闘神の牙(7)
急に威圧感を増したフェルドナンに三男ホルドレウスは数歩あとずさる。目には隠しようもない怯えの色が表れた。
(この程度で尻尾を巻くとは)
失望を禁じえない。
「何を聞いた?」
「ほ、他には何も! ただ、破滅に向かっていると」
鼻をひとつ鳴らして視線を外す。
「お前が知る必要はない。政治に口を挟みたくば能力をみせよ」
「至極ごもっともです、父上。精進いたしたく存じます。次こそは必ずや成果を挙げ、勝利の報をお伝えできることでしょう」
「言うからには実行してみせろ。もういい。下がれ」
父親から言質をとった息子は喜色を見せて首を垂れる。胸を張って敬礼すると回れ右をして退室していった。
(どこまで知っている、ブレアリウス)
彼には聞く術もない。
(誰がどこまで事態を把握しているか測れんな。我らと同じ理由で星間管理局も口を閉ざすしかあるまい)
フェルドナンとてゴート協定のことは頭に入っている。事が露見すれば祖国は破滅だ。星間軍と同等の脅威が降りかかってくる。今はまだ辺境の紛争の一つでしかないと思わせておかねばならない。
(テネルメアめ、とんでもない爆弾を持ちこみおって)
ポージフ支族の長に恨み言を念じておくる。
(それを利用して軍事力拡大を図る我も同罪か。奴一人を責められん。が、加減を知らねばいずれは露見は免れんな。釘を刺しておかねばなるまい)
当面の目標は一大勢力となる一角の基礎づくりである。いきなり星間管理局体制の転覆を狙っているのではない。
アゼルナが中心となって星間銀河圏の中に管理局に抗しうる国家群を築くのが第一段階。それには軍事力と軍事技術で劣らないと示さないといけない。
(まずは民族統一。経済圏の確立。普通の発展過程をしっかりとなぞっていくのが肝要。力だけで無理を通そうとすれば破綻する)
テネルメア・ポージフが同じ考えを持っていると祈るしかない。
(夢想家の一面を隠し持っていれば暴挙に走りかねぬ。民族を巻きこんで自滅するのには付き合えぬぞ)
それでは本末転倒。辺境の新加盟国家を食い物にしようとする経済大国の専横を許すのが自由経済ならばそれを正す力が必要。管理局にできないことをできる体制を彼は作りあげたいと考えているのだ。
フェルドナンは椅子に背を預けると腹で手を組み、思索の海へと潜っていった。
◇ ◇ ◇
こん! かーん!
人が立ち働く喧騒とは別に金属が打ち合わされる音がどこからか聞こえる。身が引き締まる感じがしてデードリッテはその空気が好きだ。想像力が形になっていく。それを具現化した音だと感じられる。
低重力の整備スペースで新たな
(バットエンドじゃなければいいけど)
彼女も戦場に身を置くようになって、その意味を深く理解するようになった。
(全部がハッピーエンドでなくてもノーマルエンドなら喜ぶ人がいっぱいだもん、ゲームと違って)
命のやり取りとはそういうことだと解った。一般社会と異なり、ここには笑いも涙も溢れている。喜怒哀楽が満ちている。そんな場所。
(だからわたしも全身全霊でハッピーエンドを目指さなきゃいけない。今やるべきことをしっかりやる)
装甲が取り付けられつつある新型機を見あげる。
「開梱すんだよ。あれ、ほんとに
「うん、そう。合ってるよ」
「でもさ、噴射口らしきもの無かったんだけど?」
「上からだと見えないかも」
今回の補給便でシュトロンの補充とは別に新型のスラスターのみが送られてきている。パーツの表面加工に特殊な設備が必要になるので、戦闘艦の製造設備では時間がかかりすぎる。だから発注したのだ。
「いうなればパルススラスターかな?」
他に例えが見つからない。
「パルススラスター? パルスジェットみたいなもの?」
「端的にいうと姿勢制御用パルスジェットを集積したかたち。構造や制御はそんなに簡単じゃないけど」
二人が目を移すと、作業アームに持ちあげられた魚体のような流線型の筺体。鳥のくちばしのような青い装甲は、上下に分かれているように見える。上方や下方に向けたジェットスリットも配置されているものの、主には側面横一列にいくつものスリットが横向きに並んでいた。
「あれ全部パルスジェットなの?」
デードリッテは頷く。
「そう。全ての
「うっは! これはまた突飛な」
「でしょ? ありそうでなかったシステムなんだ」
複数のパルスジェットを並べるのは珍しいことでもない。ただ、ここまで大量に並べるとなると前例がないのだ。
隣接することによる蓄熱。噴射の相関性。ベクトル制御磁界の干渉。考慮しなければならないことが多すぎて利点に目が向かない。
しかし、設計図や現物を見れば納得できる。この構造は推力制御やベクトル制御の自由度が極めて高いと。
「ラウンダーテールってやつだよね」
「知ってた? うん、オリジナルが搭載している可動式のスラスターなの」
「本体が可動するうえに、それぞれのパルスジェットでもベクトル制御できる訳か。これはとんでもない代物だね」
(これのすごさはスペックだけに収まらないの)
デードリッテは改めて心胆寒からしめられるのを感じた。
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