「カルマさん」

「カルマはどういう世界から来たの?」

「私の世界?別に何の変哲もない普通の世界よ」

「でもカルマって魔法が使えるんだよね?」

 カルマはキョトンとした表情をしていた。

「何を言ってるの?魔法を使えない人なんていないでしょ?」

 雄二は少し戸惑ったが、すぐに理解した。彼から見て魔法という存在が異端だったとしてもカルマにとってはそれが日常なのだ。

(カルマの世界は魔法が特別なわけじゃないんだな、それじゃあ逆に科学に関してはどうだろうか)

 そう考えた雄二はカルマにある質問を投げかけてみた。

「それじゃあちょっと聞くけど、カルマは木の棒を木材に高速で擦ると熱を発して火を起こすことができるという事は知ってる?」

「ん?どういう事?魔法で杖を使う人は知ってるけど木を擦る人なんか聞いたことないわよ」

「それじゃあモーターを回転させることによって電気を発生させられるという事は?」

「え?もーたー?何それ、電気は魔力で発電させるものでしょ?」

 やはりそうだと雄二は思った。彼が魔法を異端だと思うように、カルマにとって科学という物は異質なのだ。雄二は自分の世界のことについて色々と説明をした。さっき話した電気や火を発生させる方法、原子や分子、車や飛行機の事などをカルマへ語った。

「あなたの世界ってそんなものがあるのね。でもそんな方法で電気や火を起こさなきゃならないとか凄く手間がかかるね。空を飛ぶためにひこうき?を使わなきゃならないのもなぁ、私たちの世界なら魔法でちょちょいと出来ちゃうのに」

「確かになぁ、でも魔法が無い分先人たちが知識を振り絞って生活を楽にしてくれたし、魔法が無い生活もそんなに悪いもんじゃないよ」

「そんなもんかねぇ、でも初耳だったなぁ、磁気というものが存在してそれを利用すると電気が発生するなんて、私たちじゃ絶対に気が付けないよ」

「魔法があるからそういう知識は必要ないんだろうね、だったらそっちの世界は兵器なんてものも存在しないんだろうな」

「へいき?」

「人を攻撃するのに特化した物だよ」

「だったらこっちにも攻撃魔法があるわよ、別の世界から敵が攻めてきた時のためにね」

「そっちの世界の人たちは別の世界が存在することを知っていたんだね」

「まぁね、たまにどこからか現れてくるのよ。よく分からない飛行する円状の物体が」

 雄二は困惑した。自分のいた世界でも同じような話を聞いたことがあるからである。というよりそれはもう完全にあれだ。

「それって、UFO...?」

「え?そっちの世界ではあいつらをユーフォーって呼んでるの?本当に何を企んでいるのか分からないよね」

「こっちでは目撃情報は割とあるけどそれの存在はハッキリとしていなかったんだ。というかUFOって実在したんだね」

「私も見たことがあるわ。部屋一つ分くらいの大きさでピカピカしてた」

「そんなハッキリと姿を現してたの?こっちではそれらしいものがチラッと見えたくらいなのに」

「そっちに現れる奴は結構恥ずかしがり屋なのかもね」

「アハハ、そうだね」

 笑って済ませてしまったが、おそらくそういう理由じゃないんだろうなと雄二は思っていた。

(多分、警戒されてたんだろうな。同じ世界に居る人間を攻撃するために武装する人間たちを)

 その後もカルマがいた世界のことについて色々と聞いてみたが、やはり国同士でのいがみ合い等による戦争や冷戦は存在しないようだ。そもそも国境が存在しない。略奪や殺人などの犯罪ぐらいはあるのかと思っていたがそれすらもないらしい。

「カルマの世界って本当に平和なんだね」

「いやいや、雄二の世界ってどんだけ殺伐としてるのよ」

「うーん...僕にとってはそれが普通だからなぁ、むしろ平和過ぎるカルマの世界が怖い」

「なんでよ、平和なことが一番でしょ?何か問題があるの?」

「そういう訳じゃないけど...」

 慣れというものは恐ろしいもので、そういう世界で過ごしているとカルマがいたような平和な世界という物を不気味に感じてしまう。何か裏があるのではないか、散々上げられて最終的に落とされるのではないか、そのような事ばかりを考えてしまう。

(そういう平和な世界に住み続けてればそんな考えもなくなっていくとは思うけど、そうなったら多分日本では住めなくなるだろうな)

 カルマとは進む方向の違う分かれ道に差し掛かり、そこで彼女と別れた。

「それじゃあ、気が向いたら僕の家に来てよ」

「うん、分かった。それじゃあまた明日」

 雄二が彼女を気軽に家に誘うことが出来たのは間違いが起こらないという確信があったためである。雄二が最初に居た部屋は天界にいることによって発生する体の変化を防止するようになっており、その部屋から外へ出れば少しづつ体に変化が起き始める。まず最初に生殖機能が無くなっていき、それに伴って性欲も消失していくのである。今回、雄二はカルマを多少は意識していたが地上で女の子と関わった時ほどではなかった。ましてや彼女はあの美形だ。普段の彼であれば会話もままならなかったかもしれない。

 そしてあの空間から出た後しばらくしてから感じる下半身への違和感、まだ生殖機能は残っているのだろうが男の尊厳が少しづつ失われる感覚があった。

(もしかして僕は一生...どころか永久に童貞なのか...?)

