人狼たちの戦場(2)

「タディ、よかった」

 デードリッテはベッドに身を起こす彼女へと駆け寄った。

「大丈夫そう。顔色も悪くないし」

「ええ、アマンダ先生が素晴らしい処置をしてくださったので、もう問題ありません」

「なかなか面会させてもらえないから心配しちゃった」


 あれから五日が経過している。デードリッテが最後に見たタデーラは負傷と失血で土気色の顔色をしていた。それからは面会を許してもらえず、今日になってやっと許可が下りたのだ。


「傷は?」

「この通り」

 彼女のお腹には全面を覆うパッドが貼られている。

「再生ジェル?」

「みたいです。鎮痛効果もあるみたいで痛みもないんですけど……、お腹が減るのがどうにもならなくって」

「食べられないんだ」

 グロフ医師が光学遮蔽を越えてくる。

「身体が治ろうとして栄養を要求してきてるのよ。必要な分は補給してるけど、まだ固形物まであげられないから満腹感は無理ね」

「内臓にほぼ負担のかからない経口ゼリーしか食べてなくって」

「あれって五年前にあなたが開発したものじゃないの?」

 アマンダに訊かれて頷く。


 それまでは圧入パッチから栄養を直接毛細血管へと添加する方式が主だったが、患者の欲求を鑑みて内臓に負担をかけない栄養補給ゼリーを発明していた。


「そうだったの? ありがとう、ディディー。少しは空腹を紛らわせてくれるわ」

 薬学関係の製品で面と向かって感謝されることは少ないので嬉しい。

「うん。完璧じゃないけど喜んでもらえるかなって」

「気持ちの問題だけど食べられるって大事なんだって実感してる」

「大切なことよ。精神が安定すれば治したいって方向に向いてくれるから。身体の自然治癒力が向上するわ」


 長話を止められないところを見るとタデーラの快復は順調らしい。グロフ医師の優秀さはブレアリウスの一件で折り紙付き。


「わたしが一番乗り?」

「ううん」

 首を振られてしまった。

「司令がいらしてくださったの」

「最高責任者は許可しないとね」

「あはは。それで?」

 アマンダのウインクに笑いを返す。

「感謝されて叱られちゃった。無茶しないでくださいって」

「男の沽券にかかわるのかな?」

「立場上の問題でしょ。冷たい印象を持たれがちだけど、あれは結構他人思いな男よ」


(解る~。特権まで使うとかほんとに感謝してるんだ)

 サムエルらしくなさから簡単に想像できる。


「あ、ユーリンも一緒に来たがってたけどまだ時間がね。あとで来るって」

 伝言しておく。

「ブルーもしっかり治せって言ってた~」

「あいかわらず優しい狼さん。寝込んでいるとこを見られたくないだろうって遠慮したんでしょう?」

「うん。かたき討ちしてくれるよ。相当怒ってるもん」


 ブレアリウスは負傷者の様子をずいぶんと気にかけている。やり方が気に食わないと、かなり憤慨したようで険しい表情で語っていた。


「そうだ。シシルは?」

 尋ねるタデーラに首を振って応じる。

「連れていかれちゃった。あの馬鹿狼、出鱈目するんだもん」

「ディディーも怒っているじゃない」

「そぅ、めっちゃ怒ってる」


 自分勝手な理屈でもう終わっていたはずの紛争を長引かせている。これから出てしまう死者は全てスレイオスの所為だとまで思っていた。


「許さないから」

 つい声が低くなる。

「必ず償わせてやる」

「わたしも頑張って治すわ。こんな所で降りたくないもの」

「無理しないでね」


 少し安心したデードリッテは、病室にいる他の機甲隊員も見舞ってまわった。


   ◇      ◇      ◇


 スレイオスは主が不在となった軍本部ビルを支持者とともに占拠している。そこを中枢部として今後の活動を行うつもりだった。


 一度は支族議事堂へも出向いたのだが、そこで会った一人の支族長が彼を面罵してきた。停戦はテネルメアの独断だったとはいえ、支族会議の意向を無視した強硬姿勢は認めないと非難されたのだ。

 彼は相手を拘束させた。今は内輪もめなどしている暇がないと解らない老害など構っていられなかったからだ。しかし、それは大きな反発を招いている。


「なぜ解らんのだ?」

 不思議でならない。

「敗北するわけがないのに停戦など無意味。支族会議の意向? ぐだぐだと議論に時間をかけるだけで、どうせまともな結論など導きだせんのだろう? どうして民族の覇権への道筋を知っている私の言葉に耳を傾けない。既得権益を手放したくなくてごねているだけではないか」

「切るか?」

「そうもいかん」

 ベハルタムはさらっと言ってくるが止める。


 若者は彼の理想に共感して参集しつつあるが、まだ支族長に従う者も多い。このままでは兵力に困窮するのは予測できてしまう。


「解ってくれねば困る。民族が一つにならねば未来は手にできないのだ」

 卓の表面を爪ががりりと削る。

「圧倒的少数なのは否めない。我が理想を各支族に浸透させるには支族長の賛同は必要になってくる」

「聞き分けがないなら脅して言うことを聞かせるしかない」

「いや、面従腹背では立ち行かん。仕方ない。勝ってみせるしかあるまい。圧倒的な勝利を見せれば考えを改めるしかなくなる」


(しっかりとした形で勝算を見せてやらねば連中は動くまい)

 急がせるしかない。


「お前はアレイグを使えるようにしておけ」

「分かった」


 スレイオスは誰にでも分かる形で勝利を見せつける算段をはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る