憎悪の鎖(12)
(このままじゃアゼルナまで連れていかれちゃう)
恐怖感ばかりが先に立ち、デードリッテは抵抗する気力が萎えそうになる。
邪魔になっているという意識はある。逃走を阻止しようとする警備隊員の列は彼女がいるだけでレーザーガンが使えないでいる。ショットスタンガンを構えて警告しているが、絶縁もされている
(人質として用がなくなったら殺される? それとも、ずっと銃を突きつけられて研究をさせられる?)
嫌な予感ばかりが頭を占めて涙がにじんでくる。
目的地に着いたようだ。警備隊員も頑強な抵抗をしているも、デードリッテを取り押さえているエルデニアンが前に出てくると退かざるを得ない。
「直ちに人質を解放しろ! そうすれば捕虜の待遇は保証する。捕虜交換で帰国も可能だぞ?」
「黙れ。こいつらを殺されたくなかったら道を開けろ」
チェルミたちエージェントも人質の振りをして救助を訴えている。注意を促そうにも口を押えられていて不可能。呼吸も危うげで頭がぼーっとしはじめていた。
(もう駄目かも)
希望が失われて頬を涙が伝う。
「閣下、隔壁外、与圧されていません」
「ちっ! 予防されているか」
「ここからは操作は無理です。交渉して与圧させるしか」
脱出の手筈が整わないようだ。
「交渉すれば人質を吐きださされる。開ける算段をしろ」
「収納室、確保できました! ヘルメットがあります!」
「よし、配れ」
最後の希望も潰える。
脅された状態で通信手段の
「もうしばらくお待ちを。開放作業をします」
「この向こうにアルガスがあるんだろうな?」
「そちらは調べがついてますので」
十分に下調べされていたようだ。
「急げ。何があるか……」
後方で異音が発生し、皆が振り返る。吹き飛んだ作業隔壁が宙を舞って、同時に人影が飛びだしてきた。
すぐ傍にいたアゼルナンが数人壁に叩きつけられる。そこには彼女の人狼が突如として姿を現していた。
「るぅおおぉー!」
狼の遠吠えが通路にこだまする。それだけで数人がおののいて後ずさるのを彼女は見ていた。
「ブルー!」
デードリッテの声は届かない。
しかし、ブレアリウスは彼女を認めると安心させるように頷いてきた。
「何をしている! 殺せ!」
「すぐに!」
捕虜集団の真ん中に現れたのでレーザーガンは使えない。囲んで取り押さえようとしているが、殴られた一人は天井近くまで飛ばされている。
「ディディーを返せ、エルデニアン!」
「うるさい! ここで貴様を葬ってやる!」
最も高位らしい彼が顎をしゃくると周囲の人狼たちがブレアリウスにレーザーガンを向ける。だが、青い瞳の狼はものともせず掴みかかり殴り飛ばし蹴りつけていた。
体格もさることながら、膂力も通常のアゼルナンとは比較にならないようだ。彼らが先祖返りを怖れる理由はその辺りにもあるのかもしれない。
頭を掴まれた一人が身体をくの字に折る。壁に叩きつけられて気を失うと、その向こうには膝を突きあげたブレアリウス。横合いから撃とうとしていた一人も、振り回された足刀で薙ぎ払われた。
正面で銃を構える手を掴み、引き込み際に肘を飛ばす。顔面を粉砕された人狼は泡を吹いて力尽きた。一人が裏拳の一撃で壁に吹き飛ばされるとレーザーが集中する。ところが彼はかいくぐって相手を下から突き上げた。
(助けに来てくれた)
デードリッテの流す涙は違う意味合いに変わっている。
徐々に近づいてくるブレアリウスにエルデニアンも緊張感をみなぎらせている。
「早く始末しないか!」
「しかし……」
「もうちょっと待ってなさい!」
彼の後方ではレーザーが飛び交っている。
「あとちょっとの我慢だからね、ディディーちゃん」
「くそっ!」
彼と一緒に現れたメイリーとエンリコが奪ったレーザーガンで応戦。床には幾人もの人狼が転がされている状態。
(わたしだけ楽してちゃいけない)
気力を取り戻した彼女はもがき始める。
「大人しくしてろ!」
怒鳴られても、そう簡単に撃たれないのは分かっている。本当の人質はデードリッテ一人だけなのだ。
「助けて、ブレアリウス!」
取り押さえられた振りをしているチェルミが声をあげる。
「このままじゃ連れ去られちゃう!」
「おい、人質を殺すぞ!」
「出来はしない。そんなことをしていれば民族統一もない」
歩みは止まらない。
「一時的なものだ。我らの悲願の礎になってもらう!」
「勝手な理屈だ」
振り向けられる銃口に構わずブレアリウスは半身で滑りこむ。手首をつかんで捻りあげると、チェルミを押えていた男をタックルで壁に叩きつけた。
(チェルミさんのほうを先に助けるんだ……)
場違いな落胆が彼女の胸に押しよせる。
しかし、それは勘違いだった。彼の目的はレーザーガンのほうで、即座にエルデニアンに銃口を向ける。咄嗟に躱し体勢を崩したところで腕を伸ばした。抱き取られて懐に収まる。流れでエルデニアンに放たれた回し蹴りは、クロスした腕で防がれた。
「待たせた」
「ううん」
強めに抱きしめられているが、その苦しさが快感にも感じられる。彼女の狼は守ると言った約束を絶対に違えない。
(嬉しい。大好き)
熱い胸板に頬をすり寄せる。
「ブレアリウス、ありがとう!」
「後ろに回っていろ」
チェルミも駆けよってくる。その瞬間、視界の端に銀光を認めた。
女人狼が構えたレーザーガンがブレアリウスの腹に狙いを定めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます