第79話エルドール

 さて、久々にエルフの国へとやってきた。

 思えばジョンテ領に来てからは一度も訪れていなかったな。

 時間を戻しまくったせいで随分と懐かしさを感じてしまう。


 風の精霊の織りなす七色の光幕が空を覆い、妖精や幻獣の類が踊る様に宙を舞っている。

 透き通った川を見れば、火の精霊が悪戯に発火を繰り返し水を巻き上げて遊んでいる。

 次々と発生する不可思議な超常現象を見ているだけで時間を忘れてしまいそうだ。


 だが、それもここに住む女性の容姿が目に映るまで。

 あの美貌を見てしまうと動きが止まってしまう。

 まさに釘付け状態。

 エルフ族でも、特に稀有な存在となるハイエルフのお姉様方は一際目を惹く。

 この世界に現存するハイエルフの数は僅か十六人。

 女性の個体は半分の八人しかいない。

 エルメス、メルロスを抜かせばたったの六人だ。


 メルロスが言うには、五百年以上生きたエルフが稀に大精霊に認められハイエルフとなるらしい。

 悠久の歳月と精霊の神秘が揃った至高の美。


 メルロスにだって、いまだに綺麗過ぎて目を奪われる事があるくらいだし。


 長老のいる宮殿に向かって歩いている際、水で出来た橋に佇むハイエルフ二人が目に入ってしまった。

 すると、彼女達がこちらに気付き、手を振りだすではないか。


 え?俺?

 俺に手を振ってんの?

 いつの間にやらワタクシ人気者になっちゃってる?


 二人は急ぐ様にこちらに向かい走ってきた。

 水色のヒラヒラした衣が胸や股を隠す程度で、腰や肩など丸出しの半裸に近いお召し物に、ムラムラと興奮する。


「こ、こんにちは」


「「リリィ」」


 必死に絞り出した挨拶は掻き消され、二人の美女は俺の後ろにいるリリィの手を取ってはしゃいでいる。

 あ、あー。

 そうよね。そうだよね。

 俺な訳ないよね。

 クスン……


「えっと、約束の髪飾り、……持ってきてくれた?」


「もちろんよ、アナリンド。

 イアヴァス、貴女にもよ」


 どうやらエルドールに稽古に来ているうち、リリィはハイエルフの女性達と仲良くなったらしい。

 ジョンテ名産の白金細工のティアラをアナリンドとやらに、ネックレスをもう一人のイアヴァスとやらにプレゼントする。

 くっ……名前覚えきれないかも。


 二人は完全に俺に背を向け、リリィと盛り上がっている。

 リリィが誰かと仲良くしているのは微笑ましい光景だし、こんな近くで超絶美女二人の半ケツや腰の括れ、剥き出しの美脚がじっくり見れるのも絶景ではあるが、この一人取り残された感はちょっと悲しい。

 俺の視線に気付いたリリィが、ウィンクして俺にごめんねと口パクで伝えてきた。


 エルフ族、特にハイエルフは感情に乏しく、興味を持つもの以外には極端に無関心なところがある。

 ここにいても野暮ってもんだ。

 テツオはクールに去るぜ。


 ————長老の部屋


「こんにちは、エルメス様」


「こんにちはテツオ。

 ふふ、人間の挨拶というものは面白いな」


 いつもの玉座には、至高の美の頂点が座っていた。

 衣装は透明な薄膜が何重にも巻かれた様な精霊のローブを纏っている。


 ……ゴクリ。


 それにしても、また一段と美しくなってないか?

 どんな絵画も、どんな生花も、この美は決して表現出来ないだろう。

 後光が差すエルメスの佇まいを、芸術作品を後世に残す使命感に駆られる様に魔力媒体に保存した。

 ポスターにして部屋に飾りたし。


 胸部を見るとどことなく影がうっすらと……

 あれって位置的に先っちょでは?


 ……ゴクリ。


「テツオ、聞いておるか?」


 ……ん?

 はっ!


「まずはよだれを拭け」


「おっと、これは飛んだ粗相を。

 下界での稽古中に顎が砕けてたようです」


「ふふ、何を言ってるのやら。

 ともあれ、かなりレベルを上げた様だな。

 お主の凄まじい魔力に国中の精霊達が騒いでおるわ。

 して、此度はなんだ?

 話があるのだろう?」


 流石は【千里眼】の持ち主。

 俺の急激な強化に気付いている。

 さっきのハイエルフも、みだりに魅了してヤッてしまうと、いくら時間を戻して記憶改竄しようが、この国での事象は全てエルメス様にはお見通しだ。


 ジョンテ領に来てから今までの経過を報告する。

 そして、ジョンテ領の南の森、プレルス領の大渓谷を調べて欲しい旨を伝える。


 女王は快諾し【千里眼】をする為、目を閉じて集中力を高めていく。

 なんて集中力なんだ。

 間近で胸を凝視しても、思い切って指で突いても何の反応も無い。

 まるっきり無防備だ。

 悪戯心に火が着いちゃうよぉ。

 アッチェンデレッ!


 ————————


「ふぅ、お主の言う通り森には多数の拐われた人間達が、その近くに強力な魔力が視えるな。

 魔王級の魔族がいるやも知れぬ。

 それだけではない。

 森には決して侮れないいくつもの脅威があるようだ。

 ん?

 ……テツオ?」


 俺はエルメスのローブを形成する薄膜を一枚また一枚と懸命に捲り続けていた。

 何枚捲れば先端が透けてくるのか?

 見えちゃうのか?

