第17話

「「何者か?」ですか? 話しても良いですけど、それを聞いてどうするんですか?」


「……どういう意味かな?」


「自分に敵対するかどうかって事ですね……」


 娘の綾愛に聞いた時の反応などで、俊夫は学園内に侵入した魔物を倒したのが伸ではないかと疑っているようだ。

 もしかして、最初から殺気が漏れていたのは、話さなければ力尽くとでも思っているのだろうか。

 そんな相手となると、伸の方も考えがある。

 俊夫の質問に対し、伸は平然と答えた。


「話の内容を聞いてみないと、敵か味方かは決められないな……」


「じゃあ、話せませんね」


「なら……」


「力尽くならやめた方が良い。あなた程度・・の魔術師では、自分には勝てませんよ」


 伸の質問を受けて、俊夫は当然の答えを返してくる。

 どこの誰だかも分からないような人間の、しかも高校生に、どんな敵がいるのかも分からない。

 話を聞かない限り、選択できる余地はない。

 そんな質問をしてくるのは答える気がないのか、それとも言い逃れるつもりでいるのだと俊夫は判断した。

 それならばと、俊夫は伸へ殺気を飛ばしてきた。

 娘以上の実力の持ち主という可能性も考えつつも、高校生が相手だということを考慮に入れた抑えの効いたものだ。

 殺気を受けている伸は、全く何も変わらない。

 恐怖を感じている様子なく、これまでと変わらずに殺気を飛ばしてくる俊夫へと話す。


「……それは誰を目の前にしていっているのか分かっているのか?」


「もちろん」


 殺気を受けても正直に答えないどころか、挑発じみた発言までしてくる。

 柊家当主の自分相手に、高校生になりたての子供が舐めた態度だ。

 脅しのつもりだった俊夫は、そんな伸に対して殺気の威力を最大限に上げた。


「当主様!」


「大丈夫だ! 下がっていろ!」


「……了解しました」


 あらかじめ、脅しのために殺気を出すかもしれないということは話してあった。

 しかし、当主が最大限の殺気を放つまでのことをするとは思っていなかったからだろうか、廊下で控えていたであろう木畑が、何か起きたのかと思い、慌てて伸たちのいる部屋の扉を開けてきた。

