第37話

「音沙汰無しだな……」


「そうだね……」


 気温も上がり、もうすぐ前期の期末試験の時期が近付いている。

 魔人が逃げてもう1ヵ月が経つというのに、大きな事件は起きておらず、それが不気味に感じるところだ。

 未だに厳戒態勢は解かれておらず、官林地区と八郷地区の住民は恐々とした思いをしたまま日々を過ごしている。

 いつものように休みを利用して、伸は回復薬の販売をしに故郷である花紡州の供応市の魔闘組合支部に来ていた。

 そこで、支部長の紅林と話しているうちに、姿を消した魔人の話へとなった。


「地下にいる可能性もあるから慎重に範囲を狭めなければならない。だから捜索に時間がかかっているんでしょ?」


「その通りだ」 


 この1ヵ月、魔闘組合の魔術師たちにより、モグラの魔人の捜索が続けられていた。

 魔人の逃亡直後に緊急配備をおこなったことで、官林地区と八郷地区の中に抑え込んでいると思われ、その範囲を少しずつ狭めている状況だ。

 しかし、相手はモグラの魔人。

 地下に潜っている可能性もあり、その探知が難しい。

 探知を地下へと広げる場合、抵抗を受けるため魔力を結構な量使用することになる。

 そのため、捜索範囲を狭めたくても少しずつしかできず、これだけ長い時間がかかっている状況だ。


「ここまでの範囲なら、お前見つけられるんじゃないか?」


 支部長室の部屋の壁にかけられている地図を使って、紅林はこれまでで狭められた範囲を示す。

 官林地区の東、八郷地区の西側の端の方が魔人が隠れているであろう範囲とされている。

 伸の実力のことを知っている紅林は、若干冗談交じりに伸に探ることを促す。


「勘弁だね。その範囲を調べるのは骨が折れる」


「……無理とは言わないんだな」


 伸が強いというのは知っているが、全力を出したところは見たことがない。

 しかし、いくら何でも無理だと承知で言ったのだが、伸から返ってきた答えは自分の予想したのとは違うものだった。

 てっきり無理だと言って来ると思っていたのに、疲れるからいやだというのは、出来るけどやらないと言っているためだ。


「まぁ、この辺には来ていないのは確認できているから安心していいぞ」


「それが分かって良かったよ」


 魔人が潜伏しているとされている範囲には花紡州も入っている。

 だが、花紡州の中でも東の供応市は範囲外になった。

 故郷の地が危険に晒されていると思うと気になっていたため、その範囲から抜けたことを知って伸は安心した。


「他には何の情報も入っていないかい?」


「柊家の嬢ちゃんから聞いていないのか?」


 伸はこれまで何度も魔物を倒したりしてきたが、情報源はこの紅林だった。

 しかし、高校生になって柊家と関係を持つことができた。

 田舎の支部の情報よりも、名門の柊家の方が情報網は広いはず。

 そのため、伸の質問に対し、紅林は質問で返した。


「今日呼ばれてるんだ。そろそろ行くよ」


「そうか」


 同じ学園に通っているが、クラスが違うので綾愛と毎日会っている訳ではない。

 伸の方から用事がある訳でもないので、もしも魔人を発見したのなら綾愛の方から話しかけてくると思っていた。

 そして、昨日綾愛から柊家に来るように言われていたので、その予定時間の前にここに回復薬を届けに来たのだ。

 紅林と話していると、いつの間にかその時間も近付いていたため、伸は帰る用意を始めた。


「回復薬また頼めるか?」


「もちろん。じゃ!」


「おう!」


 支部長室から出る伸に、紅林はまた回復薬の製造を頼む。

 魔人は出ないと思うが、もしもの時に回復薬はあるに越したことはない。

 それと同時に、伸の顔が見たいという思いもある。

 まだ数年の付き合いでしかないが、年齢的に自分の息子でもおかしくない年齢の伸が気にかかるのだ。

 そんな紅林の思いを知らず、伸は軽い返事をして部屋から出ていった。






「よく来てくれた」


「どうも」


 紅林と別れた伸は、供応市の支部から柊家へと転移した。

 転移用に与えられた部屋から出ると、使用人の人が待ち受けていた。

 その使用人の案内で、そのまま当主である俊夫のいる部屋へと案内された。


