第16話


「申し訳ありません。まさか、こんな形になってしまうとは……」

「いえ。大丈夫です」


 そう言っている女性の目から涙は……流れていなかった。


 いや、むしろ泣きすぎて『涙なんてとうに枯れてしまった』様にすら見えた。それが分かるくらい、彼女の目は腫れていて、涙が通った『跡』が見えた……様な気がした。


「…………」


 それでも俺を気遣っているのは多分、彼女自身がとても心優しい人だからなのだろう。


「その、何となくそうなんじゃないかって思っていましたから」

「聞いていたんですね。神無月さんから」


 依頼人のペットに関する連絡を受けたその日は、とてもじゃないが俺から連絡することは出来なかった。


 だから、俺は「気持ちが落ち着いてからでいいです」と言ったのだが、彼女は連絡を受けた次の日に、俺の元を訪れた。


「それよりも、知っていたんですね。私と神無月くんが警察学校の同期だって」

「ああ。まぁ、自分で言っていましたから」


「神無月くんから『ペットがいなくなった』と言っていた方たちの話を聞いて、私も似たような状況だったので、もしかして……と」

「確か、散歩の途中にあるドッグランでいなくなったと言っていましたね」


「はい」

「なるほど」


 そういえば、神無月さんは「外で飼っているペットがいなくなった」という事も言っていた。


 もしかしたら、犯人は最初からある程度の情報を得た上でペットを誘拐し、いなくなった事に動揺した家族やその人が何かしらの行動に移した後に、その誘拐してきた殺害しているのかも知れない。


 それならば、俺が二週間以上探し回っても何も情報が見つからなかった理由も理解出来る。


「あの……」

「はい?」


「依頼の変更って、今から出来ますか?」

「……それはつまり、最初の依頼の『ペット探し』から別の案件を依頼したいという事でしょうか?」


 俺が重ねて尋ねると、彼女は無言で頷いた。


「分かりました、うかがいましょう」


 この話の流れから察するに、考えられる依頼は『犯人が誰かという調査』というのが妥当な線だろう。


「あの、あの子を殺した犯人が誰なのか……それを突き止めて欲しいんです」

「なるほど。それでは、引き受ける前に一つ聞いてもよろしいでしょうか」


「はい」

「犯人を突き止めて……どうされるのですか? 復讐でもなさるおつもりなら」


 こうした依頼を受ける場合。その依頼の理由は大抵の場合が『復讐』を伴っている事が多い。


 俺も出来れば依頼は全て受けたい。


 ただ、その受けた『調査結果』を使って犯罪者が増える事は、俺としては頂けない話である。


「いえ、別に何もしません」

「え」


 しかし、俺の予想に反して、女性の反応は意外に淡泊だった。


「ただ、知りたいだけです。そんな事をする様な人が誰なのかと、ただ単純に興味を持った……それだけです」

「そうですか」


 俺がそう言った時、ふと目に入った女性の左手の人差し指に『指輪』がはめられている事に気が付いた。


「? どうかされましたか?」

「いえ、そういうことでしたら、了解しました。調査が済み次第こちらからご連絡致します」


 咄嗟に笑顔で取り繕った。


「ありがとうございます」

「料金等々に関しては全ての調査が終了してからという事でよろしいでしょうか?」


 しかし、その女性が身につけていた『指輪』が、愛染さんが首に付けていたチェーンに通されていた『指輪』と素材がとても似ている様に感じた。


「はい、よろしくお願いします」

「了解しました。それでは、ご依頼をお引き受けいたします」


 ただ、愛染さんが付けていた『指輪』は『真っ赤』だったが、女性がつけていたモノは『鮮やかな緑色』という事が、俺の中で妙な引っかかりを覚えた。

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