真実
モリナガ チヨコ
第1話 真実 〔嘘偽りない本当のこと〕
余計なお世話なんだよ。
あんたら、オレの事も、うちのヤツの事も
な〜んにも知らねぇだろぅ?
ちゃんとした暮らし ってのは、誰が決めたどうゆう暮らしをいうんだ?
オレらはよぅ。
ずーぅっとこうやって生きて来たんだよ。
うちのヤツはもともと体が丈夫じゃなくてな、寝ている事も多いし、あんまり話しをするほうじゃねぇから、まあ、他人様から見たら、心配な事もあるかもしんねけどよ。
なんつーか、ほっといてもらいたいわけよ。
介護? 一人で大変じゃないのかって?
おらぁ、介護なんかしてねえもの。
介護ってなんだ? そんな大袈裟に言わねぇでよ。 たいした事じゃねぇべよ。
オレは、うちのヤツが、嫌な思いとか我慢とか、そうゆうの、なるべくしねえように世話してるだけ。
アイツの顔見てればわかるよ。
たいした事じゃねえべよ。
ボケてんじゃないかって? そうかもしんねぇな。でもよ。
しょうがねぇや。だって95だぞ。
それだけ生きてりゃ、人間だってあっちこっちダメになってくるって。当たり前だよな。
な。そう思わねぇが?
おらわよ、ずっと自転車屋だよ。
今はもう店はやってねぇよ。だけど、自転車の骨組みさえわかってりゃよ、どんなオンボロだろうと…。
いや、直せねぇんだよ。
オンボロはよ、直したとしても、また走ってるうちによ、すぐまたぼっ壊れちゃうんだもの。タイヤ、ライト、ペダル、どうだっていいべと思ってたようなサドルだってボロくなったら座れねぇのよな。
ただよ、昔の自転車はよ、重たくて強いのよ。まあ、頑丈だって事。な。
だからよ、走らなくなったって捨てらんなくて、置いておくのよ。オレにとったら高級車だかんな。ハハハ。
でももう乗ることはないだろな、、いろいろ取り替えたくっても古すぎて合う部品がないんだよな…。オレも、もう無理だな。運転はできないよ。
人間も同じだよ。古くなんの。古くなったら、いくら直したって苦しいだけでよ。
あっちこっち治してるうちに、いろんなもんくっつけられるようになるべ。
もともと、オレはよ。自分の部品がダメになったらおしまい。って思ってんの。
だがら、この足がこうなっても、あれ、人工の骨ってのはやんなかったんだよ。歯も、この通り。いんねぇの。
まあ、、、金もねえしな。
金ってのはやっかいだよ。
あればあるで、人間は人間じゃなくなる。
欲しがれば欲しがっただけ惨めになる。
無いならないで、しょうがねぇって。オレらみたいに生活してればいいんじゃねぇの?
そんだって、この年まで生きてられんだよ。
うちのヤツもそう言ってんだよ。
食べるもの、着るもの、住むところ。わたしだちは、わたしだちなりで、いいんじゃねえんだべかな。って。いっつも笑ってるよ。
穏やかなもんだ。
アイツも気分やでよ。
具合悪りいのかな…とおもってると、むくっと起き出して、庭に花植えてみだりすんのさ。知らないうちに、黄色、赤、白、って、花咲くのよ。アレは昔から花が好きでな。
一緒に土手を散歩すると、花の種見つけて嬉しそうにポケットに入れて帰って来てよ。
壁いっぱいに紫色の朝顔咲かせた事だってあんだよ。
あんときは楽しがったな、、、。
毎年、咲くんだよ。今でも。
んでも、草ぼうぼうで、庭には最近出てねえけどな。
ま、そのうち冬が来たら枯れるべ。
自然に。
……………………………………
昨日。
役所からメガネの男と女の二人連れが来たんだよ。首から青いヒモ下げてたな。
市役所のなんつったか…、要するに、年寄の暮らしに首つっこむ人達だべな。
笑っちゃうのよ。
おい、おまえ。おまえの事を心配してたぞ。
大丈夫なんでしょうかって。
何が大丈夫? だってよ。
オレ言ってやったの。
おまえの事、な〜んにも知らないくせに、大丈夫ですかってよ。どこの心配してんの?
何が言いたいわけ? ってよ。
な、おまえ、そうやって、横になってばっかりいるからそう言われんのよ。たまには、オレと一緒に出かけてみっか? な。
なーに。着る服なんて、今更気にすんなよ。
ハハハ、いやいや、いいんだよ。
愚痴だ。たまには愚痴でも言ってみたくなったんだよ。
だって、やっぱり痛えのよ。足が。腰も。
んで、最近はほんとーに、見えなぐなったなー、目よ。
おまえはどうだよ。目、見えでんのが?
