ゼムナ戦記  狼の戦場

八波草三郎

プロローグ

銀河の至宝

 惑星ハルゼトの国際ポートに星間管理局の公船が着底して三十分、彼らが待ち受けていた人物がオートタラップの上段に姿を現した。


 亜麻色の髪は毛先を軽くカールさせてある。背中までのさらさらの髪が光沢を帯びた様子は、彼女が年齢なりのおしゃれにも興味があるという証拠だろう。

 それは衣装にも表れている。オレンジのシリコンラバースーツ、ゴート産品である「スキンスーツ」の技術も導入したフィットスキンという宇宙服に身を包み、その上にレモンイエローのライトブルゾンを羽織っている。ボトムはショートパンツを上に重ね履きして特色を出していた。


 十八歳の女性に洒落っけは当然なのに、そこに着目したのは彼女が「銀河の至宝」と名高い理系女子博士だからである。

 その彼女、デードリッテ・ホールデン博士は、弱冠十八歳にして三つもの博士号を取得していた。それも、機械工学、薬学、生物考古学と全く違う分野での取得である。その快挙がホールデン博士を銀河の至宝とまで呼ばせていた。


「きっちり押さえとけよ。途中で容量切れとかヘマすんな」

「ういっす。準備万端っすよ」


 二人はホールデン博士の到着を取材しているジャーナリストである。後輩のロイクにウェアラブルカメラを超高画質モードで回させつつ、先輩の彼が歓迎する周囲の人々の反応にまで目を走らせて状況をメモに収めているのだ。あとで記事にするには必要な情報の数々を目に焼き付けるとともにタイプしていく。


「しっかし、こんな女の子がよくもまあ戦地に行く気になったもんすね。思いませんか、先輩?」

 素人目といえるが、当然の疑問でもあろう。

「取材日程わかってるんだから勉強しとけよ」

「勘弁してくださいよ。俺、編集長から聞いたの一昨日っす」

「違うだろ? こんな話題性のあるネタ、放っとくわけないんだから押さえとけつってんの」

 ロイクもまだまだだと思う。

「ホールデン博士はアームドスキン開発に相当熱心だったんだとさ。それが実戦投入されるとなりゃ実際に戦闘する様を見たくもなるもんなんだろ」

「そっすか。でも、普通あの時分の女子なんて泥臭い現場は避けそうなもんすけどね。映像解析で十分データになるんすから」

「分かってねえな。彼女はがちがちの現物主義なんだよ」


 それは博士の経歴からも類推できる性質である。その辺りも勉強が足りないと思ってしまう。


「だとしてもっすよ、銀河の至宝とまで言われる博士をよく現場に送りますよね? 戦場なんすよ? 俺だって編集長に言われて尻込みしたのに」

 半分逃げ腰だったのは彼も知っている。

「学会の重鎮たちが万一の事態を危ぶむって言いたいのか?」

「当然じゃないすか?」

「いいや、連中なら喜んで送りだすね」

 ロイクは訳わからないという顔をする。

「あんな若くて見栄えする理系女子博士がここまで順風満帆だったと思うなら常識が足りないぞ」

「えー、順調そのものじゃないすか」

「ばーか。逆風ビュンビュンの中を来たんだ。彼女は本物の中の本物だぞ」


 どうやら初歩の初歩から説明してやらねばならないらしい。ホールデン博士が歓迎の人ごみの中に消えるのを見計らって彼は本腰を入れる。


「学会のお偉方があんなふうに天才博士の誕生を歓迎したと思うか? だとしたら、とんだ考え違いだ」

 彼は人ごみを指で示す。

「煙たいこと、このうえないに決まってる」

「そっすかねー? だって人類の発展に寄与してくれるんすよ。もしかしたら博士の開発した薬で何百万何千万っていう人の命が助かるとしてもっすか?」

「そんなんはどうでもいいんだよ、あの方々は」

 口元にはシニカルな笑いが浮かんでいることだろう。

「想像してみろ。若い愛人に寝物語に言われるんだぞ。『学会の権威って呼ばれてる先生は、どうしてホールデン博士の発見したことが分からなかったの?』ってな」

「うぇ」

「学者先生方は少々の金や女じゃなかなか動きゃしない。でもな、自分の権威が侵されるってときは途端に反応する。過敏なくらいにな」


 相手が自分の娘より若いような小娘では我慢ならない人種が学者連中なのである。だから徹底的に潰しに行くと説明してやった。


「発見や発明の否定から始まるのは当たり前。データ捏造疑惑をでっちあげたり、果てはプライベートな問題まで持ちだして何とかしようとする」

 事例を数えあげる。

「その片棒担がされるのが俺らマスコミのジャーナリストだ」

「ええっ、俺らっすか?」

「お前、自分の記事の裏付けするのに識者の意見を聞きに行くだろ?」

 一般的な手法であり、ロイクも頷く。

「どこの教授から裏付けに向いた発言を引きだせるか全部わかるか?」

「そりゃ無理っす」

「だったらどうする? その道の権威のとこに土産を持っていって誰が向いてるかお伺いを立てるのが常識。俺らマスコミと学者先生方はずぶずぶの関係なんだよ」

 ようやく得心のいった表情になってくる。

「そのお偉方から、どんな理由でもいいから小娘ひとり潰せって言われたら断れないのが現実。そうしなきゃ今後の取材に支障をきたす」

「なんか最悪って感じっす」

「目を背けたって事実なんだよ」


 実際に彼はホールデン博士のデータ捏造疑惑を記事にしたこともある。どこからどう見てもでっちあげだったが、誰もが興味を惹かれるように仕上げてあった。しかし、その疑惑もすぐに下火になってしまったと教える。


「なんでっすか?」

「ものの見事に看破されたんだよ。お前だって博士の実験動画見たことあるんじゃないか?」

「あー、あるっす」

 わりと有名な人気動画でもある。

「あれが博士の手なんだ。疑惑が湧いても全く反論なんかしない。その裏で追及できなくなるような実験動画を作ってポンと出しちまう。それでお終い」

「ですよね。俺でも解るような内容だったっす」

「それにあの見た目だ。誰もが簡単に見られるとこに置いてあれば見ちまう」

 容姿は可憐のひと言。


 薬学の実験なんかであれば何日も掛かる。その過程の動画では十八歳の女子が起き抜けのパジャマ姿で現れるのだ。データ表示を見せながら寝ぼけ眼で数値を読み上げる途中で噛んで、照れくさそうにしているところなんて見せられたらそれが捏造だなんて絶対に思えない。


「どうやっても潰せないままにあれよあれよと今の地位に辿りついた。もう、お偉方には手を出せない」

 最近は彼女関連でマスコミにも圧力は掛からない。

「じゃあ、どうするかって話だ」

「まさか……」

「お偉い先生方は思ってるのさ。まかり間違って戦場で死んでくれないかってな」


 彼女の希望とは別に、ホールデン博士がここにいるのにはそんな理由もあるのだった。

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