第9章 夏の終わり
第47話 夏の終わり
合宿が終わった後も、俺は出来るだけ遙香に会うようにした。
結局授業はお盆を通り越し8月16日金曜日まで。
それでも放課後の研究会へ行けば遙香がいる。
常に一緒にいる訳ではないし、遙香が友人と夕食を食べる事もある。
それでも遙香がいれば、遙香の存在を感じられればいい。
お盆の連休はまた秩父まで行ってカラオケやダーツをしたりもした。
やっぱりユニクロまで歩いて行って、帰りくたびれた状態で電車に乗って。
そんな日々が終わる1日前、15日木曜日放課後の研究会。
恒例の全員魔法威力測定の時だった。
「ここ2、3日魔法の調子が悪いよね。私だけかな」
「彩も? 私も何か出力があがらない」
塩津さんと須崎さんの台詞に清水谷教官がため息をつく。
「そろそろ荷物をまとめておいた方がいいかもしれないな」
「どういう意味ですか、それは」
不吉な響きを感じた俺は思わず聞いてみる。
「何故夏休み開始を明後日まで引っ張ったと思う。普通ならお盆の前に授業を終わらせて、その分早くはじめるのが普通だと思わないか」
言われてみれば確かにそうだ。
「他の学校と夏休み明けをあわせた訳ですか?」
これは須崎さん。
「そういう事だ。どういう意味かわかるか」
「夏が終わるんだな、きっと、ここの夏が」
清水谷教官は茜先輩の台詞に頷く。
「ここからはオフレコだが近日中に校内で発表されるだろう。昨日から研究相手である『向こう側』の研究員が姿を消した。今朝からは向こう側との連絡もあまり調子が良くない。此処で研究できるのも時間の問題かもしれない」
その台詞の意味を理解した瞬間、俺は測定室を飛び出した。
そのまま研究会の他の連中がいる実験室へ。
部屋の中を探す。
遙香は……いた。
ほっと一息つく。
「どうしたの、お兄」
「ちょっと話をしたいけれどいいか?」
「大丈夫だよ。それじゃ澪ちゃん凛ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「まあ遙香のお兄なら仕方ないか」
「悪い」
そんな訳で遙香を連れ出す。
「それじゃ何処行く?」
「喫茶室でいいか」
「おごってくれるなら」
「はいはい」
この辺はいつもの通りだ。
そう、ここでのいつもの通り。
「それで話って何かな?」
廊下を歩きながら遙香がそう尋ねる。
一応他の人に会話を聞かれないように魔法を起動してと。
「清水谷教官が言っていた。もうひとつの世界との連絡がとれなくなったって」
「つまりこのお兄と今の私が会える時間ももうちょっとという事なんだね」
「ああ」
「そっか。でも連絡がとれなくなったのに私がこのお兄に会えるのはなんでだろ」
それは何となくわかっている。
「その辺は個人差があるんだと思う。世界の重なり方が人それぞれ少しずつ違って見えたように」
「うーん」
歩きながら遙香はちょい首を捻って、そして。
「喫茶室じゃなくて売店で買い物をして外へ行こう」
おい待ってくれ。
「外は暑いぞ」
「お兄、温度関係の魔法は私より得意だよね」
あれも結構魔力を使うのだが、遙香にそう言われては仕方ない。
「わかった」
「それじゃ一緒に買おう。どうせお兄に払って貰うから」
俺の財布はかなり厳しい事になっているがまあ仕方ない。
「わかった」
そんな訳で高いアイス2つ。クッキー&クリームとラムレーズン、更にペットボトルのお茶を2つ購入。
「日陰になっているベンチのところがいいな、今日は」
研究棟前の公園区画だな。
再び本館廊下を経由して研究棟から外へ。
「やっぱり日差しがとんでもないよね」
「夏だからな」
そんな事を言いながら日陰になったところを探し、回りの気温を魔法で低下させて蚊を退治してからベンチに座る。
「何気にこのアイス、向こうではクッキー&クリームという名前じゃなくてクッキークランチって名前だった気がする」
「よくそんなのおぼえているな」
俺はそんな細かい事まで気にしていない。
「向こうでもお兄に買わせていたからね」
そういえばそんなおぼえもあるような気がする。
「多分、今もお兄と会えるのも今日、それも今が最後かな」
不意にそんな台詞を聞いてどきっとする。
「何故そう思うんだ?」
「廊下を歩いた時感じたの。外の景色が時々違って見えるなって。ここは広葉樹って無かったよね、確か」
そう言えば茜先輩が言っていたな。
植生が違うって。
改めて確認してみようかと思って思いとどまる。
観察結果が世界を変える可能性もあるから。
でもつい目に入った落ち葉は間違いなく広葉樹。
つまり元々の俺達の世界のものだ。
「でもお兄には合宿の時、言いたい事は言えたからとりあえず大丈夫かな。おぼえているよね」
それは鮮烈すぎて忘れられない。
俺としても初体験だったし。
「やっぱり遙香、綺麗だよな」
「もう、お兄のバカ!」
チョップされた。
全然痛くないけれど。
「どっちのお兄も私の大好きなお兄だから、絶対幸せになってという事。私のいない方の世界ではその辺妥協してあげるから、絶対いい人を見つけて幸せになってって事。自覚があるかどうかは別として結構お兄、モテるんだから。ちゃんといい相手を捕まえてね。彩先輩も茜先輩も悪くないと思うよ」
もう1人の俺がちょっと聞きたい事があるようだ。
「ならそっちじゃない方の俺は?」
「ヤンデレ寸前の妹がいるから諦めて」
やっぱり、そう思うもう一人の俺がいる。
今の俺と一緒に。
「どちらかというとどっちの俺もその方がいいな」
「それは私がいない分、諦めて。私もそこは妥協したんだから」
「はいはい。遙香の頼みなら仕方ない」
「約束だからね」
「わかった」
「よろしい」
遙香は頷く。
ふとその姿が透けて見えたような気がした。
気のせいだ。
そう思い直すけれど……
「今のを確認したい分だけ、余分にここにいられたのかな、私。それじゃお兄、最後にキスをして」
俺は遙香の肩を軽く抱いて顔を近づける。
最後のキスはバニラアイスの味がした。
でも唇も抱いている腕の感覚も次第に薄れていく。
次の瞬間、俺は1人でベンチに座っていた。
確かにさっきまで感じていたもう一人の俺の気配も無い。
俺は悟った。
夏は終わったのだと。
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