 そう考えると無性に泣けてきそうになる。何かの拍子に元の体に戻りたいと思ってしまったらどうしようかと思い、そこら辺に関して明日にでもレナに聞いてみることにした。

その後しばらく歩いて地図に書かれている家に辿り着いた。茶色がかった壁と黒い屋根が特徴の平屋であった。奇抜なデザインではなく凄くシンプルな外装である。全く同じデザインの家が並んでおり、初めて見た時はどれが自分の家なのか分からなかった。しかしちゃんと雄二のフルネームが書かれた標識があったため、そこが自分の家であることを認識できた。

 玄関から中へ入ってみる。見回すと部屋は二つあり、一人暮らしにしては結構な広さだ。40畳と言ったところだろうか。部屋の一つはキッチンと広いテーブル、椅子がいくつかあり、もう一方の部屋はベッドだけがポツンと置かれていた。二つの部屋は横開きの扉で仕切られている。

(なんか贅沢な家だな...日本でこういう家に住むには結構苦労するんだろうな)

 ベッドのある部屋に入ると中は無駄にだだっ広く、ベットの存在に違和感を感じてしまうほどだ。入る前は気が付かなかったが、デジタル式の時計に似たものがベッドの近くの壁にかけられているのに気が付いた。時刻は19時をさしており、雄二の世界なら夕飯を食べる時間帯である。

-ぐぅ...-

 彼の腹の虫が鳴る音が聞こえた。この時計は雄二の体内時計に合わせて設定されているようだ。

(結構準備されていたんだなぁ、僕があの時異世界に行きたいって言ってたらどうなんてたんだろう。十中八九僕が天使になることを選ぶとみていたんだろうけど)

 彼は更に気になるものを発見した。ベッドが寄せられている壁とは対面になっている壁に大きさが雄二と同じくらいの白い扉があった。

(何だこれ)

 気になってその扉を開くと、中から冷気が出てくるのがわかった。どうやらそれは冷蔵庫だったらしく、野菜や肉、魚など様々な食材が大量に詰まっていた。食材は小分けにされており、よく見ると扉の裏にメモのようなものが貼られていた。

 そこには「容器に入っている食材が一日に必要な分の食糧です。雄二さんが食べ物を必要としない体になるまでに必要な量の食材が入っています。ちなみにお米はコンロの下にありますよ」と書かれている。

 雄二はコンロの下にある収納スペースを見てみた。

 確かにお米があったのだが

(これ玄米じゃん...)

 ここの人たちは地上から来た人間たちの健康をかなり気遣っているようだ。容器に入っていた食材も栄養バランスが良く考えられている。まるで子供を気遣う母親のようだと雄二は思った。

 その時彼の瞳から一滴の涙が流れた。恐らくもう家族と会うことは出来ないだろうと悟ったからだ。

(せめて別れの挨拶一つくらいしたかったな...)

 もしまた会えることがあるなら今まで嘘をついてたことやいままでの感謝を述べたいと思った。多分それすらも叶わないのだろうが。

 それに伴い自分を殺した強盗に対する怒りが体を巡り始めた。彼が死んでしまったのは銃口を向けられていた女性を庇ったからであり、それさえしなければ雄二は今ここにいなかったのだろうが、そもそもあんな事件さえなければ彼が死ぬことはなかった。

 あんな人間に自分の未来を奪われたと思うと悔しさで胸がいっぱいになる。

「くそっ、あんな事さえなければ...また違った未来があったかもしれないのに...」

 そう嘆いたところでもうどうしようもない。彼の死はもう決定してしまった事だ。どう足掻いてもそれを変えることは出来ない。

 そんな状態だと食欲も湧かない。しかし、まともに食事をせずにレナや他の天使たちに心配かけるのも嫌だったため、夕飯の分として用意されている食材の半分のみを食べることにした。料理をする気にもなれなかったため、洗った野菜を適当にかじった。食べている最中は野菜を食べているというよりも異物が喉を通っているような感覚であった。

 その後シャワーを浴び、気づくと時計は12時手前になっていた。雄二は地上にいるときには生活リズムだけは気を付けていたため、ここでも同じように12時きっかりに眠ることにした。急いで買ってきた遮光カーテンを取り付けた。

 カーテンが事前に用意されていないのはそれの好みが大きく分れるからである。花柄が好きな人や無地が好きな人など様々だ。雄二が選んだのは迷彩柄である。かなり好みが独特だ。

(やっぱり迷彩柄は良いよなぁ...男のロマンって感じがする)

