誕生日はいつもの公園で

『いつもの公園で7時に待ち合わせな』


 会社での昼休みの事だった。

 食事を終えて、会社の友人達から「みどりは今日誕生日だったわよね?」と言われてささやかな誕生日プレゼントをもらったあと、皆で話しながらSNSを読んでいたらスマホがメールの着信音を告げた。開いて見れば恋人の一志かずしからだった。

 いつもなら別のSNSで来るのに珍しいなあ、とそれを眺める。


 一志と付き合い始めて三年。年齢的にそろそろ結婚も考えたいところだけど、彼からは何の反応もない。

 最近の彼はなぜかそわそわしていて、話しかけても上の空なことが多かった。そして一志がそわそわしてる時は何か隠し事をしている時だと知ってる私は、悶々としながら午後の仕事を終え、待ち合わせ場所へと向かった。


「そろそろダメなのかな……」


 改札を抜けて歩きながらそう呟いた私が待ち合わせの公園に行くと、いつもはギリギリに来る彼が珍しくベンチに座って待っていた。私を見つけた彼は、手を上げて私を迎えてくれる。


「よう!」


 彼の声はどこか緊張を孕んでいて、何となくダメなのかも、と沈んでしまう。それを隠して彼の前に立つと、なんとか笑顔を向けた。


「いつもより早いね」

「ちょっとな。とりあえず座れ」


 そう言われて座ると、今度は目を瞑れと言われた。今日の彼は、行動がいまいち読めない。


(別れ話なら、なんでそんなこと言うの?)


 目を瞑りながら首を傾げていたら、がさがさという音と微かな花の香りを捉える。


「誕生日、おめでとう」


 目を開ければ、一抱えもある真っ赤な薔薇の花束と、剥き出しの指輪が真ん中の薔薇の中に埋まっていたことに唖然とする。


 私の誕生日に、彼から花束なんかもらったことなど、一度もない。それに驚いて彼の顔をまじまじと見れば、彼は耳を赤くしながら視線を逸らしていた。

 そんな表情を見るのも初めてで、なんだか嬉しいのと驚きとがごちゃ混ぜになってしまった。それをなんとか隠して言葉を発した。


「え……これ……」

「待たせてごめんな、碧。だからさ……あー、そのー……俺と結婚してくれ!」


 漫画で言うなら、『ガバッ』て擬音が付くほどの勢いで頭を下げた彼は、首の後ろまで真っ赤だったことに気づき、私の勘違いだったことに申し訳なく思う。


「え……だって、最近上の空だったし、私、てっきり……」


 意気消沈している私に、彼は頭を上げて私を見つめた。その顔が焦っているように見えるのは……気のせい?


「誤解させたならごめん! 碧の誕生日に合わせて指輪を頼んだから、間に合うか心配で……」


 彼は、相変わらず耳を赤くしながら右手でポリポリと頬を掻いている。その仕草に、言葉に、鼓動が跳ねてうまく言葉にならない。


「あ……」

「だからさ、その……碧、誕生日おめでとう。それから……結婚しよう、碧」


 彼は真剣そのもの。彼の顔を見た後で夢なんじゃないかと薔薇の花束を見ると、やっぱり指輪は花の中に鎮座している。

 そして、赤い薔薇の意味。


 それが嬉しくて涙が出そうになる。


「つけてくれる?」


 震える唇で半泣きになりながら左手を出せば、彼は嬉しそうに笑った。花から指輪を取り出すと、左手薬指に指輪をつけてくれたあとで、キスをしてくれた。


 そして彼と一緒に私の自宅に一旦戻ることにしたのはいいけど、道行く人たちに大きな花束をじろじろ見られて恥ずかしくなる。


 花束を置いたあとは二人で食事をして、肌を重ねて……。

 何度も肌を重ねてるのに、今日はいつも以上に幸せで。


 自宅に帰って来てからも夢じゃないのかと思って左手をみれば、しっかりと指輪があって、水につけておいた花束もしっかりとあった。


 これから二人でやらなければいけないことがたくさんある。だけど今は幸せに浸りながら、薔薇の花束をドライフラワーにしようかプリザーブドフラワーにしようか悩むのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る