第31話 僕らは水に戯れたい/姉はえっちな二四時間配信がしたい

 電車内。


「せっかくだから、夏らしいところがいいかもね」


「夏らしい場所なんてあったか?」


「あるある! 考えればわかるって」


 到着のアナウンスが流れ、降車した。改札を抜け、パッと世界が広がった瞬間。


「……夏だ」


 潮風の匂いが、鼻を刺激する。暑い空気の中を突き抜ける、遠くの方に海があ

 るのだ。


「それはそうよ。ここは海で有名な観光地だっていうのに。勉強はできるけど、こ

 ういった常識が抜けてるってさ、さすが奏流生って感じ」


「美麗だって奏流生だけどな」


「さあさあ。夏を楽しもう。砂浜まで競争だから」


「おい、待ってって」


 走り続ける。道路を越え、石段を下ると海が見えた。人はまばらだ。泳いでいたり友達同士で写真を撮ったりしているのが目に映る。美麗は僕の到着を首を長くして待っているようだ。こちらの方に大きく手を振っている。


「はやく〜浅瀬まで入るよ」


 といってきた。


「今日は制服だろ。濡れて平気か」


「大丈夫。風邪をひくくらいの水を食らわせてあげるんだから」


 その言い方がしゃくに触れてしまった、ついムキになってしまい、


「いいだろう!望むところだ。帰れなくなるほど濡らしてやるから」


 僕たちは夏服。Yシャツ一枚。今日くらい、後先考えないで行動してやろうじゃ

 ないか。  


 夏休みなんだもんな。靴と靴下を脱ぎ、人の少ない場所までいく。


「用意はいいか」


「私の、『レディ、ゴー』の合図でいくから」

「りょうか……「レディー、ゴー!!」


 完全にフライングされた。美麗は、ポケットの中に入れておいた折りたたみ、バケツを展開する。ざっと水を掬い、ばっ、とかけてくる。全身に被弾してしまった。


「さすがにそれはないだろ」


「このゲームの主導権は私が握っているから」


「テメェ……」


 負けじと僕も濡らしてやる。美麗は飽き足らず、何度もバケツで僕を濡らしてきた。


 最後には、肌が透けるんじゃないか、というレベルまで濡れてしまった。美麗はすかさず持ち合わせていた着替えで対応した。俺の着替えなんてない。


 タオルで拭いてもらったものの、それでは対応しきれない濡れっぶりだ。


「あ、ちょっとやり過ぎちゃったかも。ごめん!」


 上目遣いで見上げてくる。しかも目は潤んでいる。


「……仕方ない、許す」





 馬鹿みたいだ。


 彼女の美麗と水をかけあって遊んだだけなのに、三八度を越える熱を出してしまった。水が制服に染み込んでしまい、タオルで拭いても対処しきれなかったのだった。夏とはいえ、体が冷えたまま電車に揺られて帰ってくればどうなるかなんて、想像はついていたけど。


 さて、僕がこんな体調だろうと。


「はーい! これから二十四時間生配信やるよ〜」


 愛海はまだうちに居候をするつもりらしい。二十四時間配信となると、僕に対

して「自分の体調は自分で管理しろ」と暗にいっているのだろう。


 俺が起きたのは昼前。学校には昨日のうちに連絡済みである。既に食事は出来上がっていたらしい。朝昼晩全てお粥想定だったようで、大量のお粥だけが作り置きされた状態である。飯だけはできているというわけか。


 食卓につき、さっそくいただいていく。おかずの入っていないお粥は、高校生男子には少し物足りなかった。そんな愚痴を作ってくれた姉の前ではいえない。スクリーンにへばりついて、コントローラーを早業で押していた。ゲームの実況中継中らしい。


 バトルロワイヤル系をやっているようで、クライマックスのようだった。飯を食い終ったあと、布団でだらっとしながら、姉の実況に耳を傾ける。


「あとワンキル、いけぇぇ!!」


 耳が痛くなるような甲高い声が。途中からゾーンに入り黙り込んだ愛海だったが。惜しくも負けてしまった。阿鼻叫喚とでもいおうか、人間とは思えない叫び声をあげ、地団駄を踏んでいた。


