第31話


「……それで?」

「ん? それだけだな」


 一通り事件が解決した事により、俺は久しぶりに光の元を訪れていた。


 ただ光はもっと時間がかかると思っていたのか、俺が自分が予想していたよりも来たことに驚きを隠せなかった様だが。


「いや、その女性と彼氏さん……だったっけ? もちろん、警察署には連れて行かれたとは思うけど」

「ああ、連れて行かれたな。しかも、俺はあの男性は彼氏だと思っていたが、実はただの妹大好きシスコンのお兄さんだったけどな」


「え、お兄さんだったの? その人」

「ああ。俺も驚いた。あまりにも顔が似ていなかったっていうのもあったが、そもそも雰囲気も全然違ったしな」


 しかし、それには理由があった。


「まぁ、話を聞く限りその人とストーカー行為をしていた女性は『異母兄妹いぼきょうだい』だったらしいからな。だから、見た目が似ていないのもしょうがない……とは思うが」

「そっか。でも、いくら妹が大好きだからって、やっていい事と悪い事くらいの線引きはちゃんとすべきじゃないかな?」


「確かにそうだな」

「うん」


 ただ、その兄妹は実は母親が違うだけでなく、年齢も離れており、お兄さんとしては「今まで向き合ってこなかった妹をこれからは甘やかそう」とした結果なのだと言う。


「ついでに言えば、そういった間違った考えに関しては、俺がどうこう言うよりも境さんが話をした方が説得力があるだろうがな」

「境さんが? え、妹さんがいるの?」


「ああ、ただ境さんとしては『妹に関しては後悔ばかり残っている』って言っていたけどな」

「そうなんだ」


「それに、そもそも俺には取り調べとかそういった事までは介入出来ないしな」

「それはそうだね。仕方がない話だよ」


 そこは、もはや仕方がない。どんなにあがこうが俺が一般人である事には変わりない。


「それにしても、今回は羨望せんぼう……か」

「ああ。それも『悪い方』のな」


「羨望に良いも悪いあるの?」

「そりゃあな。まぁ、悪い方は『嫉妬』にも近いモノなんだけどな。良い方は『この人みたいになりたい』って『目標』にして自分を高めて努力する」


「悪い方は?」

「それこそ今回の様に『どうしてあんたが!』っていう感情に支配されて『そうだ。私がそいつになればいいんだ』という極端に考えてしまうといった感じだな。簡単に言うと『羨ましい』という気持ちが全面に出てしまった結果だろうが」


「なるほど。つまり、その人は『依頼人が羨ましくて仕方がなかった』って事だね」

「結論だけ言うとそういう事だな」


「それで? その依頼人はどうしたの?」

「ん? ああ、犯人も分かったし、お兄さんが心配だからって言って帰ったな」


 実は、お兄さんの怪我は順調に良くなっているモノの、怪我をしたきっかけの件は、事故なのか事件なのかすら分かっていない状態だった。


 だからまぁ、彼女が心配になるのも仕方がない話だろう。


「ふーん、案外あっさりしているんだね」

「それが普通なんじゃないか? いくら相手が小学校の頃の友人とは言え、一か月近く苦しめられたストーカー犯だからな」


「確かに。しかも、再会したのがその時だけみたいだし、割り切って考えた方がいいかもね」

「ああ。それに、どうやらストーカーだけじゃない事も兄と妹共々色々としていたみたいだしな」


「あ、初犯しょはんじゃなかったんだ」

「どうやらストーカーのやり口が似ている相談がちらほらあったらしい。ただ、相手には実害がなかったから立件まではいっていなかったみたいだが」


「へぇ」

「他にも万引きやらわいせつ罪で捕まった経験があった様だ」


 そんな二人にはとりあえず警察側から「彼女には二度と近づかないように」という勧告がされたらしい。


 もしも今度あの二人が片方でも彼女の前に現れれば、速攻で警察の方のお世話になるだろう。


「…………」


 しかし、俺は気になる事が『もう一つ』あった。


 それは、彼女『海和かいわ由紀恵ゆきえさん』はどうやって俺に連絡をしてきたのかという点だ。


 境さんたちは特に面識もなく、話を聞く限り光とも接点がない。


 そうなると、ありえるのは今まで俺が仕事をしてきた相手となるのだが、彼女本人から聞いたのは『ネットのお悩み相談で知った』というのだ。


 しかし、彼女から話を聞いた後に調べたが、彼女が言っていたページはどこにもなかった。


「でも、よかったよ」

「ん?」


「今回は何事もなく無事に終わって」

「そうだな」


 最初はどうなる事かと思ったが、何はともあれ全く光の言う通りである。


 多少なりとも疑問点はいくつか残ってしまったが、それらも今のところ特に実害が出るような大きな問題でもないだろう。


「じゃあさ、今日はカフェオレでお祝いしようか?」

「…………」


「なっ、何。兄さん、その表情は?」

「ん? いや、俺の仕事が上手くいったお祝い……って口では言っているが、実際はただ自分が飲みたいだけなんじゃないか?」


 俺がそう言うと、光は「やっ、ヤダなぁ。そんな訳ないじゃないか」と言って笑った。


「そうか」


 なんて、俺はそう言ってその話題を終わらせた。


「そっ、そうだよ。アハハハハ」


 そうワザとらしく笑っている光の顔には、目には見えていない『冷や汗』の様なモノが出ている様に俺には見えた。

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