸が内心で面倒事に巻き込もうとしていることを知らずに了が問いかける。

 昨日は魔物と戦っている最中だったので聞いている暇がなかったが、伸がどうしてここにいるのだろうか。


「俺は……」


「新田君!」


「あっ! 金井君がいる」


 伸が了の質問へ返答しようとしたところへ、綾愛と奈津希が海から上がってきた。

 2人は、伸と話す者の顔を見て了だと気付いた。

 伸の連れである水着姿の2人を見て、了は固まった。


「…………両手に花とは良い身分だな?」


「いやいや、ちょっとバイトで柊家の仕事を手伝わせてもらって、たまたま1日余ったんだ」


「……そうか」


 剣道場で汗臭い中練習している自分とは違い、伸は女子2人と海水浴を楽しんでいたのだと判断した了はものすごい形相で睨みつけてきた。

 視線だけで呪いをかけているのではないかという了に、伸は慌てて自分がここにいる説明をする。

 その説明で完全に納得したのか怪しいが、了はとりあえず睨むのをやめてくれた。


「上手くやってんだな……」


「何か嫌な言い方だけど、まあいいか……」


 学園では伸と綾愛の関係が噂されたが、伸を見ていると別に恋人関係ではないのは分かった。

 しかし、どんな理由だろうと名門の柊家と関係が持てたのだろうと、了は少し羨ましそうに呟いた。

 了にはそんなつもりはないようだが、その呟きは上手く取り入ったと言っているようで、何だか嫌な言い方だ。

 そう捉えられているとしても特に問題ないため、伸はそれ以上何か言うことはやめた。


「……というか、何で杉山はあの水着なんだ?」


「需要と供給だそうだ」


「……納得できるような、できないような……」


 奈津希の水着姿を見て、了も伸と同じことを思ったようだ。

 小さい声で聞いてきた了に対し、伸は奈津希が本気で言ったのか分からない返答をそのまま伝えた。

 その返答を受けた了は、なんとなく微妙な表情で首を傾げるしかなかった。


「とりあえず、了も仲間に加わった」


「へ~……」「別にいいんじゃない?」


「えっ!? そうなの?」


 伸の言葉に、綾愛たちは気にしないように答える。

 3人で遊んでいる中に入ってもいいのか了は驚く。

 しかし、伸の言う仲間とは綾愛たちに近寄る野郎どもの排除だということを、了はまだ知る由もなかった。


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