アゼルナの虜囚(12)
「艦列、予定通り。異常ありません」
緊張を含んだ硬い声が聞こえる。
言われなくとも司令官であるサムエルの前の戦況パネルにも自動解析による『異常なし』の表示が出ている。特に報告義務はないのに、つい几帳面な報告を上げてしまったらしい。
参謀席にいるのは先任の壮年ではなくなっている。戦役も長く師団長だった彼は直掩艦隊二十隻の司令官として、機動ドック『メルゲンス』の派遣とともにそちらの艦隊に移動になった。
交代で赴任したのは若干二十三歳の作戦参謀、女性士官のタデーラ・ペクメコン。士官学校から参謀コースに進んだ彼女はいくつかの小規模任務に副艦長として従事したのち、この派遣艦隊に着任した。
(要するに使えるようにしてくれってことですよね)
他に理由が見当たらない。
サムエルの場合、あまり参謀役を必要としない。彼ひとりで大概の状況は分析、作戦立案してみせる。参謀がするのは状況分析の補助程度。先任では役不足だった。
どちらかといえば副司令のウィーブのように機動部隊との橋渡し的役割をしてくれる人物のほうがありがたい。パイロット上がりで操機大隊長から師団長に階級を改めた彼は頼りになるのだ。
「そんなに緊張しなくても結構ですよ。例の配置は念のためといったところなのですから」
と言っても無理だろうか。
「はい!」
「ほら、メルゲンスの
「了解いたしました!」
(疲れそうですね)
当面は勤務時間を加減してあげないといけなさそうだ。
(とはいえ説明しないわけにもまいりませんし)
必要以上の緊張をしているのは、ハルゼト軍内の民族統一派の存在に注意を促したからだ。要職にある以上、報せないという選択肢はない。そんな話がなければ彼女とてそこまで緊張を強いられはしない。艦列に注意を向けていたのはそのため。
(選別しておかないと肝心な局面で足を引っ張られかねません)
そう考えて今もメルゲンスの出現予定ポイントの前面に配置している。
(動きどころなんですが引っ掛かってくれませんかね?)
タッチダウンの重力震で
(簡単には尻尾を出してくれませんか。おっと、尻尾は出っぱなしなんでした)
軍帽をずらして失笑を隠す。
「メルゲンス、タッチダウン!」
計器類は軒並み『計測不能』を表示させ、カメラ映像にも揺らぎが表れて長距離観測はできなくなる。この時ばかりは
「空間動揺、徐々に減退中」
皆が息を飲む。
「電波レーダー復旧、感なし。……重力場レーダーも復旧、感なしです」
「問題ないですね。ご苦労さまでした。偵察に出した部隊を帰投させてください」
「全機に帰投命令」
「だ~め~! ブルーに迎えに来てもらって~」
「おっと」
通信パネルがひとつ開いて、亜麻色の髪の少女が抗議してくる。デードリッテはメルゲンスに残ってシュトロン後継機のチェックをぎりぎりまでしてもらっていたのだ。
「博士、連絡艇を手配しますので、そちらを利用してください」
タデーラが説得にかかっている。
「え~」
「構いません。メイリー小隊はメルゲンスに向かってホールデン博士の護衛任務に当たらせてください」
「わーい」
新参謀が何とも言いがたい顔で見上げてくる。緩い空気感に戸惑っているのだろう。彼女への説明はウィーブに任せる。
(まだまだ安心はできませんけど)
全く入りこんでいないとは思っていない。
(しばらくは中途半端な対応を強いられてしまいそうですね)
疑わしいという理由だけでハルゼト軍の排除はできない。彼としてはむしろ早めに動いてほしいところ。
ましてやハルゼトモデルのシュトロンが配備されつつある。時が経てば経つほどに状況は難しくなっていく。
軍帽からひと房だけ垂れさがっていた前髪を引っぱりながらサムエルは溜息をついた。
◇ ◇ ◇
「エルデニアン様、いかがでしたか、『アルガス』は?」
慣熟飛行から帰ってきた彼に
「悪くない。機動性に関しては段違いだ。パワーや駆動性は実戦形式でないと評価はできない」
「すみません。目立つ行動は避けるようにと御父上君より命じられておりますので」
「当然だな。父上の判断が正解だ。GPFのパイロットはボルゲンと五分を演じたのに油断しているだろう。そこへこの新型が参戦すれば浮き足だつに違いない」
その隙をついて攻勢をかける作戦を携えてやってきたのだ。敵戦力を削るのも肝要だが、拠点化を考えているであろう機動ドックにダメージを与えるのが最も効果的だと思われる。
「重力震を検知したそうです。予想通り、GPFは機動ドックをアゼルナ圏に動かしてきました」
発進後の出来事らしい。
「よし、出撃準備をはじめさせろ。奴らの出鼻を叩くぞ」
「承りました!」
「オレは到着まで休む。一時間前までには起こせ」
駆け寄ってきた従僕に指示しながらヘルメットを手渡すとエルデニアンは待機仮眠室へと歩を進めた。
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