8-5
「今日はとことん飲むからな」
「……ほどほどでお願いします」
首に回された鈴木先輩の腕を引き剥がしながら、無駄と知りつつそう言っておく。
仕事が終わった金曜日の夜、俺は会社の先輩たちと一緒にいた。
給料日を迎えた週末ということで、久しぶりに大人数で飲み会をすることになったのだ。
「しっかし、いつぶりだ? 桜葉と飲むのは」
自分でも覚えていないので、答えようがない。
比較的よく話す鈴木先輩だけではなく、今日は他の先輩たちもいる。
一回りどころか二回りは余裕で歳の離れた人ばかりだ。
以前なら、こういう飲み会に参加はしないようにしていたし、先輩たちも積極的に誘ってくることはなかった。
俺の事情については話さず、社長がなにかしら言ってくれたのだと思う。
だがそれも今は必要ない。
最近は弁当ではなく、昼も先輩たちと外で食べることが増えていた。
その流れで話す機会も増え、こうして給料日のあとに連れ出されたというわけだ。
「社長と飲むのも久しぶりですよねぇ。奥さん、よく許してくれましたね」
相手が誰であろうと気楽に話しかけられる鈴木先輩は、ある意味尊敬できる。
私生活やお金の使い方については、見ないことにしておく。
「桜葉君のおかげかな。彼も一緒だと話したら、許してもらえたよ」
「俺は別に……でも、こうして飲むのは初めて、ですね」
「楽しみだねぇ」
入社して四年目。社長宅に招かれて晩酌に付き合ったことは何度かあるが、外で一緒に飲むのは初めてになる。
社長の酒癖は悪くないとわかっているので、その点は安心できた。
問題があるとすればそれは……。
「ここだよ。可愛い子が店長やってる店」
大人数で連れ立ってやって来たのは、会社から電車に乗って数駅先の、とある居酒屋だった。
店の看板を得意げに指で差しているのが、ここを選んだ高橋先輩だ。
話を聞いた時はまさかと思ってスルーした。
が、この駅で降りたところで、薄々そんな気はしていた。
嫌な予感というより、もはやなにか仕組まれているのではないかと思う。
「いらっしゃいませ。何名様で……あら」
「…………」
出迎えてくれた噂の店長と合った目を、そっとそらす。
「今日は大人数ね」
知らないフリをして欲しかったが、俺の意図は通じなかったようだ。
「予約してた……って、なんだ、知り合いか、桜葉」
「……高校の、同級生で」
「桜葉君の先輩たち、かな? 初めまして、店長の三鐘と申します」
父親と大差ない大人たちを相手に、灯々希は最高と言って差し支えのない笑顔を向けて自己紹介をする。
高橋先輩が見つけたという、可愛い子が店長をやっている店とは、灯々希の店だった。
できれば灯々希との関係は知られずに、ただの客として乗り切りたかったのだが……。
「おいおいおいおい桜葉、どういうことだ? んん?」
「痛い、痛いです鈴木先輩……」
先ほどよりもがっつりと首に回された腕は、簡単には引き剥がせそうにない。
そして俺にちょっかいをかけてくるのは、他の先輩たちもだ。
脇腹や背中を軽く小突かれ、説明を求められる。
それを止めてくれたのは、唯一冷静な大人でいてくれた社長だ。
解放された俺の肩に手を乗せ、灯々希のほうを見る。
「店先で騒がしくして済まないね」
「大丈夫ですよ。でも、少し驚きました。桜葉君がそんな風になっているのは、初めて見るので」
そう言って小さく笑い、俺を見る。
「楽しい職場みたいね」
「……まぁ、そうかもな」
苦笑いでそう答える俺を、社長が嬉しそうに眺めてくる。
社長は当然、俺がどんな高校生活を送っていたのかも、ある程度把握している。
だからこその表情だ。
「同級生ということだが……二人は友人、でもあるのかな?」
「はい。卒業以来疎遠にはなっていましたが、偶然こうして縁があって。お店にも何度か、来てくれているんです」
「そうか……そうかぁ」
肩に置いていた手で、社長が背中を叩いてくる。
痛くはないが、こそばゆい。
「私が言うのもおかしな話だが、これからも彼を頼むよ、店長さん」
「えーっと、はい」
社長の言葉に笑顔で答えた灯々希と、一瞬目が合う。
言葉にこそしていないが、良かったねと言われたような気がした。
「では、中へどうぞ。お席へご案内します」
思っていたよりも被害や心労は少ないまま、どうにか乗り切ることができたと安堵する。
そんなものは一時にすぎないと、薄々わかっていながら。
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