憎悪の鎖(14)
エルデニアンのアームドスキン『アルガス』は正常に起動した。細工などはされていないようで安心する。
ただしビームランチャーなどの武装は奪われたまま。使えるのは内蔵されているブレードグリップのみである。
(これでは役に立たないか)
彼は腹立ちまぎれに外殻に斬りつける。
しかし、オープン構造の機動ドックは誘爆するような構造物が外側にはない。だからこそ隔壁を破壊しなくても脱出が可能だったのだが、敵方にまともな損害が与えられないのは業腹である。
(逃げだせたのは二百に届かない程度みたいだな)
幸い、アルガスは全機持ちだせている。
通路に転がっていた同胞も多くがドック内を漂っていた。息があった者もいたかもしれないが、真空に放り出されては事切れてしまっただろう。その中に宇宙服も着けていない女の死体が混じっていたのを彼は気にもかけていない。
(後方から仕掛ければ混乱させられるか?)
友軍が戦闘を行っているのが見えた。
遠距離攻撃ができないのは厳しい。艦隊に攻撃しても直掩部隊数機にさえ撃退されかねない。ここは素直に友軍艦隊に逃げこむべきだろうかと考える。
「機動兵器を停止させて投降しなさい。さもなくば砲撃を開始する」
警告は女の声。
「ここで投降するくらいなら脱走なんぞするか!」
「言う通りよね。だから遠慮せず撃たせてもらう!」
「そうそう、ディディーちゃんの涙の代償は高くつくよー?」
接近してくる編隊機の先頭に青い機体を認める。その瞬間、彼の脳は熱を帯びる。それは憤怒か歓喜か?
「ブレアリウス!」
「墜ちろ、兄よ!」
「貴様に兄などと呼ばれたくもない!」
ビームの輝線を脱走機は一方向に避ける。本能的にドックの外殻表面側に寄るのだ。追跡機が撃ちにくいように。
そうなれば追跡側も外殻に寄る。射線から構造物を外すために。
「立場が逆転したと思うなよ! 機動兵器くらいなら撃破する武装は残ってる!」
そう言わせたのはプライドだろう。
「地上ならともかく、宇宙で剣一本で何ができる」
「できないかもなぁ? 同族殺しの凶暴な狼を退治することくらいしか」
「その同族の犠牲のうえで主義主張を唱えていればいずれ支族会議は支持を失う」
「言わせておけば! 逆賊がぁー!」
苛立ちは本物だが、逆上しているのではない。心の奥では計算も働いている。追撃機が同数程度のうちに振り払わねば厳しくなるだろう。
「ぬおぁー!」
「ふん!」
気合い一閃、振り下ろした
(分析の進んでいない機体だが、アルガスのパワーに押される程度でしかない)
装甲面にこすれてビームコートの削れた敵機は白い粉を振りまいていたが、それも火花に変わっていく。受けきるのが精一杯だと感じた。
(ここで墜としておけば挽回できる。鹵獲などと贅沢は考えていられるか)
無理に向けた砲口から放たれる光は予想済みでしかない。狙いが定まっていない射線をすり抜けて斬撃を打ちつける。ブレアリウスは防戦一方。
「ぬるいぞ! 今さら同族殺しに慙愧の念でも抱いたとでもいうか?」
「後悔など無い。う……くぅ。貴様らのやっていること、許しはせん」
苦鳴が混じる。
(浅いと思っていたが効いていたか?)
銃撃の光景がよみがえる。
(ふん、ここで始末をつけられるのなら好都合)
そう思うも、エルデニアンの中で何かが引っ掛かる。
「貴様の許しなど誰が請う!」
「俺で済んでいるうちはまだマシだと思え」
(何のことだ? む?)
追撃に増援が加わってくる。
ここは敵営直近。時間をかければ不利になっていくのは否めない。
「急ぐしかあるまい!」
「それは困るね」
オープン回線に新たな声。
「好きにやらせるわけにはいかないさ。出遅れた分は払わせてもらう!」
「なっにぃ! まだ新型がいるだと!?」
「ゼクトロンの実戦性能、試させてくれないか?」
いつの間にかドック側に回りこんでいた敵機が連射を放ってきた。そのオリーブドラブのGPF機はアンノウンとして表示されている。
「ほざけ!」
「そう言わずにさ。どうもアゼルナンはだんまりでオープン回線を使いたがらない。たまには相手してほしいもんだね」
ビームがリズミカルに襲ってくる。そのテンポが絶妙で、踊らされているかのような感覚に包まれた。
(こんなのを相手していれば包囲される。ここは退くしかあるまいか)
彼の指揮官の部分が判断を促してきた。
「全機、速やかに撤収しろ」
苦汁を飲みくだす。
エルデニアンは敗北感にさいなまれながらも、追撃を振り切るべくバックモニターに意識を集中した。
◇ ◇ ◇
赤い雫が頭から離れないデードリッテはキャットウォークでまんじりともせず人狼の姿を待つ。損害もなく青い機体が戻ってきたのには安堵の息がもれた。邪魔にならないよう駆け出したいのを堪える。
しかし、彼女の狼の無事な姿は見えない。レギ・ファングの前に人が集まると、ストレッチャーが運びこまれた。彼女は再び青褪める。
「ごめんね、ディディーちゃん。さすがにブレ君に肩を貸すのは無理だった」
横たわっている人狼の瞳は開かれているものの焦点を結んでいない。
フィットスキンの肩にある弾痕は自己修復用充填剤の作用で塞がっている。一見、何ら支障のないように見受けられるが、その状態は尋常ではない。
「ぃやぁ……」
デードリッテは弱々しい悲鳴をもらす。
はだけられたフィットスキンの中のアンダーウェアはほとんどが赤黒く染まっていた。
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