第116話アルラウネ②

 ご褒美タイムがやってきた!


 まず真っ先に向かったのは、人ならざる者が棲まう巨城、デカス城。

 はやる気持ちを抑えつつ、入城してすぐさま地下施設へと駆け降りた。


 デカス山の天然洞窟を元に造った地下施設は、規格外の体格を誇る竜種ですら楽々格納できる巨大空間が広がり、使い魔達の指定帰還スポットとなっていた。

 ここは、使い魔達が過ごしやすいよう、洞窟の状態をなるべく維持したまま残してある。


 天井を見上げると、岩壁に何本も突き刺さっている宿り木で眠っていたハーピー達が、主人の帰還に喜び、鳴きながら飛び回り始めた。


「まだ、こいつらが残っているだけマシか」


 次々と舞い降り、絡み付ついてくるハーピー達を追い払い、更に先へ急いだ。

 岩壁に複数設置してあるガルヴォルン製の大きい扉の中でも、一番豪華な装飾が施された扉を勢いよく開け放つ。


 砂浜にビーチ。青い空に澄み切った海。そして、辺り一面には水平線がつづいている。

 それは、とても洞窟内とは思えない光景だ。

 端的に表すとすれば、そこは島国のリゾート地というのが適切だろう。

 実際には、海と幻覚する人工プールがあるだけなのだが。そして、お洒落な水上コテージがある。

 ここは、気に入った女型使い魔専用の指定帰還スポットで、プライベートルームだった。


 テツオは【探知魔法】で反応のあった水上コテージのひとつへ【転移】。

 間取りは、桟橋からリビングに続き、寝室があるだけの簡素な作り。

 設計者の思いにより、余分なスペースを極力排除した結果だ。

 さて、反応の主は、天蓋付きベッドの上で呑気に寝転がっていた。

 テツオは、寝室入り口の白い木柱をコンコンと叩く。


「待たせたな、アルラウネ」


 アルラウネはこちらに気付いた途端、烈火の如く怒りだした。


「ニンゲンめっ!よくもこんな場所に!森へ帰セッ!」


「おいおい、それが命の恩人にとる態度か?

