うわき?
ひろか
1・彼の一番ではなくなった話
これは、私が彼の一番でなくなった時の話です。
ソレを目にした私は上手く呼吸ができなくなりました。
その女が広げた写真に、私の中にあった自信が崩れていく、そんな音が聞こえました。
ソファーでくつろぐ彼が、私のユウ君が、無防備な寝顔を晒していたのだから。
「かわいいでしょー?」
池内マヤと名乗ったその女は写真に写る彼を、愛おしそうに撫でる。
私だけじゃ、なかったんだ……。
彼が私以外にも、こんな顔を見せていたことがショックでした。
池内マヤはユウ君とはほんの遊びだと言うのです。
ちゃんと本命の彼氏と同棲中であり、しかもその彼はかなりの年配で、淡白な行為の寂しさをユウ君に慰めてもらっていたのだと、そう言うのです。
彼の不在中にユウ君を部屋に招き入れ、様々な玩具を使ったプレイを行っていたと。
女は玩具の写真まで私に見せてきました。
どのように使うのか想像もできない形状のモノを。
彼はこういう玩具には興味を示さず、ユウ君のためだけに集めたのだと笑って言ったのです。
ユウ君、こういうの好きだったんだ……。
知らない一面をうわき相手から聞かされ、声も出ませんでした。
「あの子、ユウ君って言うのね。ふふ、私はずっとハルって呼んでたのよ」
そう言うのはユウ君の二人目のうわき相手。私よりも十歳は上だろうか、落ち着いた雰囲気の大人の女性です。
ユウ君はうわき相手に好きに名を呼ばせ、付き合っていたようです。
「そういうことなのねぇ、あの子、ウチに来るときはとてもお腹をすかせていたから。こんなに遊んだ後じゃお腹もすくわねぇ、ふふ」
近藤チヅル、そう名乗った彼女も、ユウ君と頬を寄せ抱き合う写真を広げました。
ユウ君の食事姿の写真も。
おいしそうに食べるユウ君に癒されているのだと彼女は笑います。
私にはとても買えない高級な食材。少量でも毎回三品は出すのだと、贅を尽くした食事に私は恥ずかしくなりました。私はユウ君のためにここまでしたことがないのだから……。
ユウ君はこのひとに胃袋を掴まれていたのね……。
だからか……、私の出す食事は残すことが多かったのは……。そっか、その後このひとのところへ行っていたのね……。
「へー、だから私のとこに来ても寝てばかりなのね」
しっかり運動して、食べてで、寝にくるのねと笑うのは三人目のうわき相手、松下ミキ。
「私はナオって呼んでるの」
指先の、真っ赤なマニキュアが過去の痛みと重なりました。
ユウ君は足の爪に真っ赤なマニキュアをつけて帰って来たことがあったのです。
この
「前の彼にしたかったとこ、できなかったこと、全部ナオにしちゃったわぁ」
そうゆう職種についているんだと笑い、この女の手腕に落ち、快楽に溶けきったユウ君の写真を自慢げに広げで見せた。
「シャンプーの匂い気づいてましたよね?」
挑戦的な瞳が私を射す。
「ええ……」
何度か違うシャンプーの香りをつけたまま帰ってきたユウ君。
「うちで使ってるシャンプーってぇ……」
効果、効能まで語る女の話は、私の耳をただ滑るだけだった。
ユウ君に私の他に女がいることは知っていた。
でも、毎日私と朝まで居てくれた。
どんなに他の女と過ごしても、彼が帰ってくるのは私のところだった。
ユウ君のうわき相手達との話で私は、私にはユウ君を繋ぎ止めるほどのモノを何も持っていないことに気づかされた。
表面上何もない態でユウ君と過ごしていたが、顔に、態度に、滲むものがあったのだろう。
彼は敏感にソレを感じ取り、やがて、私と夜を過ごさなくなった。
こうなることはわかっていた。
自分の魅力のなさに、私自身が気づいてしまったのだから。
池内マヤのように様々な玩具でユウ君の気を引くこともできず。
近藤チヅルのように食事に気を使いもせず。
松下ミキのような手腕も持たない。
愛想つかされて当然、よね……。
ユウ君を愛してた。できることなら、一歩も外へ出さずに部屋に閉じ込めていたかった……。
でも、愛してるからそんなことできなかった。
それでも、完全に切れることなく、やさしいユウ君は短い時間であったけれど、私ともすごしてくれた。
彼の優しいさと温かさに、短い時間でも、一緒にいられることがうれしかった。私にくれる体温がうれしかった。
でも、寂しい……。
私だけを見ていてほしい……。
ずっと、ずっと私だけを見ていてほしい。
そんな切れそうな細い繋がりを中で過ごしていた私は、彼に出会ってしまった。
すれ違い、目が合った瞬間、お互いに惹かれ合うものがあったのです。
まっすぐ見つめる彼に私は心を奪われてしまいました。
私は彼と、トーマと一緒に暮らし始め、ユウ君の訪れがなくなって数日たっていました。
ユウ君のときのように何もしない自分ではだめだと。
池内マヤのように様々な玩具でトーマの心を掴み、近藤チヅルのように食事に贅をつくすことはできないけれど、栄養バランスを考え、品数を増やし飽きさせない食事を意識した。松下ミキのような手腕は一朝一夕で身につくものではないが、彼が喜ぶ手法を検索し、拙いながらもトーマからは強請られるほどに上達した。
気持ちいいと蕩けた表情のトーマとソファーで過ごしていたある夜。
カタンと物音に振り返った私が見たのは、目を見張るユウ君、だった。
見られた、知られてしまった、罪悪感と諦めと、また来てくれた、私のことを忘れてなかった、という喜びでユウ君を見つめる私に、彼は一言。
「にゃん!」
そう叫び、踵を返し窓から出て行ってしまった。
「…………」
終わりだと、もうユウ君がうちを訪れることはないのだと確信した。
ユウ君には気づかず、膝上でゴロゴロと喉を鳴らすトーマ。
「涙も出ないのね……」
私の心はもうトーマに癒され、満たされていたからか。
「さよなら、ユウ君」
私は、私だけを見つめてくれる唯一を見つけた。
「トーマは私だけを愛してくれるよね?」
「うるにゃん!」
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