第44話

「……邪魔者もいなくなったし、思う存分やれるだろ?」


「わざわざ待ってくれるなんてな……」


 柊家の当主である俊夫が、この場から去っていくのを待って魔人は口を開いた。

 怪我も負っているし、伸の邪魔が入るとは言っても攻撃を仕掛けようと思えばできるはずだ。

 しかし、警戒している伸のことを嘲笑うかのように、魔人は全く動かずにいた。

 その態度に、伸は意外そうに呟いた。

 たしかに、伸とすれば俊夫の存在を気にしながら戦うよりも、何の迷いもなく戦える方が本気を出せるため、気まぐれだろうとありがたいことだ。


「全力のお前を叩き潰す。それが楽しみだからな」


「……性格まで変わってねえか?」


 パワーアップを果たしたからか、だいぶ余裕があるような物言いだ。

 しかも、殺した兄の魔人のような戦闘狂の一面を感じ取れる。

 もしかしたら、魔石を取り込んだことにより性格まで変化したのだろうか。


「さて、この溢れる力を試させてもらおう……」


「これまでと違うな……」


 何の迷いもなく1対1の戦いができるようになり、魔人はゆっくりと伸に向かって構えを取る。

 武器はこれまで通り両手の爪だが、身体強化に込められた魔力が段違いに増えている。

 これまで通りの対応では危険だと、伸の中で警戒レベルを一段上げた。


「行くぞ!!」


『速いっ!!』


 伸が刀を構えたのを確認した魔人は、思いっきり地面を蹴り襲い掛かる。

 魔人のこれまで以上の移動速度に、伸は慌てたように左側へと跳ぶ。

 それによって、右手を振り上げるように振るった魔人の攻撃が空を切った。

 その空振りも全く音が違い、受け止めるのも苦労しそうだ。


「いいぞ! 避けられるようにしたんだ。一撃ではつまらんからな!」


 まっすぐに突っ込んでの攻撃。

 とても分かりやすい攻撃を躱した伸に、魔人は嬉しそうに話しかける。

 まるで手加減をしているような物言いだ。

 どれくらいの魔力を込めればどれほどの威力が出るのかと、確認しているかのような動きだ。


「オラッ!!」


「っ!!」


 魔人が左手を薙ぐように振る。

 僅かだが更に速度が上がっている。

 伸はその攻撃を後方へ飛び退くことで回避する。


「威力も速度も少しずつ上げてくぞ!」


「むっ!?」


 攻撃を仕掛ける魔人に、逃げ回る伸という図式になる。

 言葉の通り、魔人の移動速度が上がり、攻撃の威力も上昇していっているように感じる。

 魔人の攻撃が少しずつ、伸の体スレスレを通っていることからもそれが分かる。


「どこまで躱しきれるかな?」


 躱し続ける伸を、ジワジワと追い詰めるように攻撃を振るう。

 伸の表情が必死に思え、攻撃する魔人は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 配下を使っても、何の攻撃も通用しなかった時とは真逆の状況に持ち込んでいる現状を、してやったりと思っているのかもしれない。


「フンッ!」


「くっ!!」


 突きのように迫り来る左手の爪攻撃を躱し、伸は一気に距離を取る。

 その伸へ向けて、魔人は右手を向ける。


「あのバカのように力だけではないぜ! ハッ!!」


「っ!! 火球もでかくなったか……」


 伸に向けた魔人の右手から、言葉と共に火球が発射される。

 この魔人は、パワーアップ前から火球を放つ魔術を使っていた。

 当然その攻撃も予想していたが、その一撃の威力も変化していた。

 俊夫の全力の火球魔術とまではいかないが、かなりの高威力の火球が伸へと迫る。

 直撃すれば火傷では済まないであろう攻撃に、伸は急いでその場から右へと跳んで回避した。


「ハハッ! ドンドン力が湧いてくるぜ!」


「っ! くっ!」


 一息つく暇を与えないように、魔人は伸へと火球を連射する。

 1発1発にかなりの魔力が込められていて、伸は次々と迫り来る火球を右へ左へと回避した。


「オラオラッ!! 逃げるのが上手いじゃねえか!!」


 戦いながらも、魔人は魔石によるパワーアップが続いている。

 魔術を放っているのにもかかわらず、魔力が減らないでいるのが証明している。

 それが魔人本人も分かっているらしく、放つ火球が避けらているのも気にしていない。

 際限なく湧いてくる力に、どんどん上機嫌になっているようだ。


「ここまで上がっても避けられるか……」


 自分の移動速度と攻撃の威力は、上がり続けている。

 そのことを確信しているだけに、伸がそれを躱し続けていることを魔人は感心する。


「しかし、これが躱せるかな?」


「っ!!」


 これまで片手による火球攻撃だったが、魔人は躱し続ける伸へもう片方の手を向ける。

 そして、今度は両手による魔術攻撃を開始した。

 1発の威力はたいして変わらないが、数が倍へと変わり、伸は懸命に回避するため動き回った。


「…………おいおい、マジか?」


 パワーアップして高威力の魔術を連射する魔人。

 しかも、両手で放っているというのに、伸は躱し続けている。

 舞い上がった土で汚れはしても、全くダメージが与えられない。

 そのことに気付いた魔人は、段々と上機嫌だった表情を真顔へと変えていった。


「…………」


「……フゥ~、終わりか?」


 普通に放った火球がいつまでも当たらないことに見切りを付けたのか、魔人は魔術による攻撃をやめた。

 それを見て、伸はまるでいい運動をしたように軽く息を吐いて問いかける。


「……どうやら遊んでいたのは俺だけじゃなかったようだな」


 動き回っていたことにより軽く掻いた汗を拭う伸を見て、これまでの気分が一気に冷めた。

 どうやら、伸が必死に攻撃を避けるようにしていたのは演技だったようだ。

 それにまんまと引っかかり、自分は単純に魔力の無駄遣いをさせられていたのだと気付いた魔人は、伸の実力がどこまでか分からないため、ここからは真剣に戦うことにした。


「ヌンッ!!」


「……全力って事か?」


「あぁ……」


 真剣な顔つきになった魔人は、全身に纏う魔力を更に増やす。

 身体強化をさらに強化したのだ。

 ここからが本気と言っているかのようだ。

 無駄口を叩かなくなった魔人の態度に、伸も表情を引き締めた。


「ガアッ!!」


「グッ!!」


 見つめ合った伸と魔人は、ほぼ同時に動き出す。

 まず様子見として、魔人は直進して右手の爪で突きを放つ。

 それを、伸は刀で受け止めた。


「……とんだ化け物のようだな?」


 これだけ強化した自分の攻撃を、伸は吹き飛ばされるわけでもなくあっさりと受け止めた。

 しかも、刀と爪で鍔迫り合いのような状況になっている。

 人間の、しかも子供が、これだけパワーアップした自分と対等の力を有している。

 この異常な状況に、魔人は伸のことをまともな人間ではないと判断した。


「化け物に言われたくねえよ!」


 化け物である魔人に化け物呼ばわりされて、伸は心外そうに返答したのだった。


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