20201105 ㉛
(5分で読書短編 コンビニで)
木曜日の夕方、すでに出来上がっている美沙子先輩と一緒に、近所のコンビニへ立ち寄ったら、案の定──先輩が店員さんに絡みはじめた。
「ねえねえ君、年確、ちゃんとしなくていいのぉ?」
「えっと、ねんかく、ですか……?」
青い縦じまのユニフォームを着た店員さんが、困った顔で首を傾げた。若い男性の店員さんで、おそらく私たちよりも年下だろう。高校生とか。
先輩はにやにやしながら店員さんの顔を覗き込むようにしつつ、隣に立っている私を指差した。
「『年齢確認』の略だよ。この子、まだ18歳なんだけど、確認したほうがいいんじゃない?」
うわぁ、我が先輩ながらうぜぇ……。
「美沙子先輩、やめましょうよ」
私は彼女をレジの前から退けるべく、軽く肩で押した。控えめに。まだ関係性が不確かな、入ったばかりのサークルの先輩なのだ。
「さあ、確認しよう。未成年の飲酒は、法律で禁止されてまぁす!」
今日は止まらないなぁ。そんなに酔ってない感じだったけど……。ああそうか、よく見ると店員さん、けっこう可愛い顔してるな。背もわりと高い。黒髪の短髪。さわやか系。
悪いことに他のお客さんも全然いないので、絡み放題だ。
「……いや、しないです」
店員さん──名札を見ると望月くん──は、少し赤面しながら答えた。接客時と異なり、やや声を潜めて。
「僕も……たまにやるんで。友達と」
私も先輩も、その言葉が何を意味するのか一瞬呑み込めなかった。が、望月くんが缶ビールや梅酒の瓶をレジでスキャンしはじめたころ、ようやく理解した。先輩が妙に色めきだった。
「あー、悪い子なんだぁ。今度店長さんに言っちゃおうかなぁ?」
すると望月くんはぎょっとして後ろを振り返り、やはり声を潜めた。
「ちょ……やめてくださいよ」
その場には誰もいないが、もしかしたらバックヤードに誰か控えているのかもしれない。
「うそうそ、冗談。でも意外だねー。真面目そうに見えるのに」
それについては私も先輩に同意だった。好青年というか、いつも真面目に仕事をしている印象がある。この店には週1ペースで訪れているが、たまに見ると、常にてきぱきと接客やら掃除やら陳列やらをしている気がする。
「そうですか?」
彼は首を傾げてややはにかむ。
……可愛い。
「まあ、バイト中だしね」
おそらく先輩もそう思ったのだろう。追及を止めた。少し胸きゅんダメージを受けたのかも。
「まあ、そうですね。1480円です」
望月くんはそう応えると、店の入り口をちらりと見て、次に私のほうを見た。
これは、助け船が必要なやつだな。
「先輩、小銭持ってます? 私、1000円出しますよ」
「いいよ、ここは先輩が奢っちゃる」
「えー、少し私も出しますって」
そんな面倒な押し問答を続けていると、
「いらっしゃいませ、こんばんはー!」
店員さんが入り口に向けて声を発した。チャイムが鳴り響く。ちょっとヤンキーくさい金髪のカップルが自動ドアをくぐって来店するところだった。
そのマスカラ強めの目で、彼女の方がこちらを一瞥した。ちょっと怖かった。先輩もそれに臆したのか、それ以上の問答をやめて静かになった。
「ありがとうございましたー!」
会計を済ませて出る際、店員さんが発した声はどこか事務的に感じられて、なんだか少し寂しい気持ちになった。
面倒な客だと思われたかも。「ようやく帰ったかー、マジさっさと金払って帰れよなー」みたいな。あの挨拶の裏では、そう思っていたかもしれない。いや、勝手な想像だけどさ。
「さて、じゃあ行きますか、ミチルのアパート!」
「はいはい……」
その後は私のアパートにて、先輩と2人で映画のDVDを観ながら酒を飲み、一夜を明かした。酔って早めにいびきをかいて寝落ちした先輩を横目に、私は望月くんのことを考えていた。
もしもこの先輩と同一視されていたら嫌だな、と……。
その翌日も、大学の帰りにコンビニへ寄った。今日は1人。毎週金曜日はコンビニ飯で済ましていいと、自分に許可を出している。昨日はイレギュラー。講義が終わった後にゼミの集まりがあって、そのあとですぐに美沙子先輩から連絡があったので、料理を作る時間なんて無かったのだ。
