漆黒の羽根の舞い散る夜に
みーなつむたり
第1話 黒い瞳
女傭兵スガヤの、黄色みがかった白い肌は陶器のようだとよく表された。
だが砂ぼこりや泥で汚れ、擦り傷や打撲痕が肌の美しさを否定する。
この地方では珍しい黒い髪も、編み込まれたあちらこちらに返り血がべったりとこびりついていた。
・・・
敵の進行を食い止めた報酬は、手柄を上げた分、つまり敵を多く殺めた分、多めにもらえるはずだった。
しかしスガヤは今回も見合わない銀貨を数枚渡されるのみ。
仕方ない、いつものことだと、舌を打って帰路を急ぐ。
とにかく早く身体の汚れを落としたくて、足早に街の喧騒を抜けていた。
だが、この日は何故か不意にその足が止まった。
このところよく見る奴隷馬車に珍しく人集りができている。いつもは気にも止めないスガヤだったが、徐に人々の見ている方を、見るでもなく見て息を飲んだ。
「同じ色?いや、もっと黒い」
スガヤの頭二つ分高い位置にある、自分のそれより深い漆黒の瞳。
「・・・!」
その目が合った瞬間に、身体の芯が震えた。
「なるほど、いいね。」
笑みが零れ、巡る血がざわめく。
男は、猿轡をはめられ、茶色く汚れたマントで全身が覆われている。だがその体躯の逞しさは隠しきれてはいなかった。
その目がスガヤをとらえて離さない。
スガヤは笑みを称えたまま目を伏せ、ゆっくり背を向けて、奴隷馬車から離れていった。
・・・
大陸の中央付近に存在する、人口五十万人にも満たない自然豊かな国ルーベン。
およそ半世紀前に、鉱山からあらゆる資源に代用可能なレアメタルが発掘されたことからルーベンの状況は一変した。
近隣諸国からの外圧を避けるため国交を断絶した政策は、他国による軍事侵攻という最悪の事態を招く。
軍事力の乏しいルーベンは、強引な徴兵により民兵を戦地に送り込むことで窮地を凌いで今に至っていた。
しかし近年、隣国コロルからの執拗な侵攻に脅かされ、国力は疲弊し、結成された義勇兵もほとんどが傭兵によって構成されるといった有り様だった。
スガヤは、孤児ばかりを集めた傭兵団で、幼少の頃から人を殺す技術だけを教え込まれた。
力のない女のスガヤは、短い得物で急所を的確に捕らえることを得意とし、ゆえに最前線での接近戦を余儀なくされた。
毎日のように、返り血で血塗れになるだけの日常。
人間らしさという言葉とは縁遠い今を、ただ漠然と生きていた。
・・・
その日、珍しく召集がかからなかった。
手持ち無沙汰となったスガヤは、何の気なしにあの奴隷馬車の前に立っていた。
「お嬢さん、この奴隷がお気に召しましたか?」
鼻の大きな歯のない男がスガヤの横にやってきた。奴隷商人のようだ。
お嬢さんなどと、虫酸の走る呼び名に眉根が寄る。スガヤは奴隷商人に目を配ることもなく、ただあの大男を見据えた。
だが男は今日はスガヤを見ようともしない。
「ここだけの話ですがね、」
奴隷商人は自慢したい気持ちを押さえきれずに、聞きもしない話を続けた。
「あの男は、有翼人なんですよ。」
スガヤは鋭い目を奴隷商人に向けた。
奴隷商人は、獲物を見つけたような粘着質な目でスガヤを見遣る。
「メスの有翼人は需要もあるんですがね、オスは粗野で懐かないからいけない。」
「・・・」
「でも、コロルが知れば目くじら立てて狩りに来る、珍重品ですよ。」
奴隷商人は心底可笑しそうに下品な引き笑いを漏らす。
スガヤは目を細め、奴隷馬車を後にした。
人間と似て非なる有翼人は、コロルにのみ生息する「害獣」だった。
現在、コロルが小国ルーベンを落としきれないのは、自国内での有翼人による人間討伐の甚大なる被害への対応に追われているためだった。
害獣駆除のために武器の使用頻度が高まれば、結果コロルは武器の生産に欠かせないレアメタルを手に入れることに躍起になるしかない悪循環。
故にコロルとの国境付近は戦火が絶えず、土地は今や壊滅状態となり、草木も生えない有り様だった。
・・・
何故ここまで心が惹かれるのか。
スガヤは奴隷馬車の見える食堂で、安いパンと不味い酒を飲みながらぼんやり考えていた。
「あー、スガヤ姉!」
と不意に、聞き覚えのある甲高い声がして、スガヤは苦い顔のまま飲みかけていた酒を置く。
同団所属、後方支援担当のフラーウムが露出の多いヒラヒラの服を着て、スガヤに駆け寄ってくるのが見えた。
「スガヤ姉、ちょうどよかった!ちょっと聞いてくださいよ!」
フラーウムはスガヤのパンを勝手に噛りながら、現在付き合っている同団の弓兵ジウバの至らなさを愚痴り始めた。
適当な相槌でそれを聞きながら、嫌なら別れればいいだろうと頭の中で溜め息をつく。
スガヤは、未だに人に好意を寄せたことがない。
好きだの愛だのの、そんなものに踊らされて、肉体も精神も蹂躙されることに嫌悪感さえ覚えていた。
「お前は、毎度毎度男に振り回されるくせに、男を切らさないな。」
呆れ気味に笑うと、フラーウムは青い目でわざとらしくキッと睨み、
「えー、恋してないとつまらないじゃないですか!駆け引きしていかに自分に夢中にさせるか、日々闘いですよ!究極の自分磨きです!だってキレイでいたいんだもん!」
「・・・あっそ。」
こいつもなかなかだなと、若干の尊敬の眼差しでスガヤは微笑みながら、自然と視線はあの奴隷馬車へと向けられていた。
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