　シラス・矢（や）吹（ぶき）は某（ぼう）動（どう）画（が）の配信者が行う実（じっ）況（きょう）を見ていた。

　ホラー、アクション、ミステリー、サスペンス、ＲＰＧでも、ゲーム実況を特に好んでいる。

　テストの採点を行いながら流し聞き、時折ホラー実況の絶（ぜっ）叫（きょう）に驚（おどろ）くことがある。

　最近では３Ｄモデルを用いた半分二次元の実況者、ユウキ・麟（りん）を贔（ひい）屓（き）にしていた。

　声の雰（ふん）囲（い）気（き）からは女性だと思うのだが、基本的に口が悪い。しかしホラーが苦手で、興奮しすぎると猿（さる）のように叫（さけ）ぶ。

　アプリゲームのガチャ実況はまさに阿（あ）鼻（び）叫（きょう）喚（かん）。そのぶっ飛びぶりが癖（くせ）になり、デビュー当時の清（せい）楚（そ）系が嘘（うそ）のようである。

「……」

　見ている分には面（おも）白（しろ）い。しかし知り合いにそんな話をすると「そういう女が好みなのか？」と勘（かん）違（ちが）いされる。

　矢吹は現場の生活に余（よ）裕（ゆう）がないのと、結（けっ）婚（こん）願望が薄（うす）いだけである。理想的な女性は家庭的な明るい性格だ。

　少なくとも奇（き）声（せい）を上げる女性は最初から範（はん）囲（い）外（がい）である。自由性の高いゲームで最初にとにかく「燃やす」を選ぶのは笑うしかない。

「…………」

　なので別にユウキ・麟の重大報告などに驚いたりしない。

　ネット上の噂（うわさ）で結婚のお知らせではないかと囁（ささや）かれても、小一時間程度真（しん）偽（ぎ）を確かめるために検（けん）索（さく）をかけるだけだ。

　生放送の時間が迫（せま）ってきても少々の吐（は）き気（け）と頭痛、お腹（なか）を下すくらいの些（さ）細（さい）な悩（なや）みである。

『はーい、こんにちは。ユウキ・麟です。今日は事前に告知した、報告からお伝えしたいと思います！』

　ゆらゆら動く立体モデルを食い入るように見つめる。

　別に好みの女性ではない。現実では出会いたくない類だ。

　しかしなぜか落ち着かない。胸の高鳴りで気分が悪くなってきた矢先。

『なんと！　わたくしユウキ・麟は次回から〇〇会社公（こう）認（にん）の実況者に選ばれました！』

　気が抜（ぬ）けるような拍（はく）手（しゅ）の効果音。肩（かた）の重みが一（いっ）瞬（しゅん）で消えていく感覚。

　パソコンの前に突（つ）っ伏（ぷ）すように倒（たお）れた矢吹は、この一時間後酒を飲みまくった。

「……ということがあってな。どう思う？」

「哀（あわ）れだねー」

　キンダイチ・斐文はまともに聞く気がなく、愛用の帽（ぼう）子（し）を指先でくるくる回す始末だ。

　大きな安心と一（いち）抹（まつ）の寂（さび）しさ。そして膨（ぼう）大（だい）な喪（そう）失（しつ）感を抱（かか）えた矢吹は今日も彼（かの）女（じょ）の配信を眺（なが）める。

　実は幼（おさな）馴（な）染（じ）みの女性――キリン・結城がユウキ・麟だと気づくのに、あと一年はかかりそうである。

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