まあ、それはさておき、毎週金曜日に例のコンビニに寄っているのは事実だ。それだけは前もって言っておく。
それと、ほかに目的もある。
時刻はおおよそ午後5時すぎ。店に入ると、元気な挨拶が聞こえた。カウンターの下で何か作業していたのだろう、自動ドアをくぐる私の方を見ながら、モグラ叩きのモグラみたいに、ひょっこりと店員さんが顔を出した。
いた。望月くん。
私は一通り店内を物色し、今日の夕飯となるおにぎりを2つ手に取る。週1回は自炊をサボり、自宅でひっそりインスタントの味噌汁とおにぎりを食べることを自分に許可しているのだ。
商品をカウンターに持っていく。他に店員さんが居たものの、対応してくれたのは望月くんだった。
「いらっしゃいませ、ポイントカードは……」
「はい」
4月から毎週通っているので、さすがにこのやり取りは慣れた感じだった。向こうもたぶん、私の顔を覚えているだろう。たとえ昨日のことがなかったとしても、さすがに10回くらいは対応してもらってるし。
「ごめんね、昨日。うざくて困ったでしょ、うちの先輩」
彼は商品をスキャンする手をゆるめ、困ったように笑った。
「あ、いえ、そんなことは」
ほら、覚えてる。可愛いな、その表情。
言っちゃえ。
「困った顔、可愛いね」
「え……」
ちょっと勇気を出して年上の余裕を見せると、彼の顔がみるみる赤くなった。うわあ──なんか良い気分。
「いま、私のこともうざいって思った?」
「……いえ、そんなことは」
すると望月くんは、すぐに事務的な口調になった。
「おにぎり、温めますか?」
ちょっと調子に乗りすぎたかな、と思いつつ、私はうなずいた。
「はい」
見ると、別の店員さんが彼の隣に立ち、袋づめや電子レンジの操作を手伝い始めていた。いわゆる『社員さん』とか、そういう感じだろうか。それ以上の会話はせず、私は店を後にした。
「あ、ありがとうございました!」
その声を背中に受ける。昨日とちがって事務的には感じず、むしろ働きたての新人みたいな、緊張の色を含んだ声だと思った。
大胆なことしちゃったかな。余計なこと言って、あれじゃ結局、私も美沙子先輩と一緒じゃない?
アパートへ向かう道すがら、私は小学生の男の子みたいに、片手に提げたビニール袋を振り子のごとく回した。先ほどの自分の行為を思い出すと、胸の奥がきゅっとなるような気恥ずかしさが込み上げたからだ。何かで発散しないと、うわーって、叫び出しそうだった。
そんなこともあって、翌週の金曜日まであのコンビニには近づかないことにした。
金曜日に行けば望月くんと会える。
なぜだろうか。私はのんきなことに、そう信じて疑わなかった。
ちょっと考えれば、それが不確かなことなのだと、すぐ気づいただろうに。
次の金曜日はサークルの活動があった。とはいってもゆるい映研サークルで、大学の小講義室をひとつ借りて、映画などの映像作品をみんなで観るだけ。それでも備え付けのスクリーンを使うので、軽いルームシアターだ。カーテンも遮光性が強い。きちんと準備すればそこそこ迫力がある。難点は防音式の環境になっていないことか。
美沙子先輩から「これから呑みに行こうよ」と誘われたけど、今日は適当な理由をつけて断った。悪い人じゃないのだけど、しばらく酒の席はご遠慮したい。
いかにも用事があるように、そそくさと大学をあとにした。そしてコンビニに立ち寄った。
──なのに、望月くんの姿は店内になかった。今日代わりにいたのは、妙に髪の長い男性店員だった。大変失礼ながら「お前じゃないんだよなー」と舌打ちしてしまった。ごめんなさい。
その次の週も、望月くんはいなかった。
どうしたんだろう……?
不安になり、例の長髪店員に尋ねてみようかと思ったけど、恥ずかしくてやめた。接客態度もダルい感じで、話しかけたくならない。望月くんとは大ちがいだ。
コンビニのバイトは続かないって言うし、もしかして、やめちゃったのかな……?
