さまよえる魂(2)

「大陸であれば大水害に見舞われても内陸部に逃げだすことで避難はできます。ですが島ではそうはいきません」

 デードリッテは凡例として島のモデルを表示させる。

「アゼルナンの原種は島で独自に進化した小型種でした。草原ではなく森林部を生活圏として狩りを行っていたのです」

「はいはい、森林部は寝床として便利でも狩場としては難しいと思います、先生」

「そうですね。森林に分布する草食獣は樹上生活者が多いです。地上生活者だけを狙っていたのでは餌に限りが出てしまいます。なので少数の種であり、草原の大型種と競い合うこともしなかったと考えられています」


 資料映像では大型種に怯えて森林の中へ逃げ込む小型の狼がアニメーションで描かれている。


「森林で生きる彼らは餌の確保のために跳躍力を育みました。低い木の枝の上まで登ったりもしたようです」

 木の枝で鳥をくわえる狼。

「そこへ災害がやってきました。陸地は津波に洗われ草原大型種はその多くが命を失います。難を逃れたのは木登りのできる狼でした。しかし災厄は続きます」

「まだなのかい?」

「はい、今度はプレート移動による陸地の沈下です」

 ブライトスティックで島を示す。

「激しかったといっても、プレート移動は変化のスパンが違いすぎませんか?」

「そうです。でも、度重なる津波による土壌の流出と相まって陸地はみるみる失われていきました。狼たちは樹上生活を余儀なくされたのです」


 アニメーションでは低下する地面と流出する地上性樹木が描かれる。そして残ったのは海洋性樹林マングローブの森林だった。


「はい、ここで思い出してください。収斂進化の話です」

 デードリッテは手を合わせて生徒たちを見つめる。

「私たちを始めとした猿系進化種、人間種サピエンテクスが圧倒的に多いのはなぜでしょうか? それは手を使え、直立することで脳を発達させられたからです。それに必要な条件は猿が樹上生活者だったからに他ありません」

「あ、そうか!」

「アゼルナン原種も変わっていきます。樹上での狩猟はさらに困難を極め、彼らはやむなく果実や木の葉も口にするようになっていきました。邪魔になりつつある長い口吻マズルは徐々に短くなっていき、枝から枝へと跳びまわるのに便利なように進化したのです」


 投影パネルのアゼルナン原種はマズルが短縮し、逆に四肢は枝を掴めるように変化していく。そのまま進化すればそれは猿になるのではないかと思うほどに。


「顕性遺伝が環境の変化で潜性遺伝になりました」

 生物考古学としては実に興味深い変化である。

「そのままであれば、どちらかといえば人間種サピエンテクスに近い種に進化した可能性もあります。ところが更に環境が変化してしまったのです。彼らの住む海洋性樹林が大陸棚に到達しました。今度は隆起していきます」

「おお、新しい世界が広がった」

「ええ、原種たちの前に現れたのは広大な大陸の草原。そこには餌が大量にあります。彼らは獣性を取り戻していったのです」


 喜び勇んで草原へと繰りだす狼のアニメーション。が、形態は変化したままである。


「無論そこには大型肉食獣のライバルたちが存在しました。ところが狼たちはこれまでの牙だけではない、違う武器を持っていたのです」

 直立する狼たち。

「道具が使えるんだね、先生?」

「その通りです、メグさん。マズルは短くなったとはいえ、強靭な顎は残っています。そのうえに道具を扱える前脚が進化した手。木材や石を加工して道具とする大きな脳まで持つに至ったのです。彼らはライバルたちを駆逐して生息域を広げていきました」

「樹の上から降りたことで身体も大きくできるね?」

 気付いたメイリーを手を叩いて褒める。

「こうして肉食に近い雑食性の人類へと進化していきました。アゼルナンの原型の誕生です」


 表示パネルには、いささか前かがみで石器を扱うアゼルナン。それが徐々に背筋を伸ばし、身長も高くなって現在のアゼルナンになっていく。


「厳しい環境がアゼルナンを強くしていったんだね」

 デードリッテも頷く。

「ええ。そして周期的に災害の多い惑星ほしに生きる彼らは急速に文明も発展させていきます。克服に必要な知能と強靭な身体能力を兼ねそなえてからは順調だったようです。空を支配し、そして宇宙へとその生活圏を広げていきます」

「すぐ横にハルゼトもあったわけだ」

「そうです。火山活動の活発なアゼルナは舞いあがる粉塵で寒冷な地域が大半を占めています。ところが外軌道にあるはずのハルゼトは小惑星衝突以降、マントル対流が緩慢だった所為もあって急速に冷え固まりました。地上は陽光が強くなって温暖化し、植物の楽園へと変わっていたのです」


 地上に進出する生物もほとんどいない状態でアゼルナンは楽々と移民をしていったのだった。


「そして星間宇宙歴1276年、いまから百五十年ほど前に惑星アゼルナおよびハルゼトは我らが銀河圏へと加盟を果たしました。これで今日の講義は終わりです」

 彼女は微笑んで一礼した。

「面白かった!」

「勉強になったよー!」


 拍手は長く尾を引く。それも収まって受講者が相互に私語を交わす中、新たな拍手が響きわたる。


「お見事な講義でした」

「司令官!?」

 そこには一度挨拶しただけの美形の白皙。


 デードリッテは、金髪金眼の驚くほど若い司令官の視線を一身に浴びていた。

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