 あのままだったら、お前は竜に殺されていたんだぞ」


 実際、殺されてたし。


「それが運命なら受け入れるだけダッ!」


 アルラウネが手を伸ばすと、硬質化した木の実が弾丸のように発射される。

 だが、テツオは一切避けない。そもそも避ける必要が無いのだ。

 結局のところ、木の実はその場でパラパラと床に落下した。


「お前は俺のモノになった。その運命を受け入れろ」


「そんな!何で攻撃が当たらなイ?」


「お前自ら外したんだ。

 使い魔は契約により、主人を攻撃する事が出来ない」


「待テ!何で服を脱グ?」


 テツオはゆっくりとベッドへ向かう。


「まだ気付いていないのか?お前はもう俺を受け入れる準備が出来ているんだ」


「嘘ダ!」


「と言いつつも、お前はずっと俺の下半身から目が離せない。そして…………」


 アルラウネは胸の辺りを人差し指で軽く押されると、そのままベッドへ包まれるように倒れ込んだ。


「お前は、一体いつから、自分が全裸じゃないと、錯覚していた?」


「えっ?」


 アルラウネはテツオから目を離し、自分の身体へ恐る恐る視線を落とした。

 そして、剥き出しになった胸を見て、大きく目を見開いた。

 花弁や蔓、蔦といった服を構成していた植物が、いつの間にかシーツ上に散らばり、まるで美術品のようにベッドを彩っている。


「何デッ?」


「お前の本能が、マッサージを受けようと勝手に身体が反応してるんだ。つまり、お前は何も拒めない」


 テツオは、抵抗できないアルラウネの上に勝ち誇るように跨った。

 アルラウネは険しい顔をしているが、身動きが全く取れない。


 ニンゲンが、今まさに動けない自分へキスしようと、ゆっくりと近付いてくる。

 捕食対象のニンゲンなんかに支配される憤りと屈辱。


「うぐぐーッ!」


「グヒグヒ、可愛らしい唇ゲットだじょー」


「んんーッ!」


 ところが、人間の唇が触れた途端、身体の中に何かが流れ込んできた。

 それは、濃厚で芳醇な魔力だった。

 全身が高揚し、幸福に包み込まれる。

 死と隣り合わせの森では感じる事の無い絶対的な安心感。

 騙されてはいけない。これは、使い魔に落ちた者への呪縛なのだ。


「フヘヘ、トロンとした顔しやがって。キス一発で落ちてるじゃねぇかよ!」


 人間がいやらしく笑っている。

 最低で最悪だ。

 それなのに、私の意思と関係なく、全身が喜んでいる。

 全て、まやかしに過ぎない。

 どんどん身体が麻痺していく。私がよく使う麻薬植物の効果と同じだ。


「もうビチャビチャじゃねーか。いくらなんでも感じ過ぎだろ?イヒヒ、もう施術しちまうか」


 挿れてもらえる!嬉しい!

 違う!挿れては駄目だ!

 欲しい!離れたく無い!

 違う違う!


「酸があるから、危なイ!」


 私は何を心配していル?


「うへへ、大丈夫、大丈夫」


 人間は、何の遠慮もなく私の脚を広げ、何の抵抗も無く私へマッサージした。


「ああアーーッ!」


 気持ちいい!凄い!これはもう無理だ!

 抗えるワケない!逆らえるワケない!

 キスとは比べ物にならないほど、強烈な魔力が身体を突き抜ける。

 コレを知ってしまったら、もう…………離れられないぃ。


 気がつくと、ご主人様から離れたくない一心で必死にしがみ付いていた。

 私から大量の液体が漏れ出している。

 ああ、私の酸がご主人様を傷つけてしまったかもしれない。

 恐る恐るご主人様を見ると、硬度と速度を維持したまま私の患部をマッサージしていた。

 無事どころの話では無い。元気いっぱいだ。


「うはぁ、気っ持ちえぇ。これが、アルラウネのカラダかぁ」


「ご主人様、大丈夫なノ?……ですカ?」


「うひひ、当たり前さね。使い魔は主人を決して傷付ける事は出来んのよぉ。

 つまり、酸は出ない。

 それより、やっとご主人様と認めたようだな。よし、褒美をやろう!

 気をしっかりもてよ、ピストンモード三倍だぁー」


 いきなりとてつもない速度で、マッサージ器を振り出すご主人様。

 まるでおもちゃのように私の身体を激しく乱暴に揺さぶり、最後は腰を奥までねじ込んで、爆発したかと思う程、勢いよく大量に発射した。

 その一撃で頭の中が真っ白になった。



 ————夢を見ている。


 そこは森の奥底。

 邪悪な大樹の片隅に、ただの花の精だった頃の私がいた。

 森の全てが、悪魔に呪われてしまった。

 日の光は決して届かず、このままではいずれ私は消え去ってしまう。

 嘆き、怯える事しか出来ない無力な存在。

 底なしの闇の中、死臭漂う残滓を養分にして生き延び、いつしか血肉を喰らう妖魔アルラウネと変わり果てていた。

 年月を経て、ついに森を駆け巡るようになり、久方振りに再開した賢者ドルイド様が、強くなった私を見て嘆く。

 救ってやれず済まない、と。

 意味が分からない。

 私は、あの暗闇から生き延びてこれたのに。

 この森の中では、悪魔にさえ逆らわなければ、消される事は無い。


 ————救う?