私は急に寂しさが込み上げた。いつものようにおにぎりを買って帰ったけど、全然おいしく感じなかった。
そのさらに翌週。
「あ、いた!」
意図せず大きな声が出てしまい、コンビニ店内にいた立ち読み客の視線がこちらに向いた。うわぁ、痛いぞ自分。私は顔が熱くなってくるのを自覚し、身を小さくしつつ、カウンターの向こうに立っていた望月くんに軽く手を振った。
慣れ慣れしいだろうかと不安になったけれど、すでに大声を出してしまっている以上ごまかしようがなく、そうするしかなかった。望月くんは、はにかむように笑ってお辞儀した。少しほっとした。変な顔されたらどうしようかと思った。
「ここのところいなかったからさ、やめちゃったかと思って、心配したんだよ」
いつものようにおにぎりをカウンターに置くと望月くんが対応してくれたので、話しかけた。いや、本当のことを言うと、望月くんの手が空くのを見計らっていた。他にお客さんもいなくて、ちょうどいいタイミングに思えた。
「いえ、中間のテスト期間だったので休ませてもらったんです」
彼が応える。
「へえ、そうだったんだ。真面目だね。あ、おにぎり温めて」
「はい」
私はビニール袋の代金込みの小銭が財布に入っているかを確かめつつ、ちらりとその顔を見た。わずかに目が合った。彼はすぐに顔をそらし、流れるような動作でおにぎりをレンジに入れてスイッチを操作し、小さいビニール袋を素早く用意する。
仕事熱心だなぁ。
「何年生なの?」
私はレジの画面に表示された金額を、カウンター上のトレーに並べつつ尋ねた。
「3年です。高校の」
「え、受験生ってこと?」
「そうですね」
彼はうなずきながら、受け取ったお金をレジの中に入れた。
「バイトしてて大丈夫なの? もう5月だけど、勉強は?」
=================講座=================
「そうなんですよ。勉強しなきゃいけないんですけど、バイトもちょっとやめられなくって……」
=================講座=================
「えー、どうして? やめさせてもらえないとか?」
彼からお釣りを受け取りつつ、私は会話を続けた。
「まあ、理由はいろいろあるんですけど──」
温まったおにぎりを袋にいれる作業はてきぱきしているが、その返答の歯切れは悪い。
「いろいろ?」
私がそう聞き返すと、彼は「はい、お待たせしました」とビニール袋を手渡しつつ、例の困った表情でこちらを見た。いや、ちょっと違う。もしかして、私の後ろに誰か──
「早くどいてくんね?」
振り返った瞬間、どすの利いた声でそう言われた。
そこに立っていたのは、いつぞや遭遇した金髪マスカラ強めの彼女だった。思いっきり睨まれて、舌打ちされた。
「ひっ! すみません!」
私は慌ててその場を離れ「ありがとうございましたー!」という望月くんの声と共に店を出た。なぜあの人が店にいることに気づかなかったのかと思ったら、お客さんが店を出入りする際に反応する、ぴろぴろというチャイムが鳴らなかった。望月くんもぎりぎりまで気づいていなかったみたいだし、 故障したのかも。
あのヤンキー女に目ぇ付けられたらどうしよう。常連だったらどうしよう──!
不安に駆られ、足早にアパートへ帰った。ようやく人心地つき、電気ケトルのスイッチを押して、味噌汁用のお湯を沸かした。くつくつと音がして、ケトルの口から白い湯気がのぼる。私はその間ルームウェアに着替え、お椀にインスタント味噌汁のもとを入れる。夕飯だけど、永谷園のあさげ。
慣れたものだけど、まだ金曜日は数回目だ。実家を離れるのはちょっと心細かったけれど、自分の順応性に驚く。
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そういえば結局、望月くんがバイトしてる理由って何だったんだろう……。
普段ならスマホで動画を観たり、友達とラインしながら食べるのだけど、今日はそうしなかった。私しか存在しない、小さくて静かな部屋。味噌汁をすすり、おにぎりの包みを開ける。
「苦学生ってやつなのかな……」
おにぎりの具である梅干しの酸っぱさを舌の先に感じつつ、ぼんやりとそんなことを考えていた。
望月くんがバイトを辞められない理由。
もしかしたら彼の家庭は貧乏で、子供でさえ働かなければ、生活が苦しいのかもしれない。
いや、さすがに今どきそこまで貧困はしないだろうけど……大学の入学費用が足りないから、自分で稼いで足しにしている、という可能性は充分にある。昨今は奨学金を返すのも大変だって聞くし……。
それならば、あれだけ業務に対して真面目なのもうなずける。クビになるわけにはいかないだろうし、しっかり仕事ができれば、時給が上がることもあるだろう。ああ、なんかもうそれで確定な気がする。
「偉いよなぁ」
1人で勝手に決めつけて納得し、つぶやいた。
「……大違いだな」
彼は高校3年生で、私より1つ年下で、受験生。でもお金を稼がなきゃいけない理由があって、あんなにしっかり働いてる。何なら他の定員より優秀なんじゃないだろうか。
一方で私はというと、のんきな大学1年生。裕福というほどではないけれど、親が当たり前のように学費やアパートの契約料を払ってくれているし、生活費もいくらか振り込んでくれる。私がしていることと言えば、勉強と、サークルと、小遣い稼ぎにやってる教授の書類整理くらい。
『当たり前のように』と言いつつ、実は当たり前のことではない。仮に4年後、自分が社会に出たとして、両親と同じように働き稼いだ何百万円というお金を子供に払えるだろうか。ましてこんな、のほほんと遊んでくらしているような娘に。
そんな折に、ちょうど母からラインが届いた。世間話ついでに『バイトしよっかな』と送ったら『バイトするために大学入ったんじゃないでしょ』と一蹴された。
デブになるかなー、と思いながらも、食べてすぐベッドに寝転んだ。自分という存在が、しょーもない無価値な人間に感じられて、ため息が漏れた。
いま5500字くらい。字数使いすぎ。
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