第20話
「いかがでしたか? あなた」
「率直に恐ろしい少年だ……」
伸との対面を終えた後、柊家の方では大人たちが揃っての話し合いが急遽もたれていた。
綾愛の母の静奈が、当主で夫の俊夫に問いかける。
その質問に対して、俊夫は伸に会った印象を正直に答えた。
「そんなにか?」
「あぁ、少なくとも自分よりも上だね……」
「……そうか」
急遽話し合いがもたれたことで、何かよっぽどのことがあったのかと思っていたが、孫娘の学園の少年の話と聞いて、俊夫の父である前当主の達郎が話しかけてきた。
自分を越えた実力になったと早々に息子に当主の座を譲ったとは言え、当主としては先輩の達郎。
息子のその評価に、信じられないという表情をしている。
しかし、明らかに自分よりも上だという発言をする俊夫の表情を見て、本当のことだと理解した。
「それで? その子は取り込めましたか?」
「こちらに取り込もうとする前に、あちらから協力を求められた」
現当主である俊夫が直接確認したのだから、実力があるということは分かった。
そうなると、静奈はすぐに頭を切り替えたようだ。
そんな少年が無名でいるうちに、自分たち柊家へ取り込んでしまおうと考えたようだ。
妻の問いに、俊夫は伸と結んだ話のことをした。
「どうして?」
「知られたくない理由があってのことだ」
打算的だと思われようと、柊家当主以上の実力を持つ高校生となったら、取り込まない訳にはいかない。
そう思っていた静奈だったが、俊夫の言葉に意外そうに問いかける。
頼み込むべきこちらからではなく、あちら側から協力を求めてきたためだ。
資金なり、待遇なり、多少の無理難題は受けることになっても受け入れるべき立場のこちらに対し、伸はたいした見返りを求めてこなかった。
鷹藤家との関係の秘匿、花紡州の供応市で倒した魔物は、そのまま供応市の魔闘組合支部に卸すということだけだ。
手を借りたいときは、連絡をすればいつでも手を貸してくれるなんて、使いたい放題といったところだ。
「知られたくない理由?」
「それは私以外が知らない方が良い」
「……そうか。ならば聞くまい」
俊夫は、伸と交わした条件に関しての全てを2人に話さない。
伸と鷹藤との関係を知っている人間は、少ない方が良いという考えからだ。
情報は漏れるものと考えて行動した方が、秘匿できるものだと当主として分かっていることだからだ。
理由を問いかけてきた達郎も、踏み込むべきではないということを感じ取り、それ以上聞くことを諦めた。
「それは良いとして、綾愛との関係はどうですか?」
「……ただの噂だと言っていた」
先日学園に出た魔物を倒したのは、綾愛ではなく伸だと分かり、その伸とは協力関係を結んだことは分かった。
しかし、静奈はもう1つ気になっていることがあった。
学園で噂になっていたという、綾愛との関係だ。
子供の恋愛話の何が楽しいのか、問いかけてくる嬉々とした声に、俊夫は若干呆れながら返答した。
「何だ~。つまんないわね」
「つまんないって……、綾愛はまだ高校生になったばかりだ。恋愛事はまだ早い」
「……相変わらずね」
思った通りの返答に、静奈はがっかりしたように呟く。
それに対して俊夫は、いつものように娘が恋人を作ることを認めないと言うかのようなことを言って来る。
静奈はその言葉に嘆息した。
昔にあった誘拐未遂の事件のせいか、俊夫の娘への溺愛は増した。
そのことが、静奈にとって悩みの種の1つではある。
「確かにまだ早い気がするが、有能なのがいるなら近付けておくのも良いかもしれんぞ?」
「ですよね? お義父さん」
断固反対の俊夫とは違い、今回は協力者がいたことに静奈は喜ぶ。
別に俊夫に止められようと、そのうち綾愛も恋人の1人や2人連れてくるはずだ。
おかしな人間を連れて来られるより、魔術師としての能力があり、まともそうな人間がいたら近付けてみるのもいいかもしれない。
しかも、噂の相手は同じ学園の生徒だ。
手を回して気付かれずに近付けることも難しくないはず。
そのため、静奈は押してみることにした。
「う~ん。しかし、あの子は
「そうね。あの子も困ったものよね……」
頑固に否定する俊夫に似たのか、綾愛も頑固な一面がある。
昔誘拐未遂に会った時、綾愛は柊家の人間によって寝ている所を保護された。
その綾愛の寝ていた場所の近くには、犯人らしき男たちが気絶した状態で身動きできないように縄で縛られていた。
綾愛には何の怪我もなく、犯人たちも逮捕できたのは良かったのだが、その犯人を気絶させて縛り付けた人間が誰だか分かっていない。
捕まえた犯人が言うには、声しか聴いておらず、若い男であるということが分かっているだけだ。
柊家としても感謝を述べたいところなのだが、全く手掛かりがなくては見つけられることはできない。
そのため、柊家としては捜索を諦めざるを得ない。
しかし、助けられた本人である綾愛は、いまだにその救世主のことを探し求めている。
探しているうちに自分を助けてくれたヒーローとしての思いが膨れ上がったのか、綾愛はその救世主に恋愛的な感情を向けているから困ったものだ。
「しかし、その伸君なんて、柊家にしたら超優良物件じゃない! 何としても近付けましょう!」
「えっ? いやっ……」
魔術師の才能は、遺伝的要素が関わってくるといわれている。
両親が優秀なら、その子供も優秀であることが多い。
そのため、どこの魔術師の家系も、より有能な魔術師の血を入れたいと思うものだ。
そう考えると、伸という少年の血が入れば、柊家の名をより上へとあげることができるかもしれない。
静奈のいいたいことは分かるが、綾愛のことを考えると、俊夫としてはどうしても納得できないようだ。
「宜しいですわね!?」
「……勝手にしろ!」
この場合、柊家のことを考えると静奈の方が正しいといえる。
しかし、娘に男が近付くことが納得できない俊夫は、どうしても賛成できない。
そのため、そのことは静奈の好きにさせることにした。
「あなた以上の実力を持つ娘婿が手に入れば、柊家も安泰ね!」
「…………」
伸と話していた時、確かに俊夫も同じようなことを考えた。
しかし、そうなると鷹藤家も伸のことを気付くかもしれない。
経済的な戦いならともかく、もしかしたら物理的な戦いになるかもしれないことを考えると、伸の強さは認めていてもやはり超名門の鷹藤相手となると気が重いところだ。
「では、その婿殿のために、動くとします!」
「……気が早いな」
何か思いついたのか、静奈は立ち上がり早々に行動を開始するつもりだ。
しかも、いつの間にか伸を婿にすると決めているような呼び方だ。
色々な意味で気が早いと言わざるを得ない。
「それじゃあ、ワシは囲碁でも打ちに行くか……」
「あ、あぁ……」
隠居した身だからだろうか、達郎は息子夫婦のやり取りをただ眺めていた。
息子の俊夫程ではないが、達郎としても孫のことは可愛い。
しかし、今回は静奈が正しいため、何も言わないことしたようだ。
色々と悩み事が増えている息子を、大変そうに思いながらも、その場から立ち去ることにしたようだ。
最近ではもっぱら囲碁三昧の達郎は、俊夫を置いて、部屋から出て行ってしまった。
「思った以上に面倒になったな……」
鷹藤との関係だけに注意すればいいと思っていたのだが、静奈が綾愛と伸をくっ付けようと動き出すとは思わなかった。
むしろ、鷹藤のことよりも静奈の行動の方が気になってしまう。
まさかの身内による面倒事に、俊夫は思わず天井を見上げたのだった。
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