第10話

「ごめんなさい。わたし。つい。口に出してはいけないことを」


「いえ。そんなことは」


「ごめんなさい」


 頭を下げることしか。できなかった。どの言葉が、いけなかったのか。まだ、わからない。


「ごめんなさい」


 下げた頭は。上げられなかった。


「いいえ。頭をあげてください。そうですか。何がわるいのかも分からないままなのか。なんか、笑えてきました俺」


 顔を、上げた。


 彼。ソファに座って。


 微笑んでいる。


 イケメンだった。


「あの。わたし」


「顔ですよ。顔。あなた、さっき、俺に顔が良いって、言ったでしょ」


 顔。イケメンなことが。だめなのか。


「なんですかその顔は。さっきまで泣いてたのに、今度はきょとんとして。感情の起伏がジェットコースターみたいだ」


「え。えへへ」


「顔です。俺。自分の顔がきらいなんです」


「そんな。そんなに」


 いい顔なのに。そう言いそうになって、くちびるを引き絞って耐えた。たぶん。彼にとっては。それが、最も、言われたくない言葉。


「俺。むかしから。女性につきまとわれる体質というか。そういう顔で。だから、いやだったんです。この顔が」


「そう、なん、ですか」


 うそは言っていない。


「整形も考えたんですけど。なんか、注射とか手術とか。口のなかとか周りがぴりぴりするらしいので、できなくて。だめなんです俺。口のなかとか頬っぺたとかがぴりぴりするの。わさびとかも食えなくて」


 真実。たぶん本当にわさび食べれないんだ。もったいない。


「絵を描いているときは。ひとりだから。誰にも会わなくていいから。それで、絵を描いていたんです。マネージャとは、絵を渡すとかだけの関係で」


「そう、ですか」


 なんか。


 無性に。


 肚が立ってきた。


 わたし。いちども。恋愛とか、したことないのに。


 目の前の彼は。顔がいいってだけで。異性にもてもてとか。不公平。


「なんで怒ってるんですか」


「え」


「顔に出てますよ。怒りが」


「あ、ああ。ええと。ごめんなさい。うらやましいなあって」


「俺がですか?」


「はい。わたし。生まれてこのかた、男の人にもてたことなんてないのに。顔も普通だし。ボディラインとか胸の張りとかには自信あるのに」


「そうですか。俺はいいと思いますよ。普通が一番です」


 そう言った彼の顔。一瞬だけ。さびしさが漂う。


「ごめんなさい」


 彼を。また、かなしませてしまった。

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