学校童のカシマさん
一初ゆずこ
壱
『旧校舎三階の一年一組には、幽霊が
一年一組に到着し、さあ帰ろうと誰かが言った時だった。一緒にいたはずの**ちゃんが見当たらない。全員で探したが、**ちゃんは行方不明となった。
その後、旧校舎では女の子のすすり泣きが聞こえるという。
『N中学校一年一組 学級新聞九月号』より抜粋』
*
肝試しには打ってつけの場所だろう。旧校舎を見上げた
「全員揃ったな。清原と河合がルールの確認をするからな」
担任の
「まずは男女別にくじを引いて、同じ番号同士でペアを組んでもらいます。順路は、河合さんが配布したスタンプカードの地図を見て下さい」
「保健室、理科室、それから私達と同じ「一年一組」に用意したスタンプを全て集めて帰ってきたら、先生からジュースを受け取って下さい。ただし、必ず二人で戻ること。一人で帰ってきたり、スタンプが足りない場合は失格です」
「失格でもジュースはやるからなー。怖かったら無理すんなよ」
豪快に笑った勝俣先生が、足元のクーラーボックスを腕で示した。氷水に浮かぶ缶ジュースは、縁日のヨーヨー風船みたいに涼しげだ。あちこちで歓声が上がり、「男子は僕、女子は河合さんの所に並んで下さい」と清原が指示を出した。全員が移動を始めたので、千秋も男子の列に並んだ。
男子も女子も、ぴったり九人ずつ並んでいる。くじ係を含めれば十人ずつ。一年一組の全員が、夏休みに揃ったことになる。千秋が段ボール箱から引いたくじには、「十番」と書かれていた。
「お、千秋は最後か」
短く刈った黒髪の頭が、千秋のくじを覗き込んだ。恰幅の良い身体に押されかけた千秋は、「
「俺は九番。見ろよ。
康太は左腕を千秋の肩にどっかりと回すと、右手の親指で斜め後ろを示した。そこにはタンクトップとスカート姿の英美理がいて、唇を不機嫌そうに歪めている。ペアへの不満がありありと窺えて、千秋は康太が不憫になった。
「英美理は相変わらず感じ悪いな」
「俺達の中学一の美少女に、そんな言い方すんなよ」
「美少女であることは、性格の悪さの免罪符にはならないから」
適当に相槌を打ちながら、千秋は女子生徒達に目を向けた。夜の学校に浮かれる生徒達は、それぞれのペアを見つけている。まだペアと合流していないのは、千秋だけだ。
「おい、十番の女子は?」
千秋のぞんざいな問いかけは、「では、一番のペアから!」という清原の声に掻き消された。一組目の二人が、おっかなびっくり歩き始める。男子の誰かが口笛を吹き、闇色の窓が並んだ旧校舎へ、二人の背中が消えていく。康太が、愉快そうに声を潜めた。
「この旧校舎って、本当に〝出る〟んだよな。『旧校舎の幽霊に気に入られると、黄泉の国へ連れていかれる』んだろ?」
「くだらないな」
千秋は、馬鹿馬鹿しさから一蹴した。肝試しというイベントなんて、恋愛にのぼせた中学生が、クラスメイトを呼び出す口実にしか思えなかった。小学生からの悪友である康太も例外ではなく、今日のくじ引きに命をかけていたという。
「でもさ、肝試しに行った女子が行方不明になったって話もあるぜ。スタンプカードの裏にも書いてるだろ? 勝俣先生と委員長達、張り切ってるよなあ。何年も前の学級新聞まで調べるなんてさ」
「作り話だろ。失踪した女子の名前だって、わざとらしく
「
康太が陽気に答えた時、千秋は鈍い頭痛を覚えた。眩暈を感じてから、緩やかに納得する。知佳か。千秋のペアは。――よりにもよって。
「あいつ、昔からどんくさいからな。集合場所を間違えたりしてるんだろ」
そう吐き捨てた瞬間、「遅れてごめんなさい」と背後から声が聞こえた。振り返ると、肩に届かない長さの黒髪の女子生徒が一人、息を弾ませて立っていた。
ワンピースの胸元で握られた手には、十番のくじ。千秋は嘆息した。
「遅い」
「千秋、謝ってるんだから許してやれよ。……あ、九番が呼ばれた! 後でな!」
康太は慌てた様子で言い残すと、まだ不機嫌そうな顔の英美理とともに、委員長達に見送られて歩いていった。
「ご、ごめんね……」
睫毛を伏せて謝る知佳は、苛立たしいほど怯えている。
知佳という少女はいつもそうだ。小学生の頃から極端な恥ずかしがり屋で存在感が薄く、教室に居ても居なくても気づかれない。ぼんやりしていて周囲と足並みも揃わないので、今日のようにやきもきさせられることも多い。
無言で不満を殺していると、「最後のペア、どうぞ」と呼ばれた。勝俣先生から懐中電灯を受け取った千秋は、知佳を伴って旧校舎に向かった。
きっと、委員長達の演出だろう。小細工に怯えるのは癪なので、千秋は扉を強く押し開けた。
*
旧校舎一階には、青い闇が
「!」
驚いた弾みで、懐中電灯を落としてしまった。凛、と涼やかな鈴の音が聞こえた直後、身が切れるような静寂と闇が辺りを支配し、前方で一列に並んだ廊下の窓だけが、
手探りで懐中電灯を拾いながら、千秋は気まずさを
「千秋くん」
心細そうな声が、すぐ傍から聞こえた。懐中電灯を点けると、知佳は少し離れた所にいた。姿が数秒見えなかっただけなのに、思いのほか安堵した。
扉を閉めたのは、委員長達の仕業だろうか。開けようとすると、がちりと冷たい施錠の音が虚空に響き、退路が絶たれたことを知らされた。雰囲気作りにしてはやり過ぎだと抗議したいが、今は他にも気になることがある。
「まだ、誰も帰って来ないのか……?」
順路はシンプルなのに、何を手間取っているのだろう。不審に思ったが、ともかく早く脱出するに限る。地図によれば最初の保健室は目と鼻の先なので、千秋は歩きかけてから立ち止まり、顔色の悪い知佳に手を差し出した。
「ほら。今みたいに離れられたら、迷惑だから」
「あ……ありがとう」
そろりと握られた手の平は、先程の扉と同じくらいに冷たかった。
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