生きる意味(3)

 ブレアリウスが生まれたときは非常に喜ばれた。より多くの兄弟がいるということは、その中に優秀な子孫がいる可能性が高まるからだ。


 それゆえに士族長には多妻や多夫が認められている。ブレオリウスの母も三人いる夫人の一人。誰もが認める後継候補者だった。


 環境が一転したのは二歳を超えて二ヶ月したころ。普通は成長するに従い目立たなくなっていく彼の口吻マズルは、明らかに身体の成長とともに発達するように長くなっていく。

 それが発覚したときの父フェルドナンの顔は忘れられない。憤怒を通りすぎて殺意さえ感じた。事実、彼は殺されるのだと思った。


 しかし、アーフの家は士族長なのだった。ブレオリウスの誕生は多くの士族民が知るところである。

 彼を処分するのは慣習上当然とされているし、罪に問われることもない。それでも事実が流布すれば家名が傷付く。先祖返りを生み出したとしてフェルドナンの名誉も汚される。


 ゆえにその事実は秘されることになった。ブレオリウスは重い病気を患ったとされる。

 毒を盛られ床に伏す。金を握らされた医師は重病だと診断した。それで死ねば仕方ないと思われていたのだろう。

 生死の境をさまよう日々が続き、そして彼は病死したと発表された。


 似た死体が準備されて荼毘に付される。すでに先祖返りの兆しを誤魔化せない本当のブレオリウスは地下に軟禁された。

 なぜ殺されなかったのかは分からない。幼い彼が地下室から出る術もないまま三年の月日が流れた。


 人目に触れないよう閉じ込めておくには地下は都合がよい場所だった。書庫や刀剣類などの貴重品の収納庫であり、一部の家人しか出入りできなくなっている。

 バスルームなども整備されており、生活に足る設備はある。食事も三食届けられ、生きていけなくはなかった。


 それでも五歳になった少年がずっと過ごすには退屈な場所。刺激を求めて模索をはじめる。知恵をつけてきたブレアリウス少年は危急のときに使える脱出路らしきものを発見する。

 その頃には忌まれている自覚もあり、書物でアゼルナの慣習も学んでいた。昼間は危険だと考え、夜になって地下を出る。


「ふわぁ!」


 物心つく前から幽閉状態の少年に夜の町並みはあまりに刺激的。夢中になって駆けぬける。目立たぬように物陰から様々な店舗を見てまわるうちに注意力散漫になっていたのだろう。


「おい、見ろ、こいつ」

「マジかよ」

じゃねえか」


 背後からそんな声がかかってしまう。見るからに素行の悪そうな三人組の姿にブレアリウスは硬直した。


「知ってるか? こいつならっても罪にならないんだぜ」

「本当だろうな?」

「試してみようぜ」


 殴る蹴るの暴行を受ける。悲鳴をあげる間も与えられないほど暴力にさらされ、少年はぼろぼろになっていった。


「やべ! 警官だ!」

「試してみるんじゃなかったのかよ?」

「こんなのの所為で捕まったら洒落になんないだろ?」


 彼らは口々に暴言を吐きつつ立ち去っていった。呻きながら見上げると警官がいる。やっと助かったと思った。


「ふん」


 ところが警官は鼻息ひとつ漏らすと汚物を見るような視線を向けてくる。ホルスターから銃を抜くと銃口が向けられた。


(撃ち殺される!)

 恐怖で身がすくむ。


 しかしトリガーが引かれることはなかった。鼻面に皺を寄せた警官は厄介事を避けるようにブレアリウスを蹴り転がして路地の奥へと押しこむ。まるでゴミの扱いだった。

 それから痛みを堪えて何時間もかけて家に戻る。血塗れでベッドに入ると気を失っていた。


 刺すような痛みで目覚めると治療が行われていた。塗られた薬が痛みを引き起こしていたのである。雑な治療が施され、そのまま放置された。


(なにをしたのかは何となく察してるだろうなぁ)

 今度こそ処分されるかと思うが沙汰はない。完全にいない者という扱いらしい。

(撃ち殺されていたほうが楽だったかも)

 身体と同時に心も痛い。生きている意味など何ひとつ感じられない。そう思いながら泣いた。


 ようやく動けるようになっても心が死んでいる。現状を打開する気力はない。幸い、刀剣類が地下室には多数ある。自死する術には事欠かない。

 棚からナイフを一本取り上げる。鋭く冷たい光を宿す刃は簡単に少年の命を奪ってくれそうだ。ほんのちょっと思い切るだけでいいのだ。


(最後だ。頑張れ、ぼく。これで楽になれるんだ)

 金属の切っ先を自分の心臓へと向ける。


 怖ろしさに固く閉じた瞼をほのかに赤く感じる。目の前に何か光る物がある。そう感じて目を開いた。


「ああ……あ……」

 自然と感嘆が漏れる。


 そんなに美しいものを見たことがなかった。アゼルナンとは違う、つるつるの顔が慈愛の笑みを浮かべて少年を見つめている。咎めるように小さく首を振った。


 腰まである豊かな真っ直ぐの金色の髪は重力を感じさせないように宙へと広がっている。金茶色の眉が困ったように下がり、彼と同じ青い瞳が長い睫毛の帳の向こうから慈しむような光を放っていた。


 光っているのは瞳だけではない。その大人の女性は全身が光っている。といっても超常現象や怪奇現象ではない。少年の横にある検索システムの投光部から放たれた3D映像なのだとすぐに分かった。

 しかし、そんなことは今まで起こっていない。システムコンソールの機能の一つではないはずだ。


「あなたは誰?」


 ブレアリウスは呆けたままに尋ねていた。

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