さまよえる魂(8)
「……というのが顛末です」
デードリッテはサムエルからの報告を受ける。
「僕はこれを最終勧告と考えています。今後なにか起こるようであればハルゼト軍とは協同作戦を行わない方針です。これで胸に納めていただけますか?」
「一事が万事にならないことを祈ります」
「そう願いたいものです。管理局サイドとしましてはアゼルナンの自治を侵したくはない。統制管理国に落としたくない思惑があるのです」
彼女は司令官に礼を述べてから通話を終える。それでも胸にとどこおる疑念は消えてくれない。
(ブルーと話さないと)
躊躇いはある。
(あまり蒸しかえしたくない事実なのかもしれない。他人に掘りかえされて詮索されるのはつらいのかもしれない。でも、知らないと何もできない)
狼に嫌われたくなくても動かないと変えられないのだ。
ブレアリウスの自室の前で通路の壁に背をもたれかけさせて待つ。様々な思いが去来するのを整理していれば時間は気にならなかった。
「お?」
汗を流したらしい狼とエンリコが軽装で帰ってきた。
「っと、ぼくはユーリンちゃんにもう一回アタックしてこなきゃいけないんだった。ブレ君は部屋でゆっくりしていなよ」
「悪い」
「気にするなって」
相部屋のもう一人は気を利かせてくれたらしい。
笑いかけて通りすぎるエンリコに目礼する。破顔した彼は手を振りながら去っていった。
「いい?」
揺れる胸の内が語調を弱める。ブレアリウスは黙って背中を押して招きいれてくれた。
「ちゃんと話したいと思って」
「座ってくれ」
狭い室内には二段になったベッドとコンソールくらいしかない。下段に座るとお茶の入ったタンブラーを手渡された。
「君の貴重な時間を奪いたくないと思っている」
伏し目がちに言う狼の裾をつかんでコンソールの椅子に向かうのをとめた。
「煩わせるのは本意じゃない。だが境遇をいたむ優しさを捨てられんのだろう」
「無理。もやもやして眠れなくなっちゃう」
「申しわけない」
諦めたように隣に座る。跳ねたりしなかったのは、ゆっくりと体重をかけた彼の優しさだと感じた。
「どうして?」
目が潤むのをぐっと堪える。つらいのは自分ではない。
「なんでこんなにひどい事をされて黙ってるの? もっと大きな声をあげていいと思う」
「ハルゼト軍施設のことか。あれは後悔している」
嘲ってきたアゼルナンに暴力をふるった一件。
「恥ずかしいという思いが先に立ってしまった。君に知られたくないと思って頭に血が上ったようだ。無様を見せた。本当なら忘れてほしい」
「違う! いいの! 普通なの! ブルーは差別されてるのよ?」
「千年以上も当たり前のこととして通されてきた。刷り込まれた常識は容易に抜けないものだ」
諦念がただよう。
「じゃあ、どうしてこの仕事を受けたの? 敵だけじゃなく味方からも攻撃されるかもしれないんだよ? ううん、ブルーにとったらアゼルナンは皆危害をくわえようとする敵なんじゃない?」
「そうだな」
自嘲気味に口の端があがる。
一度閉じられた瞼が開く。青い瞳は虚空を見つめて何も語らない。狼の中で迷いがあるのだろうか。
「探しているんだと思う」
待っていると、自分の中の答えをおもむろに口にする。
「なにを?」
「俺はこんなだから戦うしか能がない。でも守るものもない。家族からも故国からも逃げだした俺には何もない」
「理由が欲しいの?」
狼は首を振った。
「欲しいのは死に場所だ。それを求めて戦場をさまよってる」
「え……?」
また瞳を閉じて言葉を探すように沈思する。
「死ぬのも怖いのかもしれない」
小さく開いた口からはそんな言葉が漏れた。
「当たり前だよ」
「死そのものも怖いし、何の意味もなく死ぬのも怖いんだ」
「普通よりも死を身近に感じてるかも。でも、死んでほしくないって思っている人はいるんじゃない? 私もそう」
(欲しいのは言葉なのかな? 理由なのかな?)
透きとおるような青が自分に向けられたことでデードリッテはそう思った。
「昔……」
ぽつりぽつりと語ってくる。
「怖くて逃げだして、それでも行く宛てもなくて野垂れ死ぬんだと思っていた俺に『死ぬな』と言ってくれた
「ほら、いるでしょ?」
「彼女を裏切りたくなくて生きている」
後ろを向いていた耳が誇らしげに立った。
「その人が正しいと思うよ」
「だが、無為に生きるのも虚しい。
狼は自己矛盾にさいなまれながら戦い続けているようだ。
「だから、良くしてくれる戦友のために死にたい。少しでもマシな生き方だったと思いながら死ねればいいと思った」
メイリーたちのために戦うという。
「わたしじゃダメ?」
「君?」
「わたしだって怖いんだよ。好奇心が先に立ってここまで来たけど戦場は怖い。あんまり生々しく感じてないけど、怪我してる人もいるし帰ってこれなかった人もいるんでしょ? いつ、そのうちの一人になるか分かんないんだもん」
膝の上で手が震える。
「君ならば誰もが守ろうとする」
「ブルーは守ってくれないの?」
「守るうちの一人だ」
手を伸ばし、ブレアリウスの頬の豊かな毛を指ですく。
「そうじゃなくて、わたしを守ると誓って。だったら怖がらなくてすむから」
方便だ。
「理由をくれると言うのか?」
「そう」
「……分かった。君を守ると誓おう」
半分は言葉遊びのようなものでも意味はある。
「じゃ、死んだらダメよ」
「難しいことを言う」
鼻から失笑の息が漏れている。
手を回し、狼の首元に顔をうずめたデードリッテは獣の匂いを嗅いだ。
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