「メールなどだと傍聴される可能性も考えないといけないからね」


「分かっています」


 俊夫にはスマホのメールアドレスを教えている。

 しかし、それが100%安心とは言えないため、秘匿するために綾愛を通しての報告が続いている。

 今日ここに呼んだのも、直接話すことで情報が漏れないようにするための予防策だ。

 伸もそのことが分かっているので、すぐに了承の返事をする。 


「お話は魔人に関することですよね?」


「あぁ……」


 和室で向かい合った状態に座った2人。

 まだ慣れない邸の空気に、伸は早々に住ませようと話に入る。

 呼び寄せておいて世間話などと言う訳もなく、当然魔人の話だ。


「まず、魔人の捕縛に鷹藤が動いているらしい」


「……そうですか。官林地区ですからね」


 魔人に逃げられ、魔闘組合は早々に動いた。

 この国のトップに立つ魔術師を要する鷹藤家へ、魔人捕縛の依頼を頼んだそうだ。

 そもそも官林地区は鷹藤家の庭のようなもの、魔闘組合が依頼するのは当然予想できたため、伸は特に驚くことなく納得した。


「次に、魔人の潜んでいそうな場所は把握できた」


「っ!! どこですか?」


 紅林は魔人の発見情報は受けなかった。

 彼の言うように、やはり柊家の方が情報網は広いようで、魔人の居場所を探し出したようだ。


「寸滝町で医者数名が1ヵ月近く行方不明になっている」


「医者ですか? ……そうか!」


「あぁ、再生魔術師を捕まえているんだろう」


 官林地区の中で東にある亜久州。

 柊家が地盤としている戸谷雷州に隣接していている亜久州の中で東の端にある町が寸滝町だ。

 その町の医者が行方不明なのだとして、どうして魔人発見の要因になったのか分からず首を傾げたが、伸はすぐにその理由に思い至った。

 伸が理由に気付いたのを見計らって、俊夫は確認の意味で答えを述べた。

 捕まえた魔人の片方は、伸との戦闘で両腕を損失している。

 それを回復するため、再生魔術のかけられる医者を攫ったのだろう。

 再生魔術とは、手足などの四肢を欠損を再生する魔術で、一回でかなりの魔力を消費することから、片手の再生なら通常1ヵ月ほどかかる。

 少しでも早く治そうとするなら、毎日数人から再生魔術をかけてもらうしかないため、魔人も両手を再生するために医者を捕まえたのだろう。


「このことは恐らく鷹藤家も気付いているらしく、鷹藤家の面々が集まっているという話だ」


「鷹藤が魔人を捕まえるなり倒したとなると、またでかい顔されることになりますね。柊家が先に仕留めるってことはできないのですか?」


 鷹藤家の当主は、伸の大伯父に当たる。

 しかし、伸としては魔術の才がなかったという理由で祖父につらく当たった鷹藤家が嫌いだ。

 出来れば今以上に権力を持つようなことにはなって欲しくない。

 ならば魔人を先に柊家が倒してしまえば、それが阻止できると思った。


「悔しいことに、寸滝町はギリギリ官林地区だ。それもあって、手を出せないでいる」


「縄張り意識ですか?」


「あぁ……」


 魔人が潜んでいるのが八郷地区なら、鷹藤家のことなんか気にしないで一族総出で捕縛に向かう所なのだが、官林地区ではどうしようもない。

 そこに手を出すと、名前を上げるために鷹藤家を出し抜いたと思われることになる。

 逃げられたとはいえ、魔人を捕縛した柊家は評価されているのだから、俊夫としては余計なことをして鷹藤家と揉めるようなことはしたくない。


「不満だろうが、こう言ったことは面倒なんだよ」


「……仕方がないですね」


 一般市民からすれば、魔人を捕縛なり討伐できるなら、どっちが倒そうが関係ないと思うだろう。

 しかし、そう言った縄張りにこだわる者も少なくないため、これを破ると両家にとって小さな火種になる。

 揉めて痛手を負うのは柊家の方だ。

 高校生の伸にはこんなこと納得できないかもしれないが、諦めてもらうしかない。

 鷹藤と揉めるのは避けたいのは伸も同じのため、俊夫の言葉を仕方なく受け入れることにした。


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