 そんな木畑を、俊夫は手で制す。

 そして、そのまま外で控えるように指示を出した。

 指示に従い、木畑は開けた扉を閉める。

 その途中、当主の俊夫がこれほどまでの殺気を放つことなどそう滅多にないというのに、その殺気を受けている伸は全く平然としているのが横目に見えた。

 それを見て、自分が連れてきた少年はとんでもない相手だったのではないかと密かに感じていた。


「……なるほど、私がこれだけ殺気を放っても平然としていられるとは、先程の言葉は口だけではないということか……」


「えぇ」


「尚更何者なのかが知りたくなった」


 なかなかいい殺気を放っているが、伸の実力からすると何とも思わない。

 平然としている伸の様子に、俊夫は相当な実力者なのだろうと理解し、飛ばしていた殺気を完全に抑え込んだ。

 恐らく、先程自分が口にした鷹藤家の長男以上の実力なのは間違いないだろう。

 そうなると、あの天才以上の天才が、どうして無名のままでいるのか俊夫は知りたくなっていた。


「教えても良いですけど、とんでもない問題事を抱え込むことはことは間違いないですよ」


「話すつもりないのではなかったのか?」


「秘密ですけど、絶対にという訳でもないですし、柊家を隠れ蓑にするのもいいかと思いまして……」


「はっきり言うな……」


 秘密にしているのは、鷹藤家に自分の存在を知られたら、確実に面倒事になるということが分かっているからだ。

 学園側からこの邸に来るまでの車の中で、鷹藤家に知られないように、柊家を利用するのもいいのではと伸は考えていた。

 なので、俊夫の返答次第では秘密を話しても構わないつもりだ。


「どんな面倒事なのか分からないが、後ろ盾が欲しいというならできる限りは力を貸そう」


「じゃあ、話しましょう」


 できる限りというのが引っかかるが、困った時は無理やりにでも巻き添いにしてやればいい。

 そう考えた伸は、自分の隠していることを話すことにした。


「自分は鷹藤家の血を引くものです」


「っ!?」


 初っ端から驚きの言葉に、俊夫は目を見開いた。

 大和皇国において、最強と名高い魔術師一族。

 それが鷹藤家だ。

 そこと揉めるような人間に関わってしまったのかと、俊夫は嫌な予感がしていた。


「……どういうことだ? 康則やすのり殿の隠し子だとでも? まさか康義やすよし殿ではないだろうな?」


 康則というのは、鷹藤家の現当主である康義の息子で、伸の同学年で天才といわれている文康の父のことだ。

 大和最強の父を持ち、自身もその後を継ぐにふさわしい実力を有していると知られている。

 伸がその康則の隠し子だというなら、文康のこともあることだし分からなくもない。

 しかし、康則は愛妻家で有名。

 隠し子を作るような人間には思えない。

 そうなると、鷹藤家当主の康義なのではという考えが浮かんで来る。

 康義の年齢は60代後半のため、可能性がないわけではない。


「隠し子……といえばそうかもしれないですね」


「何っ!?」


 鷹藤家の隠し子問題なんて、確かに面倒事に巻き込まれるかもしれない。

 超名門家の秘密を握ったというメリットもあるが、知ったからにはと柊家を潰しにかかる可能性もある。

 やはり聞くべきではなかったのではないかと、俊夫は後悔し始めた。


「といっても、俺ではなくて祖父ですが……」


「祖父?」


「俺の父方の祖父は現当主の鷹藤康義の弟です」


「康義殿の? そんな話は……」


 伸が隠し子という訳ではないことに若干安堵したが、祖父と聞いて俊夫は首を傾げる。

 康義は、鷹藤家の長男として生まれた超天才。

 そんな人間に妹はいても弟がいるなんて聞いたことがなかったからだ。


「聞いたことがないのでしょう? それはそうです。鷹藤家では名字を名乗ることを許されずに育てられたそうですから……」


 首を傾げた俊夫の反応を、当たり前として話しを続ける。

 おじいちゃん子の伸としては、あまり話したくない祖父の過去の話だ。


「その当時には、もう大和で最強の魔術師一族として知られていた鷹藤家に、魔力無しの落ちこぼれが生まれたなんて知られたくなかったのでしょう。双子として生まれた祖父は、高校と共に鷹藤家から出奔した祖父は、王都から離れた花紡州の山奥に隠れ住むことになりました」


「そんなことが……」 


 昔の大和皇国には、多くの一族が大和一を競うように乱立していた。

 その中で鷹藤家は、頭1つ飛びぬけた存在になっていた。

 無名ながらも能力のある者たちは、こぞって鷹藤家の傘下に入ろうとなりつつあった。

 もちろん対抗する一族たちも、同じような取り込みをおこなっていた。

 そんな時に最強の魔術師である康義が誕生した。

 天才の名を欲しいままに成長し、康義のお陰で鷹藤家は盤石の地位に就くことができたといわれている。

 もしも、その康義の側に無能の弟がいたら、他家を選んでいた者たちもいたかもしれない。

 酷い話だが、当時の状況を考えると、同じく名門の柊家の人間としては分からなくもないことだ。


「祖父は死ぬまで家族以外にこの話はしませんでした。どこで鷹藤の人間の耳に入るか分からなかったからでしょう。父も祖父に似て魔力が無く、知られれば命の危機もあり得たので……」


 父と母は伸が子供の時に亡くなり、その後に祖母、そして祖父という順にこの世から去った。

 伸も、祖父が亡くなるまでは何が何でもこの秘密を隠してきた。

 自分以外の家族が狙われる可能性があったからだ。

 しかし、今はもう鷹藤の脅威は感じていない。

 自分なら返り討ちにできると分かっているからだ。

 ただ、知られたら刺客を送り込んでくる可能性があり、それを相手にするのが面倒と思っているだけだ。


「鷹藤の手の者が少ない八郷地区とはいえ、警戒をしておかないとバレるかもしれない。なので、柊家の協力を得たいのですが?」


 鷹藤家も全国どこにでも関係者がいる訳ではない。

 特に八郷地区は田舎と思われている市区のため関係者は少ないだろうが、それでも警戒しておいて無駄ではない。

 八郷地区のことなら、八郷地区の柊家に協力を得るのが一番だ。

 そう思い、伸は柊家の協力を再度俊夫へ求めたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る