さまよえる魂(6)

「財政破綻に陥ったのも星間管理局の画策ではないかと?」

「そう考えたとしても変ではない」


 ブレアリウスの言にサムエルは渋い顔。文化の違いからくる隔絶が現状を招いている可能性が高いと誰でも気付く。


「それでも星間銀河圏から脱退しなかったのだから一加盟国家としての道を模索してたんじゃないの?」

「違うだろう。支族会議はハルゼトの同胞を人質に取られているようなものだと感じていたんじゃないかと思う」

 デードリッテの問いに狼は訥々と答える。

「国土と同族を担保に取られたみたいに感じちゃったの? それで耐えがたきを耐えてきたと」

「おそらく」

「それを中央管理局は納得したんだと受け取っちゃったんだ」


 サムエルが調べると、その後も幾度となく管理局員がもっと拓けた外交をするよう促している。しかしアゼルナは頑なに最低限の交流しかしてこなかったようだ。


「雌伏の時だと考えていたんですか。辻褄が合ってしまいますね」

「そいつは管理局員の怠慢でもあるね。百年以上もあったんだから妥協を探る時間には十分だよ」

 マーガレットの意見は軍人らしさが漂う。

「否定はできませんが、過度の干渉を避けるのも管理局の方針です」

「バランスが難しいところですね。で、支族会議は同胞を奪還すべく動きだしたんでしょうか?」

「そこもよく分からないところです。ハルゼトは自由経済の洗礼を受けて変わっています。現実に、アゼルナの侵攻に対して抗戦をしました。彼らも同胞の変貌を実感したはずなんですけどね」


 ハルゼトはアゼルナを拒んでいる。無理に侵攻する理由は失われていると気付いているはず。


「目を覚まさせようとしている」

 ブレアリウスが口を開く。

「アゼルナの同胞が身を正したように、ハルゼトも本来の民族主義に還るべきだと信じている」

「ここまでのアゼルナンの精神の在り様を聞いていると納得できますね」

「無茶が過ぎるけどさ。支族会議だってこれが星間法違反で、最悪星間軍が投入されてもおかしくないって分かってるはずだけどねぇ」

 マーガレットが頭を掻く。

「それだけは俺も分からない」


 特殊な発生をしたアゼルナンは大きな戦争を経験していない。それでも支族間の葛藤を暴力で解決していた時代もあったという。


「武を軽んじてはいない」

 狼は説く。

「むしろ重んじている。確かに人間種サピエンテクスを獲物の発展形と軽視する傾向はある。だが星間軍を打ち破るほどの力があると驕ってはいない」

「それなのに侵攻をやめない。動機は理解できますが、何らかの根拠がないと妙な話になりますね」

「ブルーにも思いあたる節はないの?」

 一応尋ねてみる。

「ない」

「なんだかきな臭いね」

「嫌な予感がします」

 サムエルの悩みは尽きないようだ。


(でもアームドスキンみたいな高性能兵器を見せられたら和睦の余地も出てくるかもしれない)


 デードリッテは希望的観測を抱いていた。


   ◇      ◇      ◇


 星間G平和維P持軍Fに第二次納入があり、一次に勝る数のシュトロンが配備される。それに伴いブレアリウスと編隊を組むメイリーとエンリコにも貸与された。


 先行してσシグマ・ルーンも与えられており、二人の頭上にもアバターが舞うようになっていた。ただし普通の二頭身キャラクターで、仔狼を従えている彼は少しだけ面白くない。


「わくわくするねぇ」

 リーダーのメイリーが自機を撫でながら言う。

「君なら苦労はしない」

「保証してくれるの? 根拠は?」

「俺の無茶につき合ってくれるんだから、そういうタイプだということだ」

 感覚が似ていると言いたいのだが伝わっているだろうか?

「あんたに置いてけぼりにされたソルジャーズもいっぱいいたね」

「そうそう、自分の腕が悪いのを棚に上げて文句ばっか言ってるような連中だけどさ」

「感謝している」

 食ってかかってくる荒くれを口先であしらってくれたのも二人だ。

「おいおい、そんな水臭いこと言うなって。ブレ君につき合ってるお陰でこうして早々に新機軸機にも触れるんだから」

「指くわえて眺めてるだけだって諦めてたのにさ」


 エンリコはもちろん、メイリーまで濃黄緑色オリーブドラブのボディに憧れを抱いていたようだ。新型は男心だけでなく女心まで刺激するらしい。


「んじゃ、試乗といきますか」

「アゼルナ攻略戦までに感触をつかんでおきたいもんだね」


(GPFは目処がついたと断じている)

 これまで物量でハルゼト防衛をしていたのに、シュトロン導入で戦況が変わったと考えているのだろう。

(時流もある。が、こうも読み違えるか? あの人・・・が)

 新機軸機アームドスキンのニュースを見過ごすほど間抜けとは思えない。中央管理局が導入や開発に躍起になるだろうことは容易に想像できる。違和感が拭えない。


 考えこんでいると背中を押される。発進を急かされた。慣熟訓練に与えられた時間と宙域は限られている。


 アストロウォーカーと違ってアームドスキンはフロント昇降方式。キャットウォークを回りこんで自機の正面までスパンエレベータ上を歩いて見上げる。


(こいつに振り回されている気がする。お前は俺に何を見せる?)

 黄色いカメラアイに問い掛けてもなにも返ってこない。


σシグマ・ルーンにエンチャント。機体同調シンクロン成功コンプリート

「シュトロン127、発進どうぞ。今日もキュートなおヒゲね」

 無機質なシステム音声のあとに気安い通信士ナビオペの声。

「そう思うんなら無闇に引っ張らないでくれ。割り当て場所のナビ頼む」

「はーい、いってらっしゃい」


 膝の前に結像したナビスフィアを確認して下を見る。発進口が開いて、半透過に赤く発光したエアドームの向こうに星の群れ。


(俺はどこへ行く?)


 答えのない迷いを抱えたまま星の海に漕ぎだした。

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