第四話

闘神の牙(1)

「あれあれ? 何させられてんの、ぼくたち」

 壇上の人物を除き、その場にいる全員の心を代弁するエンリコの台詞。


 ブリーフィングルームに集められているのは二十名の傭兵たちソルジャーズ。彼らは投影パネル横に立つウィーブ・コーネフ副司令の講義を受けていた。


「文句があるなら言いなさい。ここにいるのは基本的に希望者だけだ」

 講師は取り合ってくれそうにない。

「先生、ぼくとメイリー姉さんとそっちの狼は基本から外れていると思います」

「気の所為だ」

「いやいや、気の所為じゃありませんて。希望した記憶が欠片もないんです」

 実に素っ気ない返答に反論している。

「飲み過ぎたのではないか? ほどほどにしておけ」

「待って待って、そりゃ勝ったんですから軽く祝杯くらいはあげましたよ。そんなに痛飲はしてませんから」

「酒席にホールデン博士まで交えるのはいただけんな」


 揚げ足を取られた。エンリコも「知ってんじゃん」とこぼしている。


「もちろん、ソフトドリンクオンリーでしたよ。飲ませたりしてません」

 当然とばかりに講師は頷いている。

「では続ける」

「えー、続けちゃうんだー」


 確かに席につく傭兵ソルジャーズのほとんどは希望者。GPFの募集に応じた者である。

 アゼルナ攻略戦で失われたパイロットの補充は、ここザザ宙区の他の駐屯軍から為されると思っていた。ところがその一割ほど、二十名を傭兵協会ソルジャーズユニオンからの編入で賄われると広報がある。


 ソルジャーズにとっては渡りに船。危険な戦地を飛びまわる必要もなく、高額なギャランティが保証されるGPF隊員。その門戸が目の前で突然開かれた。

 そのうえ編入されれば星間管理局製新機軸機アームドスキン『シュトロン』を任されるのである。これに飛びつかない手はない。


(選抜されたのはおそらく戦績上位の者)

 そこまではブレアリウスにも解る。

(どうして俺たちまでこの枠に押し込められている?)


 彼ら三人は既にシュトロンを貸与されている。募集とは別枠に扱われてもおかしくはないように思える。


(違いといえば編入隊員とされる点か。希望していないのに入っているということは、正規隊員に採用するつもりなんだな)

 誰の思惑かは分からない。が、彼らが正規隊員でないと都合が悪いらしい。


 星間G平和維P持軍Fの隊員になるには最低でも準公務官の資格が必要となる。そのために星間法や公務官準則の講義を受けているのだ。

 終了後に資格試験が実施されると告知されている。不合格ならば補講を受けねばならないらしい。それでも合格できなければ再選抜されるという話だが、この調子だと三人の不合格は許されないだろう。


(これは気を入れないと永遠に拘束されかねないやつだな)

 そう思ってメイリーのほうを見るとウインクを寄越してくる。彼女も同じ結論に達したようだ。


「星間法において、国家間紛争仲裁手続きに必要な同意事項は以下になる。第一に……」

「やれやれ、この年になってガチのお勉強をしなきゃなんないとは」


 エンリコの不平は収まらないらしい。


   ◇      ◇      ◇


 メイリーチームに合わせてGPF旗艦エントラルデンに転属となっている整備士メカニックミード・ケフェックは忙しくしていた。


 まず、三人ともシュトロンに搭乗するようになったので整備を憶えねばならない。そちらはマニュアルも充実しているし訊く相手も多いから問題ない。好きで選んだ仕事。手間も惜しいとは思わない。

 ただ、難しいことに変わりはない。そのうえ出撃ごとに破損させて帰ってくる狼も混じっている。厳しい状況は戦績に反映されているので、担当パイロットを自慢できるのはありがたい。


(しんどいからってメカニックに当たるタイプでもないし)


 むしろ感謝ばかりで、意見にも耳を傾けてくれる。現実に三角耳が彼を向くから解りやすい。


(それに有名人ともお近付きになれるしさ)

 今もそう。


 ミーハーな気もある彼は今も人だかりの一員。それも前列あたりに陣取っている。


「いいですか~。見てくださいね~」

 格納庫ハンガーにやってきたのはデードリッテである。

「皆さんに扱ってほしいのはこれです」

「ん?」


 彼女が示したのは親指ほどの太さの機器。長さも10cm足らずと短い。技術者なら一目でセンサー類なのは解る。


「試作品ですけどサイズ感は製品でもこんなものだと思います」

 先端は二重の円が見えて、いくつかの該当機器が頭に浮かぶ。


「小さいな」

「あれなんだと思う?」

 囁きかわす聴衆。

「デードリッテ・ホールデンの解説動画が生で見れるとはね」

「おー、役得だぜ」

「楽しみー」


「なんだと思います?」

 悪戯げな笑顔。

「じゃあ実際に使ってみましょ~」

「どうぞ」

「あ、制御ソフトはアウルドさんにお願いしました」

 ケーブルを差し出す人物を紹介する。


(技術士官殿も娘くらいの女の子に使われるとは思ってなかっただろうね。まんざらでもなさそうだけど)

 彼の場合はほだされたのではなく、単に才能に敬意を表しているだけだろうが。


「実験してみま~す。それじゃ、ミードさん、こっちに」

「え、ぼく?」

 指名される。

「それと、そちらの方」

「はい」


 もう一人はエンジニア系の女性。たしかOS関連を担当していたシンディという子だったはず。


「インカムに同じ物を取りつけてあります。着けてください。ちょっと重いですけど、本来はアームドスキンに組みこみますから」

 耳にかけると少し重く感じる。

「レーザーを使ってますけど目に問題を起こさないくらいの出力に絞っています。じゃあ、向き合って会話してください」

「え、しゃべるの?」

「そうです」

 5m向こうに対面でいるシンディも戸惑いを隠せず赤面している。


 ミードも気恥ずかしくなってしまった。

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