第16話 ※美少女の目覚ましをご所望か?
「朝――! 起――! 五――!」
「……ふが?」
夢の中にいた五香に、現実から声をかける誰かがいる。
メルトアか?
気付いたときには、総毛立って目が覚めていた。
「朝だぞ! 起きろ五香ーーー!」
その声が空中から聞こえていたからだ。
しかも自分のほぼ真上。
つまりは、メルトアによるフライングプレスだ。
「いぎゃあああああああああっっっ!?」
即回避行動を取る。
ベッドの上で転がり、毛布を巻き込んで淵から転落。
すんでのところで回避が間に合い、ドスンと音を立ててベッドが大きく歪む。
ひしゃげた、と表現してもいいくらい大きく跳ねていたが、それでも壊れないあたり、かなりベッドの出来は良いようだ。
「おお。流石だな五香! 完全に寝ていたというのに、まさか回避できるとは」
「ばっ……ばばば……バカ野郎! 自分の体格を考えてから行動しやがれェ! 殺す気かァ!?」
ガタガタと震えながら、身体に絡まった毛布をはぎ取りつつ五香は立ち上がる。
もし回避行動が間に合わなかったら、ひしゃげていたのは五香の胴体の方だった。本当によく気付けたものだと自分を誉めそやしたい気分だ。
「流石に余も着地するときに体勢を変える程度のことはするとも。クリーンヒットするような位置にお前がいたとしたなら、余の方から回避行動を取っていただろうな。余には容易いことだ!」
「何か昨日よりすげー元気だなァ……」
よく眠れたのだろうか。
……よく眠れたのだろう。おそらく最初の一日目と二日目は、五香と同じく一人だったはずだ。
そんな状況で六歳の幼児が、ベッドもなしに質のいい睡眠を取れるはずがない。
結果として、メルトアは現在とてもハイになっていた。
「……しまった。ドアに鍵かけんの忘れて寝たのかァ……全員帰った後でそのまんま寝る支度したから……」
「みんな疲れていたのだろうな。後はジョアンナの部屋も開いていたぞ」
「ジョーも?」
それを聞いた五香は、悪い笑顔を浮かべた。
「……よし。せっかくだァ。ジョーにも同じく寝起きドッキリして来い。安全に配慮してなァ」
「わかった!」
「……あと私のことは次から
「わかっ……え? お姉? まあよいが」
メルトアは首を傾げたものの、五香の言う通り素直に部屋を退出していく。
自分だけが恐怖したという損な体験で朝を迎えるのは避けたい。できればジョアンナにも同じ体験をしてもらって溜飲を下げよう。
そういう浅はかな意図の元の指示だったのだが。
「きゃああああああああああああっっっ!?」
悲鳴。そして銃声が三発。
Bang! Bang! Bang!
「うわああああああああああ!? メルトアーーーッ!」
また余計な恐怖体験を追加で味わっただけだった。
すぐにジョアンナの部屋に急行する。
◆◆◆
「信っっっじらんない! よ、よりによって私の寝込みを襲う指示をするなんて! 最低よ! 本当に怖かったわ!」
「はい……反省しております……申し訳ありませんでした……」
「相手がメルトア様だったから良かったものを……いや仲間に銃を向けてしまった時点で全然良くないのだけど! もしあなたが直で寝込みを襲ってきたなら、あなたに誤射してたわよ!? わかる!?」
「はい……ジョーに殺されるなら本望です……」
「わかってないわね!? 全然!」
ドクターが朝起きたときに目にしたのは、共用スペースで正座させられた五香を本気で叱るジョアンナだった。
ご丁寧に、ジョアンナと五香がいるスペースだけ散らかった資料が端によっている。
メルトアは何故かその様子を所在なさげに、オロオロと見つめていた。
「……どうしたの? 朝っぱらから」
「色々あったのよ! 誰も怪我なくて良かったわ!」
「うん……メル公にも本当に悪いことしたよォ……ごめんなァ……」
「い、いや。別に良いのだ。どうせジョアンナの攻撃は余には効かないし……メル公?」
どうあれ、朝になり四人揃ったので昨日の会議の続きができる環境が整った。
説教もそこそこに、五香は足の痺れを無視して立ち上がる。
「さてと。どこまで話したっけなァ。ああ、そうだ。よくよく考えたらターゲットに関する情報を周知すらしてなかったなァ。そっちからにすっかァ」
とん、とん、と床の資料を飛び越え、目当ての書類一枚を手に取る。
そこには一枚の写真があり、とある
「クレア・ベルゼオール。五十八歳。種族は
「邪鬼種なのね。いくら撃っても殺す可能性がないっていうのは気楽でいいわ。でも……」
ジョアンナは溜息を吐く。
そして、心底困ったように眉を動かした。
「思ったより遥かに大物ね。そいつ、むかしアメリカで大暴れしてたヤツでしょう? 確か三年くらい前にニューヨークで、そいつの仲間が自爆して大規模なビル火災を起こして……」
「そう、それそれ。より正確にはテロリストを主な顧客にした武器商人なんだけどなァ。まずその事件が起こった理由も『新商品のデモンストレーション』っていう筋金入りだしよォ」
そのデモンストレーションに使われたのは、どこにでも携帯できる焼夷弾が売りの、個人で持ち運べて起爆できる新しいタイプの爆弾だった。
この事件以降、商品は大ヒット。すぐに世界中で対策が打たれたものの、それまでに多くの建物がテロ被害の犠牲となった。
「嘘でしょう。そいつ、今日本にいるの……? しかもそいつをここまで連れてくるのがミッション。難易度がイヤに高すぎるわね」
「どっこい。それでもコイツがいる場所は一応限定はできてる」
「それは?」
「……歌舞伎町三丁目」
ただでさえ苦々しかったジョアンナの顔が、更なる渋面になった。
「……何か簡単だなぁ? この資料にはそんなに沢山の情報が書かれてたの?」
事のややこしさがわからないドクターの無邪気な言葉に、五香は肩を竦める。
「いや。実のところ資料の九割はほぼ同じことしか書かれてない。内容を要約しよう。まず第一にクレア・ベルゼオールは歌舞伎町三丁目という場所にいるという確かな筋の証言。
第二に、こっちの方が重要だなァ。東京二十三区のどこにも歌舞伎町三丁目は存在しないという事実確認。地下への隠しルートがあってその向こうに非合法な空間が、とかそういうことも一切ない。
「え? ちょっと待って。歌舞伎町って三丁目がないの?」
「でも行く方法はわかる」
ニヤリ、と五香は笑った。
確信のある者の笑みだった。
何故だろう。こういうときの五香は、この四人の中の誰よりも頼もしい。
ジョアンナはこういう五香を見るとき、背中にゾクゾクと高揚感が這い回るのを感じる。
嫌いな感覚ではない。むしろ、もう少し見ていたい気分だった。
「教えて五香。私たちはどこに行けばいいの?」
「……そうだなァ。ひとまず買い物かなァ」
「おお。やっと外出だな!」
メルトアが明るく言うと、五香は目を細める。
「ああ。全員で行こうぜェ。まずは食糧。最優先の買い物は……情報だァ」
四人での行動初日。
やることは決まった。
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