第92話 ※予期せぬ遭遇。予期せぬ脱出

「……あら。意外ね」


 セントラルビル四階。思ったよりも早く釣果が出たジョアンナは一度銃を撃つのをやめる。


 廊下の角に蹲って息を潜め、五感を研ぎ澄ませてひたすら待つ。


 遅れてセントラルビルに来たジョアンナが注目したのはビームの柵そのものではなく、ビームの柵を壊すか、壊そうとしたときにブザーが鳴るというシステムの方だった。


 おそらくあのシステムは壊したら壊したでデメリットがあると周知する以外にもう一つ役割がある。

 これを管理している人間は『この装置を大事にしている』という意思表示だ。


 無論、犯罪者のように大胆に壊して中に入ったジョアンナにはほぼ通じないが、まともな神経をした者は誰かが大事にしている物をわざわざ破壊したりしない。


 文明的な場所でなら有効な手だ。だが形振り構わないジョアンナにとっては逆に利用できる餌でしかない。


 ジョアンナはわざと時間をかけて念入りに、ビーム柵の装置を潰して回っていた。今すぐ五香のところへと飛んでいきたいのは山々だが、それではチーム分けをした意味がない。


 マリーシャという単独行動をする浮きゴマを確実に狩る森精種エルフがいるのは不安だが、対策はとっくに取れているので以前程脅威ではない。油断をしなければ問題にならないはずだ。


(さて。一体誰が来るかしら。ひとまず拘束してからこのビルの無人の謎を訊いてしまわないと……)

「びえええええええええええええええんっ!」

「……んん?」


 最初に反応があったのは聴覚だった。だから身を潜めていたのだが、様子がおかしい。

 ジョアンナの破壊痕にやってきたのはおそらく女性。その女性は、四階に辿り着くなり大声で喚き始めた。


 おそらく泣き声だとは思うのだが。


「何なんだよぉ! 何なんだよもうーーー! 私の傑作群にこんなっ……こんなことぉ! もう結構古いから手に入らない部品も多くて全部修理すんのは無理なんだぞぉーーー! 勘弁してくれ的なぁーーー!」

「……ええと」


 これだけ大声だと位置の補足に事欠かない。

 だが正確に致命傷を避けて制圧するためには視覚に入れる必要がある。一応、ジョアンナは声のする方へと歩き出した。これだけ取り乱しているのなら大丈夫だろう。おそらくバレない。


「がぁぁぁぁぁぁぁ! やっぱり無理だぁーーー! あり合わせの物でそれっぽい物になるよう改造しないと……ああ、汚い! 無理ー! 気持ち悪いーーー!」

「……!?」


 視界に入る位置まで移動したジョアンナが見た物は、目を疑うような物だった。


 自分の仕事に不満をたらたら漏らしながら、ジョアンナの破壊したビームの柵を直したの光景。

 その後、その誰かはビーム柵の電源を落とした後でまたすべてを高速で分解し、組み立てなおす。


 二本の手で工具を扱い、慣性や重力でミリ単位の歯車や水晶体、ネジを思った通りの場所に弾き飛ばし、ハメて締めて閉じていく。


「ぐうっ……酷い。あんまりだ。コクリカが何したって言うの……? クレア様はここ放棄しろとか言うし……厄年的な? それにしたってやり過ぎ……ぐすんぐすん」

「コクリカ?」

「んにゃっ!?」


 無防備すぎる背中がビクリと震え、声を出したジョアンナへと振り返る。


 鍛工種ドワーフの見た目上の特徴として、小さい体躯ともう一つ上げられるものがある。

 右目と左目で視力と可視光が違うため必然的に発現するオッドアイだ。


 目の前の女は、黒髪のウェーブがかかったミドルヘア。ジョアンナの胸程度までしかない身長。パンク要素が入ったゴスロリ服に身長不相応に大きな胸を詰め込み、その上に白衣を着ていた。

 そして幼い顔立ちに、右目が赤で左目が緑のオッドアイ。


 事前にネットで調べた顔とほぼ一致する。間違いなくコクリカ・スカイアーチだった。

 ジョアンナの活躍を見ていたのか、彼女のことを認識するなりみるみる顔色を青くし、涙目で喋り始める。


「ひ、ひいっ!? 何!? 何の用!? コクリカ、悪いことは全然してない的な! 今まで殺して来たのも犯罪者だけだし!」

「……喋りかけるんじゃなかったわ。ひとまず犯罪者ゴミクズってことは確かみたいだし。助かるけどね、手荒なマネができて」

「う、うきゃあああああああああああっ!?」


 目標を見つけたジョアンナは銃を構え、怯えるコクリカを狩りにかかる。


◆◆◆


「……ん?」


 ドクターはふと、自分が真っ暗な空間にいることに気付いた。そこは狭く、埃臭く、座ることすらやっとな程度しか猶予がない。


「あれ? 何でウチ、こんなところに?」


 ふと、光源がまったくないわけではないことに気付く。上の方に横に入ったスリット状の覗き穴のようなものがあり、そこから誰かが覗いてきているようだ。


 よく観察すると、ドクターのいる空間は箱だった。出口は外から固定されているらしく、中から開ける手段はなさそうだ。


 そして。


(……この臭い……ピストルちゃん程鼻が利くわけじゃないけど……!)


 三丁目と、その直前までいた表の世界とでは空気が違う。そのことに気付いたのは、ドクターがだった。


(ここはまさか……!)


 知らぬ間に気絶させられて誘拐されたのか、とも考えたが違ったらしい。ドクターの意識はずっと続いていた。続いていないのはドクターの移動経路だ。


 あの樹海からの脱出のときのように、ドクターは転送させられてしまっていた。しかも今度は自由を完全に奪われた形で。


 ドクターの三丁目での冒険は、一足先に、それも唐突な形で終わってしまった。

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