ん? なんだ、おまえ、オレがしゃべってんのに、まだ、眠っちまって。
オレ、ちょっと出かけてくるわ。
帰りに、おまえの好きなあんパンでも買ってくるわ。
………………………………………
天気が良いんで、裏の山にそろそろ木の子でも出てんじゃないべかと思ってな。ついつい欲が出て、ずいぶん奥まで来ちまったな。
いやあ、そう簡単に見つかんないもんだな。
それにしても、昔はこんな小さな山はあっという間に駈け回れたものよ。
今じゃ、こんだけ来るのに、どんだけの時間かかってんだか。年とるって情けねぇな。
しかもよ、あんなに通いなれた山なのに、道がわかんなくなっちまって。
いや、でも大丈夫だ。
今までだって、何回も迷った事はあるんだもの。そのたんびに、新しい道、発見してな。
な〜んだ、これ、さっきの道に繋がってだんだ。って帰って来れたもの。
迷った分だけ新しい道が知れるのよ。
山歩きって、そういうもんだべ。
………。 つってもなんだべ。
今日は暗くなるのが早いなぁ、、。
そろそろ戻んねど、アレさ、あんパン買って行かねぇと、、。
…………………………………………
いや。参った。
こんな事は初めてだ。
昔っから行っき慣れた庭みてぇな裏山で、こんなふうによ。まさかまさか、迷ったってか??
林の間から、なんか明かりでも見えてくれればいいものの。
今日に限って真っ暗で、な〜んにも見えねぇんだもん。弱ったな。
こういう時は、闇雲に歩き回ったら焦るばっかりだ。いっかい座って休んでみっぺ。
あー、足がなぁ。ゆうこときかないのよ。
年とるって情けないなぁ。膝もバカになっちゃって。 あ、んだ。バカになるっていえば、昨日来たあの、首から青いヒモ下げた二人。オレのごど、認知症って言ってだな。
あれは、ボケてるってことだべ。
あの人達、なんでそう思ったんだべなぁ。
ボケてるように見えんのがなぁ。
「今のままじゃ困る、ちゃんとした暮らしをするには、人の助けを受け入れて」って。
オレ、なんにも助けてほしい事ないもんよ。
昔っから、うちのヤツは、体が弱かったから、料理も洗濯も、自分でやってたし。
うちのヤツだって、調子のいい時はよく働いたよ。あれはあれなりに、頑張り屋なんだよ。オレはそんでいいと思ってる。
それよっか、オレの稼ぎが良くねぇから、苦労かけたんだよ。
毎日、水でふやかしたような飯食ってな…。
でも、オレらはそんで良かったんだよ。
屋根があって雨風をしのげる家があって。
庭でじゃがいもっくらい作ってたしな、、。
自転車の修理と、中古自転車を売ったすお金で充分二人で生活できたんだもの。
だから、そういうもんなんだって。
あの人達に言ってやったの。
多少古くなったもんだって醤油で煮っちまえば食えるんだって。
料理の名前なんていらねえべ。ごった煮っつうんでないの? 知らねぇけどよ。
オレ、今までだって食い物捨てた事なんてあんまりねぇんだよ。
真っ黒い鍋のぞいて、「これはなんですか?」って顔をしかめてたのよ、あの女の人のほう。
人の食い物に、そんな事言うもんじゃねぇよって、オレ、言ってやったんだよ。
あ、そうそう。そん時に隣にいたメガネの男が、「認知症だから、、」って言ったんだよな。
オレ、飯食った覚えもあるし、金の計算もできる。字だって読めるんだから、ボケで無いよな。
ボケてはないんだけど、、わかんない事は増えたよ。でも、それは仕方ねぇの。
もうとっくに、オレらの時代は終わったんだもの。
ああ、足が痛えぇな。
お月さまでも出てくれると助かるのにな。
今夜はやたらと雲が厚いみてぇだ。
うちのヤツ、心配してっかなぁ。
心配して外に出たりしなきゃいいけど。
…………………………………………
ぁぁ、オレ眠っちまったのが…。
ここは…。
ぁぁ、裏山だったな。
いやぁ、ケツが冷てえ。だいぶ冷えたな。
まだ真っ暗だ。
よわったな。こんじゃ歩き出したところで、、
おん? あれは? あの明かりは?
『あんた、こんなところにいたの。心配したわよ』
あらぁ、おまえ、よくここまで来られだな。
『やだ、何寝ぼけているの? 家はすぐそこ。
目が悪くなっても、メガネもかけないから、あんた。そういう事になるのよ』
んだな。だけどオレは嫌なのよ。いろんなもんにくっつかれるのは。
メガネ、入れ歯、補聴器、、、隣のバアさんなんか、人工関節が入ってるだの、じいさんは心臓にペースメーカーだの、酸素ボンベだの、、ほんなの着けながら生きてるって、喋ってたべ。
オラァ、たくさんだ。そんなもんに頼ってまで生きていたくないもんよ。
さあ、んでは、帰るか。
あれ、立ち上がれねえ。
オレ、足、どうしちまったんだべ。
力、入んねぇのよ。
『無理しないでいいわよ…。もう時期、朝が来るから。このままここにいましょう。
わたしも一緒にいるから』
そうか? んじゃそうすっぺ。
しかしなぁ、、、年をとるって、情けねぇなぁ。
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