(5)乗ってやろうじゃないか

 何を言い出すんだこいつ? 超光速で空間ごと移動って、まるでSFみたいな。

 昔読んだ漫画にそんなネタがあった気がする。確か宇宙に行って、帰ってきた時には──って、待てよ。


「ヤバくない!? うらやましか効果で!」

「ウラシマ効果?」

「そうそれ! 地球に帰ってきたら何十年も経ってるっていうアレ!」


 冗談じゃない。おじいちゃんになったあゆむを見たくないぞ、私は。

 慌てふためく私に対し、謎の少女はケラケラと笑い声を上げる。

 何がおかしい。ぶちのめすぞ。


「大丈夫だヨ。言ったでショ、時空間ごとワープさせるっテ。この空間内の時間の進み方は地球と同じだヨ」

「へ?」

「ウラシマ効果の影響は無いから安心し良いってコト」


 何を言ってるのかさっぱりだ。

 彼女によると、周囲の空間を特殊な結界で包み込み、空間内の速度をゼロにしてるんだとか。それにより時間の流れは地球上と変わらなくなるとか。

 説明されればされる程、頭が混乱してくる。さっぱり妖精が群れをなして突撃して来そうだ。

 まあ、でも。要は大丈夫ってことか?


「外に出たら死ぬけどネ」


 だから逃げ出そうとしちゃ駄目だヨ? 超光速で体を引き千切られるかラ。彼女はさらりと、そんなことを告げてきた。

 おい。全然大丈夫じゃないじゃないか。


「心配しなくても、目的地にはすぐに着くヨ」

「目的地?」

「はるか遠き宇宙の彼方。母なる故郷。そこでレンが待ってル。キミと将棋を指すためニ」


 アルなんちゃらドライブに続いて、また荒唐無稽なことを言い出す少女。ひょっとして私、だまされてる? 頭が悪いと思って、嘘八百を並べ立てられてるんじゃないだろうか。

 故郷? 宇宙の彼方でレンが待ってるって? ウルトラな巨人かよ。あいつなら、さっきまで一緒に神社に居たっつうの!


「どうか、信じて下さい」


 第三者の声が割り込んで来たのは、その時だった。


「私達に悪意はありません」

「ちょ。オマエ、勝手に──」


 ボコリと少女の腹が膨らみ、何かが生まれ落ちる。プルプルと身を震わせた後に、それは私へと視線を向けてきた。抗議の声を上げる少女を無視して。

 一見してそれは、狐の姿をしていた。


 異様な光景に息を呑む。大抵のことにはもう驚かないと思っていたけど、さすがにこれは想定外だ。少女の腹を裂いて子狐が飛び出して来るなんて。

 ポカンと口を開く私に向かって、そいつは話しかけて来た。流暢(りゅうちょう)な日本語で。どうか信じて下さい、と。


「あ、あんた、一体」

「私は『白眉丸(はくびまる)』と申します」


 ハクちゃんとお呼び下さいと子狐は名乗り、照れくさそうに微笑みを浮かべた、ように見えた。

 白眉丸、か。確かに目の上に横向きの白い線が入ってて、眉毛みたいに見えなくもないけどさ。


「ちょっト、ハク! 勝手に出て来ちゃダメでショ!」


 慌てて少女が捕まえようとするも、ハクちゃんはするりと身をかわす。

 一見して子供と動物の戯れ。本当なら癒やされもするんだろうけど、あいにくと双方とも人外 (獣外?)と来ている。何やら背筋がゾワゾワするのを感じながら、私は彼らの追いかけっこを眺めていた。


