第8話 食堂の看板娘はリルちゃんと言います

スタイロンさんの毛皮屋を出て、すぐ近くにあった食堂に飛び込んだ。


食べたいものを選ばないのかって?


この世界に来てから食べたのって生の川魚(腹を壊した)

あと草むらに生えていた山菜?否、草(やっぱり腹を壊した)

くらいしか食べてないからね。


何を食べたらいいのかさえよく分からないんだから、適当に入っても仕方ないでしょ。


「いらっしゃいませ~。こちらの席にどうぞ~。」


可愛い声が聞こえる。


小学生くらいの女の子が席に案内してくれる。

「お客様~、何にされますか~?」


メニューを渡されるが、....字が読めなかった。


こちらの文字が読めるのは転移物の鉄板じゃないの?


「おすすめを下さい。」


初めて入った店では、おすすめを頼むのが基本っておじいちゃんが言ってたのを思い出す。


もっとも、文字も読めずどんな食べ物があるのかも知らなければ、おすすめしか頼めないって。


「了解で~す。お父さ~ん、今日のおすすめ一丁ね~。」


「はいよー。」


厨房の奥から野太い声が返ってくる。


しばらく待っていると女の子が料理を運んできた。


机に置かれた料理を見る。


ハンバーグに似たメイン料理にカレーのようなシチュー、ライスのような何か?


メインとシチューは何となく食べられそうな気がする。だがこのライスのようなものは受け入れがたい。


何故って?


君は皿の上で湯気を立てている小さな俵型の虫の大軍を許容できるだろうか?


動いているんだぞ!


「本日のおすすめ、芋虫のハンバーグとターメリックバチのシチュー、そして白アントの焚き物の定食よ~。」


明るく屈託のない声に、全てをあきらめた。


これがこの世界の食事なんだあ。(泣きそう)


この世界に食べる物が虫だけなのか、虫以外にもあるのかは今は分からない。


でもおすすめ料理のど定番が虫だけという事実は変わりようがない。


ミケツカミとの約束である100年間を生き抜くためには俺はこの虫を食べ続けなきゃいけないんだ。


恐る恐るスプーンを手に取り虫料理に手を付ける。


既に空腹はピークをはるかに超え、餓死も見えてきた。しかしこの世界の食事が虫中心だと分かった以上、手を付けない選択肢は俺には無かったのだ。


スプーンに乗ったハンバーグから口に入れる。


匂いは.... わりと大丈夫そう。


噛み心地は、.... 普通。


味は.... 結構いける。


いけるじゃん。


これ見かけだけで全然大丈夫なんじゃね。


でもまだ安心はできない。


スプーンがシチューに移る。


匂いOK、味! 超OK。


OKOKOK。


虫全然OK。


動いている白アント。一抹の不安を感じるも、他の2種が問題なかったんだから、これもきっと大丈夫なはず。


10分後、俺はトイレの中にいた。


「すまんな、お客。白アントだと思って調理したんだが、毒のある白アントもどきだったみたいだ。

料理歴30年の俺がこんな単純ミスするなんて。ほんと申し訳ない。」


この10分程、運ポイントは上がりっぱなしだ。


物凄いペースで鳴り響く「ピロリン」を聞きながら、俺は料理長に返事する。


「間違ったものはしようが無いですよ。もう怒っていませんから。」


俺は料理長が食材を間違ったことよりも、あの白アントがこの世界の主食であることの方に戦慄していた。




「本当に申し訳なかった。普段ならあんな間違いは絶対しないんだがな。」


「お客さん、本当にごめんなさい。」


トイレから何とか出ることができた俺は、料理長のラスクさんと看板娘で娘のリルちゃんに土下座されている。


「何かあったんですか?」


「いやな、王都から西に馬車で3時間くらい行ったところに「跳梁の草原」ってところがあるんだが、いつもそこから食材を調達しているんだ。


いつも夜のうちに出発して早朝に食材の調達をしているんだが、今朝に限ってほとんど捕れなかったんだ。


それで少し離れたところまで行ってやっと白アントを見つけたと思ったんだが、白アントもどきのヤツだったみたいなんだ。


店を開けなきゃいけないから焦ってたんだよ。


丁度あんたの料理を作る段階で白アントが切れたんで、今日捕ってきた奴を焚いてしまったんだ。」


西に行った草原か。距離的にも俺が吸血蚊を殲滅した場所だろうか。


「リル、今日はもう店を閉めるぞ。どっちにしても食材がもうないんだ。

今から捕りに行かなきゃな。」


ラスクさんの言葉にリルちゃんが店を閉めに行った。


「あのお、これって食材になりますか?」


俺は収納から虫を取り出す。


もちろん、ラノベ達人の俺は収納から直接は出さないよ。毛皮屋でもらった麻袋から出すふりをちゃんとしたからね。


俺が出す虫にラスクさんは驚嘆する。


「これって、吸血蚊じゃねえか!しかもこの数。こんなの「跳梁の草原」でも深夜にしか取れない食材だぜ。

A級冒険者でさえ夜は足を踏み入れないところなのに、お前さん何故持っているんだ。


しかもかなり鮮度がいい。こんな高級食材俺の店じゃ扱いきれねえよ。」


「ダメですか。」


「いや駄目じゃねえ。俺が売り捌いてきてやる。ちょっと待ってな。」


ラスクさんはそのまま吸血蚊を数匹持って、店を飛び出していった。


そして2時間後、ラスクさんの手には吸血蚊ではなく、重そうな袋が5つあった。





俺は食堂を出て街を歩いている。


俺が収納していた吸血蚊5匹は、50万ギルに変わった。


あの吸血蚊って1匹10万ギル、食堂のおすすめ定食が70ギルだったから700円相当として10万ギルで100万円相当か?


ということはあの犬っころの400万円と合わせて、現在の所持金は900万円相当ということになる。


俺はラスクさんから宿を紹介してもらったので、今はその宿に向かっている最中だ。


宿の名は「クマの手」看板にクマの手が書いてあるらしい。


散策を兼ねて王都を楽しんでいると、城門が慌ただしくなった。


「イリヤ王女様がお戻りになったそうだ。途中で魔物に襲われたと聞いて心配していたんだが、本当に良かった。」


「本当にねえ。イリヤ様は王都の人気者だからねえ。」


イリヤ?王女? あっ途中で会ったお姫様だな。無事に帰ってこられて本当に良かったよ。


大勢の騎士達がメインストリートに整列し、王女様の乗る馬車を迎えている。


一般市民もみんな騎士の後ろに整列して、王女様の帰還を喜んでいるみたいだ。


俺も道から一番遠いところで、馬車が通り過ぎるのを待っていた。


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