 雄二はカーテンを見ながら感慨に浸っていた。カーテンを完全に閉めると遮光機能が優れているのか部屋は真っ暗になった。隙間からが光が差し込んではいるがそれもほんの僅かである。

 布団に入ったものの中々寝付けない。新しい環境に対する不安感、家族や友達との別れに対する悲愴感など様々な感情が渦巻いていたからだ。

 ようやく眠ることが出来たと思えば、その日見た夢の内容は最悪なものであった。夢の中の雄二は地上にいた。それはいつか見たことのあるようなシチュエーションで、夕日の中雄二は雫と並んで下校をしていた。

「なぁ、僕たちって本当に付き合ってるんだよね」

「今更何を言ってるの、もう恋人同士なんだから、ね?」

 そう言って雫は雄二の腕に抱きついた。雄二はというと照れているのか彼女とは反対の方に顔を向けて赤面しながら俯いている。

「何照れてるのさ。ほれほれ~」

 雫は雄二のわき腹を小突く。

「ちょっ、やめてよ」

「ほれほれ~」

 こんな感じに仲良く歩いている二人である。そして雄二は夕日を眺めながら雫に問いかけた。

「僕たちはもうずっと一緒だよね?一緒に遊園地いったり、プールへ行ったり」

「そうね」

「そうだ!今度僕の両親に雫を紹介しようと思うんだけど、どうかな?僕らの未来のために」

 そう雄二は笑顔で言うが、雫の顔色はかんばしくないものに変わっていく。

「未来か...」

「ん?どうしたの?」

「私たち二人の未来はもうないんだよね」

「え?なんで...?」

「だって君はもう」

 雫が何かを言いかけた途端、雄二は瞬間的に別の場所へ移動した。周りを見回すとここはコンビニであるらしいことが分かった。雫は傍にいない。

「な、なんだこれ」

 彼が困惑していると突如として男の怒号が聞こえてきた。

「金を出せ!!早くしろ!!」

 そう言うと男は懐から銃を取り出した。店内はパニックになった。そして客の一人である女性が急に泣き出した。

「誰か助けて!!誰か!!」

 すると男はその女性に向かって怒鳴り声をあげ始めた。

「うるせー!!静かにしないと殺すぞ!!」

 そう言って男は銃口をその女性に向けた。しかし、女性はパニックになっているのか泣き止む様子が無かった。焦った男は引き金を引いてしまう。

 そして危険を察知した雄二はその女性を庇うように銃口の前まで走っていった。

-バンッ-

 銃弾は雄二の腹部に命中し、彼は膝から崩れ落ちる。

 一瞬意識が消失したかと思えば気が付くと雄二はさっきと同じコンビニの中で何事もなかったかのように立っていた。腹の方を見ても傷一つない。

「どうなってるんだ...」

 そしてまた男の怒号が聞こえてくる。

「金を出せ!!」

 男は銃を取り出した。辺りはパニックになり客の一人である女性が泣き出す。

「助けて!!誰か!!」

 すると男はまた女性に向かって怒鳴り声をあげる。

「うるせー!!静かにしろ!!」

 そういって銃口を女性に向けるが女性は泣き止まない。そして焦った男は引き金を引いた。雄二は反射的にまた女性を庇うように銃口の前に立った。

-バンッ-

 銃弾は雄二の体に命中し、彼は崩れ落ちる。

 そしてまた時間は遡り、雄二は傷一つない状態でコンビニの中で立っていた。

「何なんだよこれ!!」

 雄二は叫ぶが誰も気に留めなかった。

 そしてまた男の怒号が聞こえてきたかと思うと、その男はまた銃を取り出した。そしてまた女性客は泣き出し、男は銃口をその女性に向ける。

「い、いやだ...」

 雄二がどんなに拒絶しようとしても彼の体は勝手に動き、銃口と女性の間に立ち上がった。

-バンッ-

 撃たれた雄二は崩れ落ちる。気が付けばまた時間は巻き戻って彼は何事も無かったように立っていた。

 そしてまた男の怒号が聞こえる、女性が泣き出す、雄二が銃で撃たれるという場面が何度も繰り返された。何度目繰り返したか分からなくなってきたところで雄二は泣き叫び始める。

「誰か!!誰か助けてくれ!!」

 しかし誰一人として雄二を気に掛ける者はいない。そして無慈悲にもまた同じ場面は繰り返された。

 その後も何度かループしもはや何の感情も湧かなくなったところで異変が起こった。

 撃たれる瞬間に時間が止まったのだ。

「え...なんだ...?」

 周りを見回しても誰一人として動かないという異様な光景だ。それと同時に強い安心感と温もりのようなものを感じた。今まで味わったことのないような感覚である。

 そこで夢は終わった。

 目を覚ました雄二は起き上がり、体を伸ばした。

「んーー...」

 起きた後しばらくしても最後に感じた温もりは残っていた。そのなんとも不思議な感覚に彼は首を傾げる。

「何だったんだろう」

 彼は起き上がり、カーテンを開けた。窓から差し込んでくる光はとても眩しかった。

 

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