「ということで、ここで一旦休憩取るね。あと一時間後に再開しまーす」


 愛美はここで配信を一時停止し、セットを外した。


「姉さん、切り替え早いな」


「まあね。配信のときの私と普段の私はキャラは別だもの。ずっとあのテンショ

ンを維持するのは甚だ難しいわ」


「キャラ作ってて、虚しくならないのか」


「虚しいよ。自分であって自分じゃないんだもん。今のスタイルが受けている限り、今日も明日も、無理をしてでも演じ切らなくちゃならないんだもんね」


「つらいっていうなら、やめようと思ったりとかは」


「あるけど、いつもこう考えるの。私には待ってくれているファンがいるのに、私の勝手な都合で配信を急にやめたら、ファンが悲しむでしょ」


「そっか」


 何万人という登録者を抱えている愛海の覚悟が見てとれた瞬間だった。


「ねぇねぇ、私の可愛い陸夜」


「可愛いなんて気恥ずかしいからやめてくれ」


「二十四時間放送だから、きっと途中でネタ尽き流と思うんだよ。だから、『陸夜の看病配信〜!』ってやつ、やってもいい? 少しえっちなやつ」


「都合よく人の体調不良を使うな!! ちょっとあんたのことを尊敬しようと気持ちを返せ! それはまじ姉さんの事情じゃんか。身勝手な理由でネットに声とか晒したくないんだけど」


「えー。私が陸夜にちょっとえっちな看病をする様子を配信するだけだから! お願い! のお願いだから! 多分これをやりきったら高額投げ銭間違いなしだって。陸夜にもいくらかお小遣いあげるから! 万単位で!」」


 想像するだけで身の毛がよだつ。しかもそれが全世界にアップされてしまうだぞ。


「万単位……」


 その額の大きさに、打ち勝てそうにはなかった。


「……仕方ない許今回だけぞ、だけど、僕の声はいっさい出ないようにしてほしい。その条件だったらいいか」


「さすが私の弟! 頼りになる〜! とりあえず、布団に寝っ転がってて。機材をそっちに持っていくから」


 諸々の準備を終えると……


「お待たせ〜 今日はお姉さんの。えっちな看病配信! 弟くんが体調不良だっていうから、お姉さんがしっかり看病シてあげまーす♡ もうちょっと待っててね」


 パソコンの画面に映る、リアルタイムの視聴者の伸び。明らかに、この発言をしてから入ってくる視聴者が増えてきている。なんだ、『エロは世界を救う』とでもいうのだろうか。


「じゃあ、今からリスナーさんが送ってくれたメイド服に着替えまーす」


 そういって、少しこの場を離れたかと思うと、ふくらみのある袋を取り出した。おもむろに服を脱ぎだす。姉はもう大人の女性だけど、刺激が強かった。


 だいぶ攻めた格好で、驚きを隠すことができそうになかった。仕方なく目を瞑り、着替え終了まで待つ。目を開いた頃には、目に毒な姉がいた。アニメに出てきそうな、大胆な短さのメイド服。


「じゃあ、看病していきますよ......」


 耳元で強烈なセリフを吐かれたり、いやらしい音を立てたり。カラダの火照りが抑えられなかった。


 これは羞恥か、興奮か、それとも別の何かか。三十分に渡る拷問は、僕をオトナにさせた気がしてならない。


 一度配信中断すると。


「弟くん! 投げ銭がめっちゃ入ってるよ」


 投げ銭によるお金の代わりに失ったものが、多すぎる。 


「というか、これって姉さんがメイド服に着替えて俺がこうやって拷問に合う必

 要ってなくないか」


「うん、ないよ。陸夜を単に私の自由にしたかっただけだから」


 なんて理由だよ…… 

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