第4章 変わり始めた世界

第19話 変化した世界

 ほぼ10時ちょうどに喫茶室へ入る。

「おっ川崎、こっちこっち」

 須崎さんが窓際の席から手を振っている。

 塩津さんも一緒だ。

 というかだいたいこの2人はいつも一緒だな。

 女子ってそういうものなのだろうか。


 とりあえずカウンターでアイスティだけ注文して2人の処へ。

「どうだった? 今朝のアレは?」

「二度寝していたらいきなり緊急放送が入って驚いたな。でもそっちの寮の方が近かっただろ。部屋とか大丈夫だったか?」


「多分女子寮もだいたい大丈夫だったんじゃないかなあ。私の部屋もガラス大丈夫だったから」

 そう言えばメッセージにも書いていたな。


「塩津さんの部屋って怪物の目の前だったって言っていたよね」

 うんうんうん、そんな感じで塩津さんは頷く。


「そうなの。怖かったよー。あと川崎、本当にありがとう。窓は割れなかったけれど、ベッドを窓から離して置いたしカーテンも閉めておいたから少し安心できた」

「そうそう。私の部屋も彩に聞いてそうしておいたんだけれどね。でも怖かったな」

 なるほど。

 確かに俺の部屋より近かっただろうしな。


 さて、それで何の用で俺を呼び出したのだろう。

 でもそれをいきなり聞くのも何かぶっきらぼうな感じだ。

 どうしようかな、そう思った時だった。


「そうそう、川崎。ほんと色々ありがとう。研究会も出来たし今回の事もあるし、教室でもガラス片からかばってもらったし。ちゃんとお礼を言わなかったなと思って」

 ああ、これが用件だったんだなと気づく。

 でもお礼を言われる程の事は無い。


「教室の時は自分のついでだったしさ。研究会は俺も作ろうと思っていたからちょうど良かった。今朝の件も単に聞いたのを回しただけだしさ」

「そうそう、実は私、それも聞きたかったの。教室の時も何か直前にスマホで何か見て、それで怪物に気づいた感じじゃない。それって誰か、そういうのがわかる知り合いがいるの? ひょっとして前に話していた先輩?」


 おっとまずい。

 確かに先輩から聞いたのだが、それを知られない方がいいだろう。


「その辺は秘密かな。本人がおおやけにしたがらないようだし」

「そっか。出来れば紹介して貰おうと思ったんだけれどな」

 ほっと一息ついた処だった。


「おっと孝昭、朝からデートか」

 いきなり背後からそんな声をかけられる。

 そんな事を此処で俺に言いそうな奴は2人、うち孝昭と呼ぶのは1人だけだ。

 

「単に話す場所が此処くらいしかないだけですよ、茜先輩」

 面倒な事になったなと思う間もなく先輩は俺達の隣へとお盆を置く。

 これ先輩、絶対わざとだろう。

 しかも近づいた理由なんてきっと無い。

 単に面白そうだからと言うだけだ、きっと。


「川崎、先輩紹介してくれない?」

 ほら面倒な事になった。

 仕方ないなと思ったらだ。


「どうも始めまして。私は二宮茜、5年だ。孝昭と同じ栃葉城とちばらきにある県立栃金崎とかねさき高校から来た」

「はじめまして。川崎君と同じクラスの須崎知佳です」

「同じく塩津彩です。宜しくお願いします」

 自動的に紹介が終わってしまった。

 なんだかな。


「それで二宮先輩は川崎君を名前で呼んでいますけれど。どんな知り合いなんですか?」

 そのどんな知り合いとはどういう意味だ、塩津さん。


「茜でいい。孝昭もそう呼ぶからな。孝昭とは単に前の学校で同じ研究会にいた。同じ研究会と言っても3ヶ月少々だけれどな。それだけだな。

 あと孝昭、緑から伝言だ。今朝のでかなり近づきそうだ。気をつけろとの事だ」


 近づきそうだって……ああ、二つの世界がという事か。

 それにしても茜先輩。

 その伝言をここで言うか!


「緑さんってどなたですか?」

「さっき言った前の研究会のもう1人さ。3人しかいない研究会で3人ともここへ来た。まあ研究会と言ってもここへ来るための勉強会だがね、実際は」


「でもここの事って、合格発表まで一切情報が無かったですよね」

「緑の魔法は予知でさ。全国テストで選抜する事も事前にわかっていた訳だ」

「凄い。それで3人ともここへ来た訳ですか」

「そういう事だ」

「ならひょっとして、今朝の気をつけろって教えてくれたのも」

「ああ、それは緑が関知したと聞いて私が流した」

 いいのだろうかその辺ばらして。

 そう思いつつ俺は他人事のように聞いている。


「ところで今日は孝昭とここで朝食かな?」

「ええ。研究会を作るの手伝ってもらったり、この前の怪物騒ぎの時に庇ってもらったりしたので」

「おっと、孝昭も隅におけないじゃないか」

 おい待て茜先輩。

 その辺の状況は既にこの前話して把握済みだろう。

 そう思った時だ。


「あ、お兄!」

 何か何処かで聞いたような声がした気がした。

 どこで聞いたかなと脳みその1割程度で考えつつ、目の前の先輩とクラスメイトの面倒な事になりそうな会話を聞いていた時だ。


「お兄、此処にいたんだ」

 先程の声がすぐ近くでした。

 そっちを見ると……


「遙香……」

 俺の知っている遙香は小学4年生まで。

 それでも見てすぐにわかった。

 向こうの世界の俺の記憶で知っているから。

 それに所々にあの当時の面影がある。


 でもかなり女の子らしくなったし綺麗になった。

 考えてみれば今は遙香も15歳の筈なのだ。

 生きていれば。

 涙が出てきそうになるのを必死に堪える。


「お兄、どうかしたの?」

 ふと気づく。

 確かにじっと見ていれば変だ。

「いや、何でも無い」


「遙香ちゃん、どうしたの?」

 ちょっと待った塩津さん。

 お前が遙香の事を知っている訳は無いだろう。

 そう思って俺は気づく。

 緑先輩の伝言通り、世界が近づいたのだ。

 まさにたった今、この瞬間。

 

「来週から試験だからお兄に勉強教わろうと思ったんです。でも全然連絡つかなくて。仕方ないから遅めの朝食を食べようと思って来てみたら……」

「ここにいた、って訳か」

 須崎さんも記憶が変わっているようだ。


「それじゃ孝昭は遙香に返してやるとしようか」

 茜先輩もだ。

 いつの間にか茜先輩も遙香と知り合いという事になっている。

 接点としては研究会くらいしかない。

 でもさっきまで塩津さん達は茜先輩の事を知らなかったはずだ。


 つまり今、まさに遙香が声をかけてきた前後に世界が変わった訳か。

 でも俺の記憶だけは何故前のままなのだろうか。

 それとも俺の記憶も他の部分が書き換わっているのだろうか。

 何かその辺の違いに条件があるのだろうか。

 

「それじゃお兄、ラウンジへ行くよ」

 俺は飲みかけのアイスティを片手に、遙香に引っ張られる。

 俺をつかむ手が確かに温かい。

 間違いなくこの遙香は生きている。

 それはわかるのだけれど、一体どうなっているのだろう。

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