「貴女は誤解を招き易いのです。ここは私にお任せを」

「むゥ」


 ひとしきり走り回った後で、ようやく少女は追うのをやめた。

 諦めて「勝手にシロ」とそっぽを向く彼女に構わず、ハクちゃんはこちらへと視線を向けて来る。

 敵意も殺意も感じない。拍子抜けする程に穏やかなまなざしだった。


「鬼籠野燐様。これから貴女をお連れするのは、私達の故郷の星です。文明が滅亡して久しいですが、ぜひ貴女にご覧になって頂きたい」


 つぶらな瞳がくりんと輝く。どうやらだまされている、訳ではないらしい。

 私達は今、本当に超光速で移動している。宇宙空間を、レンの待つ星に向かって。少なくとも、目の前の子狐はそう信じている。


「……嫌だと言ったら?」

「無理強いをするつもりはありません。貴女が望むなら、地球に引き返します」


 とても残念ですが、とハクちゃんは続ける。嘘をついているようには見えなかった。


「地球に帰ったら対局はどうなる?」

「貴女の不戦勝で構わない、とのことです」

「ふむ」


 つまりレンとは指せなくなる、か。いよいよ彼らの目的がわからない。宇宙人が私に何の用だ? 滅びた星を見せて、何になると?

 ふう。ため息を一つつく。疑問は尽きないが、無い頭でいくら考えても答は出ない。だったら、考えるだけ時間の無駄だ。


「わかった。あんたらに同行する」

「ホントですか!?」

「レンの奴はこの手でぶちのめさないと気が済まないし。それに」


 小動物には弱いしね。私の言葉に、子狐は何故か小首をかしげた。

 百聞は一見にしかず。一歩踏み込んで、初めて理解できることもあるだろう。乗ってやろうじゃないか、あんたらの船に。


「ありがとうございます! 良かったですね、睡狐様!」


 ハクちゃんは私に一礼した後、隣に居る少女に向かって声をかけた。苦笑いを浮かべ、彼女もまた頭を下げる。あんがト、と。

 二人そろってお礼を言われると何だか照れ臭い。彼らから視線をそらし、天を仰ぐ。暗闇がどこまでも続いているようにしか見えないけど、外には銀河が広がっているのか。

 ──って。今、スイコって言わなかった? どこかで聞いたことがある名前だ。えーと、何だったっけ……?


「これでやっと、ご恩返しができます」

「え?」


 思考を中断され我に返ると、ハクちゃんと目が合った。

 ご恩返し? 何のことだ? 私何もしてないけど。そもそも今日初めてこの子に会ったんだし。

 子狐はくすりと笑った後、


「さあ。そろそろ着きますよ」


 答える代わりに、そんな言葉を口にした。


「鬼籠野燐様。ようこそ、我らが故郷へ」


 まるでそれが合図のように、突如として闇の中に光が飛び込んで来る。あまりのまぶしさに、思わず目を閉じた。

 足裏に、確かな地面の感触がある。どうやら柔らかな砂地に降り立ったようだ。

 音はしない。匂いは、目の前の子狐からわずかな獣臭がするくらい。

 恐る恐る目を開く。もう閃光に焼かれることは無かった。


「ここが……?」


 呆然とつぶやく。眼前には赤い平野が、地平線の彼方まで広がっていた。最初まぶしかったのは、大地を覆う細かな砂粒が照り返しの光を放っているからだと気づいた。それでいて空は真夜中のように黒く、無数の星々の輝きが見える。

 それは、地球上には決して存在しない光景だった。

 生命の息吹を感じない、静寂に包まれた空間。滅びた惑星。地獄というものが本当にあるなら、きっとこんな場所なんだろう。ガラにもなくそう思って、とんでもない所まで来てしまったものだと苦笑した。

 引き返してもらっておけば良かったかな?


「かつての文明は、跡形も無くなっています」

「跡形もって。瓦礫一つ残ってないんだけど」


 少なくとも、文明の痕跡は残るはずだ。木っ端微塵に吹き飛ばされたなら、でかいクレーターの一つもできるはず。どんな滅び方をしたらこうなる?


「はるかな昔、この星には珪素生物(けいそせいぶつ)の文明が築かれていた」


 私の疑問に答えたのは、ハクちゃんではなかった。


「君の足下に在るのが、彼らのなれの果てさ」

「その声……!」


 忘れたくとも忘れられない、小憎らしい声。後ろを振り向くと、そこには予想通りレンの姿が在った。赤い大地に白髪はよく映えるなあ──って、見とれてる場合じゃない!

 ここで会ったが百年目という奴だ!

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