変化
一年以上関わりがなかった女子と久しぶりに話したからといって、劇的に世界が変わるわけではない。
精々、通学路の途中に立っていた七瀬を無視して通り過ぎようとしたら、暢気にアプリで「おはよー」と挨拶が飛んできたものだから、驚いて見たらつい目が合ってしまって、アプリで「緊急時以外連絡するなって言っただろ」と返したぐらいだ。
劇的に世界が変わっているわけではないが、この調子では少し気が重い。
昼休みの教室で自分の席に座りながら、思わずため息が出た。
「どしたの? 今日もため息ついてるじゃん」
隣の席の瀬戸が心配して話しかけてきてくれる。
「いや、ちょっと昨日アプリの返信で忙しくてな……」
「あれ、桜井ってやってたの? やらないイメージだった」
瀬戸の印象は間違っていないし、俺はそんな自分を特に隠してもいない。
たぶん瀬戸以外のクラスメイトも全員そういう印象だろう。
別に俺がはぶられているわけではなく、単に「やる人」とカウントされていないだけだ。
「あ、いや……親とな」
「へーそうなんだ。まあいいや。連絡先交換しよ?」
「……は? なんで?」
「え、友達だし普通じゃない?」
「そういうもんか」
「ホント桜井ってこういうノリ疎いよねー」
そう言いながら、お互いのスマホを近づける。
ピコン。これで通信は終了。別に進化はしない。
「――あれ、桜井やってんの? 俺も交換していい?」
そこに声をかけてきたのは滝川だ。その隣には村上もいる。
二人の手には英語の宿題用紙が握られており、この分だとまた写させてもらっていたらしい。
「僕もいいかな?」
「あー、わかった。よろしく」
村上の申し出もありがたく受け取り、アプリの連絡先は一気に五人になった。
「じゃあクラスのグループ入れとくよー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、瀬戸」
「え?」
きょとんとした顔ってこういうものなんだろうな、と思わず冷静に考えてしまうような表情を瀬戸は向けてきた。
そりゃそうだ。ここまでスムーズに応じてきてここで急に拒否するのはよくわからないだろうな。
「俺……どうしてもグループのノリって苦手でさ」
「あー」
「桜井ってそんなところあるよな」
「僕も同意見」
俺の言葉に、三人は納得してくれたらしい。まあ、この言葉は嘘ではない。
ただ、それ以上に七瀬の連絡に気づけないリスクの方が、俺には気がかりだっただけで。
「――あれ、七瀬さん何か用?」
村上が廊下に向かって声をかける。言葉の中に出てきた名前にびっくりした俺は、反射的に後ろを見てしまった。
そこには、確かに七瀬が立っていた。今日の髪型はサイドテールらしい。
「あ、いや……そう、吉田先生に用があったんだけど、いないみたいだね」
「吉田っちはホントのホントにギリギリまで来ないかんねー」
瀬戸は、視線を七瀬に向けながら片手でスマホを高速タップしている。器用だなこいつ。
「今度から職員室に行った方がいいと思うよ」
村上の建設的な提案を受け、七瀬は少し頷いて、一瞬目線を俺に向ける。
だから、そういうのをやめろって。見るな。俺のことは一瞬たりとも見るな。
「じゃあ、ね」
「ばいばーい」
瀬戸に見送られながら、七瀬が隣のクラスに戻っていく。
それを合図にするかのように、滝川と村上も自分の席に戻っていった。
「ねぇ」
「……ん?」
もうHRが始まりそうな頃合いだというのに、瀬戸が俺に話しかけてきた。
「やっぱり桜井と七瀬さんって何かあるよね?」
「は? なんで?」
「さっき意味ありげな視線送ってたでしょ」
「たまたまその場にいたから一瞥しただけだろ? 近くにいるのに無視するのも失礼だしっていう感じで」
上手く誤魔化しているつもりだが、内心ではすごく焦っていた。
それはもうとてつもなく焦っていた。
人の噂も七十五日という言葉もあるが、俺はあれを真実とは思わない。
なぜなら七十五日も経つ前に、噂は別の噂を生むからだ。
そして噂は噂を吸収し、雪だるま式に大きくなっていく。
だから、七瀬にとってはわずかでも噂は立たない方が良い。
だから、なんとかこの噂は握りつぶさなければいけない。
「ふーん、そういうもんか」
「そういうもんなの」
とりあえずは瀬戸が追及をやめてくれたところで、ちょうど教室に入ってきた担任教師の吉田が入ってくる。
その姿に日常の開始を感じ取り、俺はひとまず安堵した。
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