 強い光に照らされている。

 眩しくて、暖かくて、すっごく気持ちがいい。

 私は日の光が大好きだ。

 少女が宙を舞い、日の光を全身に浴び、楽しくて笑っている。

 少女は、花の精だった頃の私。闇に堕ちる前の私。

 ようやく、気付いた。

 私は、…………助けて欲しかった。

 ドルイド様、私は、救って欲しかったんです。


「おいおい、またロリになっちまったぞ!おい!コラ!」


 ————頬を叩かれ、私は目が覚めた。


「中の蔓がいい具合に絡み付いてよぉ、気持ち良かったのによぉ」


「あ、あっ、アッ、あフッ」


 どうやら、意識を失っていたらしい。

 その間もずっとご主人様は、私に施術してくれていた。

 大量の魔力が注がれ、私の身体は蕩けに蕩けている。

 不意に、目から何かが流れ落ちた。

 それは、花の精だった頃の私ならよく知っているモノ。

 とても熱いその液体は、何故なのか流れ続けて止まる気配がない。


「うおっ、何で泣くんだよ。強く叩き過ぎたか?それとも、急に身体が縮んだから、俺のマッサージ器が太過ぎて痛いのか?」


「これが私、花の精アルラウネの本当の姿なノ」


「知ってんよ、前に見せただろ。頭おかしくなったんか?

 んな事より俺ん中で、ロリ適正が目覚めてきたんかもしれん。めっちゃムラムラしてきた」


 暗闇から私を救ってくれたご主人様。


「年齢不詳の妖魔といえ、大人びてるといえ、見た目完全に小学生やん。いうて小五くらいか?金髪ティーンモデルやん。こんなんええんか?ええんか!オッ?」


 私の全てを受け入れてくれたご主人様。


「あぁ、上がってきた。よしフィニッシュ、イクぞ」


 身体が小さいから、ご主人様にすっぽり包まれている感覚。

 何かぶつぶつと言いながら、マッサージ器を色んな角度から捩じ込むご主人様。

 快楽に何度も気を失いそうになりながら、最後の魔力を全身で受け止めた。

 ドルイド様、私もう幸せ過ぎるよぉ。


 ご主人様は、私をベッドに投げ捨て、プールサイドの椅子に寝転がり、酒とかいう飲み物を飲みながら、また何か独り言をぶつぶつ呟いている。


「パツキンなのに毛先ピンクとかギャルっぽいし、身体もエロいし、よく見たら結構整った顔やし、しかも、ロリ系と切り替え自由やし、香草、麻薬と植物系全般活用可能やし、コレ、大当たり引いたかもな。

 ん?お前、何、顔赤くしちゃってんの?」


「生まれてから、褒められた事なんて一度も無かったかラ」


「そうか、これから色々経験したらいい。でも、この城には、お前以外にハーピーしかいないんだよなぁ。

 余った魔力でガチャでもしとくか。

 よし、場所を替えるぞ」


 ガチャとは何だろうか?

 ご主人様の【転移】により、どこか広い空間へやってきた。

 全裸だった私は急ぎ、植物装衣を身に纏う。


 ご主人様が、どこからか禍々しい魔玉を取り出し、なんの躊躇なくソレに魔力を込め始めた。

 瞬く間に、ご主人様の周囲をドス黒い闇が取り囲んでいく。

 人間がここまで邪悪な魔力に耐えられるなど聞いた事がない。

 なんて危険な行為だ。

 すると、闇に取り込まれ黒い靄と化したご主人様がこちらへ振り向き、不気味に笑い出した。目が赤く光っている。

 もしかして、ご主人様は人間じゃない?


「まさか!そんな事が?しかし、だとしたら?いや、間違いない。フハ、フハハハハ!」


 宙に浮かび上がった魔法陣が回転しだす。

 閃光が迸ると、光の向こうに複数の黒い影が浮かんでいた。


「まさか、再び会えるとは、な」


 召喚魔法陣より、インキュバスが三体、サキュバス一体、リリム一体が出現した。

 え?人間って、一瞬で悪魔五体を召喚できるものなの?


