7-2

「音羽ちゃんも自撮りとかするんだ」

 画面に表示されているのは、三人の女子高生が大きく写っているものだった。

 真ん中にいるのが、音羽ちゃんだ。

「一人ではしませんけど、友達となら、まぁ」

 あまり乗り気で撮っているわけではなさそうだ。

 それにしても違和感のある写真だ。加工したものだろうか?

「迂闊なこと言わないでくださいね。うっかりあの動画、上郷先輩に送ってしまうかもしれませんので」

 どうやら顔に出ていたらしく、音羽ちゃんに脅される。

 いつものように笑顔で言われるのも怖いが、怠そうな表情で言われるのもそれはそれで怖い。

「この友達と、なにかあったの?」

「面倒を持ち込んだ張本人、と言っても差し支えはない感じです」

「なるほど、この子たちのせいか……」

 自分が巻き込まれる面倒の原因だと思うと、複雑な気持ちになる。

「これ、二日前のものなんです。旅行の前から遊ぶ約束をしていて」

「楽しそうに見えるけど、このあとでケンカでもした?」

「いえ、そういうわけではないです。ただ、予定と違うことがあって。それがまぁ、原因ですね」

 思い出すだけでも面倒だと言わんばかりに、だらっとテーブルに伸びながらため息をつく。

 ここまで怠そうな音羽ちゃんは、初めて見るな。

 いつもどこか余裕をもっていて、隙あらば俺をからかおうとしている普段のイメージとは程遠い。

「この日、予定ではここにいる二人と遊ぶ予定だったんです。でもいざ行ってみると、男子も三人ほどいて」

「あぁ、合コン?」

「違います。少なくとも、私はそんなつもりありませんでしたし、知っていたら行きません」

「言い方が悪かったな。でもさ、高校生なら男子と女子で遊ぶのは、そう変なことでもないんじゃないか?」

「桜葉さんはどうだったんです?」

「……言わなくてもわかるでしょ」

「ですよね」

 そんなにあっさり頷くなら、訊かないで欲しかった。

「すみません。口直しに少し意地悪を言ってしまいました」

「……いいけどね、慣れてるし」

 本当にいつもの余裕がないと言うか、本気で悩んでいることは伝わってくる。

「で、その男子っていうのは、別の学校とか?」

「いえ、同じ高校で、二人はクラスも一緒です。ただ一人だけ、隣のクラスの男子もいました」

 隣のクラスの男子、という部分で、音羽ちゃんは若干目を細めた。

 どうやら、問題の核心とも言うべきポイントが見えてきた気がする。

「同じクラスの男子とは一応、面識はあったんです。友達と仲が良いのは知っていましたし。でも……」

「三人目の男子が、嫌いだった?」

「話したこともなければ、名前すら知らない男子を嫌う理由はさすがにないです。好ましく思う理由も当然ありませんが」

 間違いない。その三人目の男子が問題の中心だ。

「変だと思ってはいたんです。最初に行ったカフェでは隣に座るよう仕向けてくるし、やたらと話しかけてきたりして」

 その時の感情が蘇ってくるのか、音羽ちゃんは渋い顔になる。

 嫌悪とまでは言わないが、好意とは程遠い感情が見えてしまう。

「おまけに皐月と佳苗も……あぁ、友達のことですけど……二人してなにかと私をその男子と話すように仕向けてくるし……はぁ」

 そんな状態が、数時間続いたらしい。

「……わかりますよね? つまりはまぁ、そういうことで」

「別れ際に告白されてしまった、と」

「よく知りもしない男子に……はぁ」

 盛大なため息に苦笑しつつ、昨日も似たような話を聞いたと思い出す。

 翔太といい音羽ちゃんといい、実に青春を謳歌しているようだ。

「笑いごとでではないのですが?」

「あ、あぁ、ごめん。うん、わかってるよ」

 テーブルに顎を乗せたまま目を吊り上げる音羽ちゃんを宥める。

「とりあえず、少しの間でも仲良くしてみたらどうだ? よく知らないからって邪険にしないでさ」

 取り付く島もない態度はさすがにどうかと思って、アドバイスをしてみる。

「興味が抱ける気がかけらほどもしないのに、ですか? 時間の無駄です、そんなの」

 が、思っていた以上に可能性は断ち切られているようだ。

 なんだか少し、その男子が可哀そうに思えてくる。

「いきなり告白してくるあたりで、まず持ち点がありません。論外です」

「…………だよね、うん」

 今の言葉は、遠回しに俺の心に突き刺さった。

 少し前、同じようにいきなり告白して玉砕したと知ったら、音羽ちゃんはなんと言うだろうか……。

 どういう反応をされてもダメージを受けそうなので、絶対に言わないが。

「えっと、その告白にはなんて答えたの?」

「もちろん断りました。でも、諦めてくれる感じでもなくて」

 またため息をつき、音羽ちゃんはスマホの画面を眺める。

「せめて連絡先を、という話になって……」

「断らなかったんだ」

「友達の紹介みたいな状況で、仕方なく」

「まぁ、なかなか断れないかもね」

 それでも音羽ちゃんなら断りそうなイメージを抱いてしまうが、友達との関係を壊したくはないのかもしれない。

「この二日間、様子を窺うように連絡してくるので、一応返事はしているのですが……微塵もポジティブな気分になれないので、ストレスがこう……うぐぐぐっ」

 いっそスマホを壁に投げつけてやりたくなると、その握りしめた拳が物語っていた。

 どうやら音羽ちゃんにとって、本人が思っていた以上にストレスを感じることだったようだ。

「なので、もう終わりにしようと思い立ったわけです」

 たった二日でそう思われる男子に、若干だが憐れみを覚える。

 が、そんなのは正直どうでもいい。

 問題は、そこに俺がどう巻き込まれるのか、だ。

 いやもう、ほぼほぼわかってしまっているのだが……。

 起き上がった音羽ちゃんは、薄っすらと笑みを浮かべて頷く。

 感情のない瞳で、それが正解だと言いたげに。

「実は年上のカレシがいるということにすれば、解決でしょう」

 そしてその相手として白羽の矢が立ったのが、俺というわけか……。

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