人狼たちの戦場(10)

 度しがたいとはこのことだろうとサムエルは思う。


 首都ディルギアでは散発的な戦闘が確認されている。支族会議派と革新派と呼べる国軍の戦闘。特にポージフ支族は長を暗殺された形では引っ込みはつかない。

 衛星画像ではほうぼうから煙が上がり、時折り大きな爆炎さえ見られる。彼らは三千万都市を廃墟に変えるつもりなのだろうか。


 敵地につき、本来であればあまり高度を取りたくない星間G平和維P持軍F部隊だが、首都脱出の難民の波に低く飛べないでいる。今はほとんどがビークルのもの。しかし、もっと近郊までいくと徒歩のものが増えていくだろうと予想できる。


「で、どうすんだい?」

「参りましたね」


 コクピットから現状を把握したマーガレット・キーウェラ戦隊長がジーレス1番機にゼクトロンを取りつかせて移乗してきている。あまり部下に聞かせたくない話になると思っているのだろう。


「どう見たってディルギアを盾にして一戦交えようって腹だよ、これは」

「そうとしか思えませんよね」

 同調の他にない。

「攻めこむしかないんだろうけど、上にお伺いを立ててからにするのかい?」

「それだと判断に時間がかかってしまうんですよ。そうすると市民の脱出が進むんで、こちらとしては好都合ではあるんですが」

「勘弁しておくれよ。あんたたちはいつも通りで身体も休まるんだけどさ、こっちは降着してもパイロットシートで寝るしかないんだよ。だんだん疲れが溜まってくるのさ」

 サムエルも「それなんですよね」と答える。


 補給物資は積載しているので三千機のパイロットと要員分の食料や生活物資に困窮はしない。補給部隊で随時追加もしている。パイロットも補給部隊の警護という形で、一部は交代しながら母艦に戻って休養を取る。

 ただし、エース編隊は主要戦力となるのでその任に就けるわけにいかず、ずっと随伴している。緩衝・防寒機能も充実したシュラフが配布されているも、シャワーも浴びられない状態で長期の作戦は負担が大きい。


「ケツを叩いて動かすにも限界があるからね」

 マーガレットの立場では鼓舞するしかない。

「了解していますよ。もう少し接近し状況確認してからになりますが、僕の判断で作戦を実行します」

「そうしておくれ」

「小細工くらいはさせてくださいね」


 一応はディルギアから引きずりだす戦法を採りたいと考えている。だが、望み薄なのも自覚している。


「ん、なんか問題?」

 ブレアリウスたちと談笑していたデードリッテが会話に加わる。

「パイロットは休みが取れてないって話さ」

「気になるの、メグ?」

「そりゃ、私があいつらのことを考えてやんないとね」

 戦隊長の彼女がパイロット全体の代弁者である。

「ブルーもメイリーも平気って言ってるよ?」

「あのへんの連中はね、もっと過酷な戦場を経験してるから。むしろそればっかりって言ってもいいくらいだろうね」

「うん。こんな恵まれた行軍なんてそんなにないって」


 この意見にはサムエルやマーガレットも苦笑いするしかない。傭兵ソルジャーズ上がりは鍛え方が違う。


「うちの連中は慣れてないのさ。こういうのはパイロットにも整備士メカニックにも負担が大きくてね」

「ミードも大変だって言ってたかな」


 エース編隊に関しては、夜間の降着時にチェックを行うしかない。そのためにメカニックの一部もジーレスに搭乗しているが、彼らもほとんど貨物室ペイロードに雑魚寝状態である。


「だったらどうして地上行軍を?」

 デードリッテには効率が悪いと思えるだろう。

「野戦にしたかったんですよ。スレイオスが掌握している戦力をディルギアから引き出しての戦闘に持ちこみたかったんです」

「行軍したら野戦になるんですか?」

「普通は考えるでしょう。守るべき市民のいる都市を戦場にしたくはない。相手が堂々と行軍してきているなら、自軍の都合の良い場所を戦場に設定できる」

 彼女は納得して手を打っている。

「ところが無理そうなんですよねぇ」

「ごたごたしてるみたいですもんね。じゃ、一度仕切り直せば?」

「ここまで来てそれもなんですからね。どうせなら、これみよがしに接近して包囲してみせたほうが有効でしょう」


 一度艦隊に帰投すれば今度は近傍への降下作戦になる。上空での迎撃という選択肢をスレイオスに与えてしまう。都市の破壊を本意としないGPFにしてみれば、撃墜機を都市部に落とさない配慮が必要。そうすると戦闘に制約が生まれて不利になるのだと説明した。


「結局、あの馬鹿の所為で苦労ばっかりさせられてるんだ」

 銀河の至宝はご立腹である。

「原理主義者というのは厄介なものです。締め付けてもなかなか音を上げてくれません。ハルゼトの世論も批判的になりつつあるというのに」

「政府、とうとう解体を宣言しましたもんね」


 アゼルナ本星の政変に応じ、民族統一を望んでいたハルゼト政府も抵抗の意思を挫かれたらしい。支族体制への帰属を望んでいたのであって、軍国化しつつある現在の情勢は望むところではないらしい。


「あちらは片付きそうなので、こちらもスマートに終わらせたいのですが」

「ありゃ、曲がりそうにないね」

 戦隊長は半ば諦めている。

「ゴート遺跡という切り札を握られている以上、強引に仕掛けられません」

「出方を窺うしかないさ」

「ええ。博士も休めるときに休んでおいてください」

「は~い、中継子機リレーユニット反重力端子グラビノッツを調整したら休みます」


 意外にもタフな少女にサムエルは舌を巻いて後頭部を掻いた。

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