「お兄ちゃーん!また会えたねぇー」

「坊や、嬉しいわぁ」

「まさか、ご主人様に再びご召喚頂けるとは」


 あられもない格好をした淫魔サキュバス夢魔リリムが、ご主人様へ一直線に飛び付いた。

 インキュバス三体は地に降り立ち、片膝を着いて平伏している。

 形はどうあれ、悪魔達はご主人様に絶対の忠誠を誓っているようだ。


「死んだ筈のお前達を、再び召喚出来たのは想定外だった。

 まさか、名前を付ける事にそんな効果があったとはな」


「えー、そうだったんだぁ。アタシはミルク」

「ワタシはプリンよねぇ」

「我々は、レッド、ブルー、グリーンが名前だったのですね」


「ハッハッハ、インキュバスにまで、名付けたつもりは無かったんだがな。

 ともかく、お前達にはまた役に立ってもらうぞ」


「恐れ多く」

「はぁい、またいっぱい可愛がってね」

「次は死なせないでよぉ、坊や」


 ご主人様が再び目を不気味に光らせて笑いだした。

 凄まじい魔力が私の身体を震えさえる。

 正直、怖い。

 危険地帯デッドゾーンで生き延びた私に、匹敵する力を持つ悪魔を多数従え、それでもまだ魔力を無尽蔵に残しているなんて、まるでその昔、森を蹂躙した魔王のようだ。

 私は、とんでもない人間の使い魔になってしまったのかもしれない。

 だからといって、今更森へ戻る事は出来ない。

 私は既に、身も心も全てご主人様のモノなのだ。


「…………ご主人様、私にも名前を付けて下さイ」


 私は頭を下げ、ご主人様に懇願した。

 しばらく反応が無かったので、恐る恐る見上げると、彼は平伏す私をじっくり眺めながら、ニヤニヤしているではないか。

 そして、みるみるうちにマッサージ器が膨らんでいった。

 半裸に近い格好をしている私の、特に露出した箇所に、ご主人様の熱い視線を感じる。

 ようやく、気付いてしまった。

 花が甘い蜜を出して虫を誘うように、私の本質は、人間を誘惑するようにできている。

 自分自身、気付かないうちに、ご主人様の気を惹こうとしていたのだ。

 これが、アルラウネの性。


「あら、この子、いいの持ってるじゃなぁい。すっごくいい匂い」

「本当だぁ、男を虜にする芳香と蜜ってヤバぁ」


「よし、いいだろう。お前の名前を考えるから場所を変えるぞ」


「えー、待ってぇ兄ちゃあん。アタシ達も連れてってよぉ」

「坊や、淫魔サキュバス夢魔リリム技能スキルに、この子の素質も加えたら、すっごい事になりそうよ?」


「ふむぅ。魅力的な提案だな。

 よし、四人でマッサージしながら名前を決めようか」


 その後、水上コテージへ移動してからの記憶が一切無い。

 それでも、ベッド上でまだ気絶しているプリンとミルクが、全身ずぶ濡れになっているので、ここで何があったのかはハッキリと分かる。

 私自身も、下半身がガクガクで、身体に力が入らない。

 ふと、影に気付いて上を見上げると、ご主人様が宙に浮いていた。


「起きたかね」


 返事をしようとすると、口の中が何かの液体でいっぱいになっていた。


「喜べ。三体計十五回の荒業を乗り越え、お前の名はついに決定した。植物系、いや、スイーツ系使い魔に相応しいその名前は……」


 私はゴクリと口の中にたっぷりあった液体を飲み込んだ。


「苺ちゃんだ」


 私の名前はイチゴ。

 名付けられた瞬間、私の身体の芯が燃えるように熱くなった。ご主人様から魔力が耐えず流れてくる感覚がハッキリと分かる。

 決して逃れられない絶対的支配に入ったという事だ。

 でも、それが堪らなく嬉しい。

 嬉しい!嬉しい!

 怖い事なんて何も無い!


「何故こいつらが、未だ気絶状態から目覚めないか分かるか?」


「ふぇ?」


「つまりは、そういう事だ」


 ご主人様のマッサージ器が、再び私の患部にほんの少し触っただけなのに私は激しく反応してしまった。

 瞬時に身体が理解する。

 ご主人様との魔力パスがより密接に繋がった為、感度が異常な程、高まっているのだと。


「ウハハ、この反応を見るのが楽しいんだよ」


 気が遠くなり気絶するまでの間、ご主人様は楽しそうに笑い続けていた。

 ご主人様は、きっと人の姿をした魔王に違いない…………

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