第49話 ※瞬間の閃き

 多少時間は巻き戻る。紅染向日葵と、ドクターとの戦いの最終局面。それを見守っていたメルトアと、ツナギの女を背負う五香の視点まで。


(何で……こんな簡単なことに今まで気付かなかったんだァ?)


 五香は自分が不可能を可能にできる類の人間だとは思っていない。


 明智家という特殊な名家にて育った彼女は現実に、しかも身近に奇跡を体現する人間が割といるので『無理』や『無駄』という言葉がいかに空虚かを知っている。


 だが自分自身が凄い人間だとは感じないし、彼ら彼女らに比べれば才能など微々たる物だと思っていた。


 しかし、それは思考を止める理由にはならない。

 辛くても苦しくても、優しい人や好きな人が『任せろ』とか『助けてやる』とか頼もしいことをいくら言っても、最後には自分で納得の行く答えを出したい。


 目の前で死線を超えようとしている二人を見た五香は震えていた。

 ドクターは血を撒き散らしながら戦い、ジョアンナは一人で夜の町に強敵を引きずり込んで行った。


 怖い。もしも今度こそドクターが再起不能になったら。もしジョアンナが帰って来なかったら。そう思うと震えるほどの恐怖に苛まれる。

 だがそれ以上に、自分自身が情けない。


 単純な事実にたった今、この局面で気付いたからだ。ちょっとした閃きだが、状況を一変させかねない重要な真実の一欠片ひとかけら

 それを五香はたまたま見つけてしまった。


(……気付くのが遅れたのは……私の怠慢だ。この二人なら何とかできるんじゃないかと思ったんだ。仮にできるのだとしても無事では済まないと、私はわかっていたはずだったのによォ……!)


 空に映し出された賭けの倍率を改めて見る。

 映っている、ということはそこに雲がかかっているということだ。もしかしたら雨でも降ってくるかもしれない。


 降られると今は困るが、もっと重要なことが周囲にいくらでもある。


(状況を全部脳味噌にブチ込め! 過去起こったことのすべてを振り返れ! 私には私にしかできない戦い方があんだろォ!)


 脳をかつてない速度でフル回転させ、情報の洪水を頭蓋骨の内側に起こす。

 そうした情報を精査。濾過して濾過して、一滴だけ絞り出せた推論を傍のメルトアに告げる。


「メル公。あと五秒でが私たちを襲う。耳済ませとけェ」

「え?」

「四……三……二……一……」


 五香の言ったことが唐突すぎてメルトアにはほぼ理解できなかったが、それでも警告されれば多少は気にかける。

 混竜種ドラゴニュートの王女にとっては、その程度の警戒心で十分だった。


 五香に伸ばされた透明な手を、寸前でメルトアは掴み上げる。


「今日の偵察、私が妙な力で右手を引っ張られたんだってことは話したよなァ。結局正体はよくわからなかったけど、来るタイミングだけはハッキリわかってたぜェ」


 ヒントは賭けの内容だ。

 いつまで逃げられるかを、スパンによって区切って賭けの目にしている。

 一分以内、五分以内、十分以内、二十九分五十九秒以内、そして最長三十分以降。


「一分はとっくに過ぎてた。なら次に何かがあるとしたら五分だろォ。こういう区切りをするゲームなら、スパンごとに私たちに対するプレッシャーを強くしていくのがセオリーだろうからなァ」

「これは……透明人間……いや」


 メルトアはわからないなりに、手探りでそれの形を探り当て、体勢を崩し地面に押し付けた。

 ギチ、と締め上げられる音がする。メルトアの拘束から逃げることはほぼ不可能だろう。活動できそうな気配がない。


 あっと言う間に完全制圧してしまった。


「透明人形だな。手応えが動物っぽくない」

「……まだだな」


 まだ思考が足りない。もっと詰めなければならない。

 何故ならこのゲームは、決して無理難題ではないからだ。


(クソッ! 何で今の今まで考え付かなかったんだァ!? こんな単純なことに!)


 そろそろドクターと紅染向日葵の戦いも決着を迎えそうだ。

 見えざる新手は今、メルトアが拘束している。


 ジョアンナの元へと急行して、自分自身のアイディアを知らせるなら今しかない。


「メル公。時間が無いから、そいつを拘束したままよく聞け」

「ム?」

「お前の――」


 そうして最低限の予定を伝えてから五香はその場にツナギの女を寝かせ、ジョアンナの元へと走り去って行った。


「あ! 五香お姉、待て! ドクター、五香お姉が……! ドクター!」


 時間が無い。ジョアンナへ向かう道中、他に脅威はあるかもしれないが、それでも走らなければならない。


(ジョーや裏っちに甘えたツケくらいは払わねーとなァ!)


◆◆◆


 ガバリ、とジョアンナは離脱の勢いのまま五香に抱き着いた。

 腕にかき抱いた姿勢で、片手に銃を構えてパンプキンに向き直っている。


 当のパンプキンは呆然自失の状態で、ジョアンナを、というより五香の顔を見てブツブツと何かを呟いていた。


「……スノウジャンパーがしくじったのか……!? 紅染向日葵は……!」

「隙だらけね。だからと言って撃ってもあまりダメージはないだろうけど」

「ジョー……!」


 酷い有様だった。マントの内側の服装は二目と見られない。

 シャツは破けて素肌が露出し、ブラジャーもはぎ取られていた。下半身まで目線を移して、五香は小さく悲鳴を漏らす。

 血が出ていた。量は少ないが、場所が問題だ。それを見たジョアンナは、まるで掠り傷とでも言うように五香に笑いかける。


「ん。ああ……ちょっと脱出するときにだけよ。元からヘタクソすぎて真剣マジで痛かったけど」

「ジョー……! ジョー、私……!」

「よく来てくれたわね五香。助かったわ」


 笑顔を浮かべてそう言い切った。バカ野郎、と叫びたくなる。


(全然助かってねーだろォ……! 何でお前の方が私を慰めるようなこと言ってんだ!)


 叫びたい。泣いて、抱き着きたい。遅れてごめんと赦しを乞いたい。

 だが時間がそれを許さない。時間はもう、五分を切っていたからだ。

 ぐ、と下唇を噛んでから、必要な情報をジョアンナに渡す。


「ジョー。よく聞いてくれよォ。私たち、この状況を切り抜けられるかもしれない」

「……聞かせて。今度は何に気付いたの?」


 傷だらけのジョアンナは、普段の様子で問いかける。

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