 夢中になり過ぎて、【千里眼】が終わった事に気付かなかった様だ。

 いうなれば、俺にだってかなりの集中力がある証拠である。

 残念ながら陰影のまま進展なく、ストップがかかってしまった。

 テクニカルノックアウト、TKOだ。

 何の成果も得られませんでした!


「すいません。

 どうなってるのか気になって……つい」


「困った奴だ。

 まぁよい、一旦離れよ」


 お預けを食らってしまった。

 怒られるかと思ったが、エルメスとは朝まで何度も抱き合った仲だ。

 お咎め無し。エルフの女王は寛大である。


「それで、脅威というのは具体的にどういう事でしょうか?」


 対面の椅子に戻り、相変わらずまずい紅茶で一息付いた後、気になる事を訪ねる。


「竜種だ……」


 東の森にいた恐竜種ではなく、南の森には古代に猛威を振るった竜種がいるらしい。

 今はまだ眠りについているようだが、悪魔がいる影響でいつ目覚めるかは分からないという。

 もし、森を抜ける道を探すのなら、竜の領域は決して侵さぬよう、と念を押された。


 竜……


 俺の知っている竜が、巨大な蜥蜴または蛇に羽が生えた容貌かと聞くと、エルメスがそれは一つの形に過ぎないと警告する。

 竜種は魔獣を遥かに凌駕する力を持つ。

 永く生きた古代種は竜人として人の容貌になる事もでき、更に高位となれば竜神などと呼ばれ、その神通力は人智を超え、悪魔の冠位級、魔王級であっても遅れを取る事があると。


 三百年前の戦争時、魔族がこの大陸を手中に出来なかったのは竜種の存在があまりに大きかった。

 その竜種も戦争でかなり数を減らした。

 決して人類の味方をした訳ではない。

 魔族に領域を侵されたせいだ。

 その領域に侵入すれば魔族であれ人間であれ、すべからく制裁を受けるだろう。


 悪魔、天使ときて、竜までお出ましか。

 この世界はほんとに出鱈目な存在ばかりだ。

 被害者である人類に同情したい。


「やはり、南の森を抜けるのは大変そうですね」


「流石のテツオでも、魔法を制限された環境で魔族や竜種を相手にするのは厳しかろう」


 確かに。

 ぐうの音も出ない。

 レベルアップしたとはいえ魔力を思う存分使えないのは不安しかない。

 しかも南の森の面積はとてつもなく広いときている。


「エルフ族なら何とかなりますか?」


 俺にはメルロスがいる。

 彼女で何とか出来るならパーティを組んでいきたい。


「精霊の加護を授かる一部エルフと、ハイエルフならば精霊魔法が使える。

 いくら森の植物でも万物を司る精霊の力を抑える事は出来ぬ」


 精霊魔法なら弱体も封印もされないのか。

 となると東の森で、メルロスは精霊の力を使っていなかったのか?

 いや、恐竜が攻撃してきた時に、ノムラさんはメルロスを守っていた。


「メルロスも精霊魔法使えるんですよね?」


「もちろん、使える。

 いや、使う事が出来ると言った方がいいかの。

 あの子はまだ精霊の力を使いこなせていないのだ」


 精霊の力を自在に引き出せる様になれば、戦士長アムロドの様に精霊魔法を使いこなせるらしい。

 そうなんだ。

 感想としては勿体ないと言わざるを得ない。

 精霊の加護を受けたアムロドは反則級の強さだった。

 あそこまでじゃなくてもいいから、精霊の力を使えるようになって欲しいな。

 頼んでみるか。


 それよりも問題は、俺が役立たずって事だ。

 あの植物に対抗する手段が無いのかをエルメスに聞いてみた。


「……ふむ。

 あれらの植物は魔力を何もかも吸い取る訳では無い。

 そうだな……、お主は森に精通する魔法使いと出会っているであろう?

 その者に聞いた方がいいだろう」


 タンタルの森の魔女エレオノール。

 エリンの事を言っているのか。

 確かに彼女ほど魔法に詳しい者はいない。

 エリンには魔法の修行に来いと言われていたが、結局基本的な事しか教わっていなかった。

 最近会っていなかったからちょうど顔を出すにはいいタイミングか。

 ただ、彼女の使い魔である淫魔サキュバスには注意が必要だ。


「分かりました。

 後で訪ねてみます」


「うむ。

 それと渓谷についてだが。

 最深部は闇に覆われ、私でも視れぬ。

 最深部の危険度は南の森に匹敵するだろう」


 怖いな。

 この世界、危険な場所が多過ぎじゃないか?

 エルメスが言うには、ボルストン各領地に一つ以上は、冒険者達が危険地帯デッドゾーンと呼ぶ高難度のロケーションがあるみたいだ。

 流石に全部攻略するとか命がいくつあっても足りないな。

 とりあえずは魔族を探し出し、倒す事に専念しよう。

 そこでだ。


「エルメス様、折り入って相談なんですが。

 ご褒美をですね、他のハ、ハイエルフの女性とも交流出来る様にしていただけないでしょうか?」


 言ってしまった。

 途中、声が裏返ったが言い切ったぞ。

 俺はハイエルフ全員と交流したい。


 エルメスが珍しく目を見開いている。

 ショックを与えてしまったか?

 だが、もう後には引けない。


 女王と見つめ合ったまま、しばらく沈黙が続いたが、居た堪れなくなって目を逸らしてしまった。

 すると、溜息が聞こえてビクッとする。

 手に汗が滲む。

 緊張感に包まれる。

 エルメスに好意がある様に言っておきながら、抱いておきながら、他の女とも仲良くしたいと言ってるんだから虫が良すぎる話だ。

 常識的にも最低最悪発言だろう。


 沈黙を破る様に、エルメスが口を開く。


「……いいだろう」


 え?いいの?


「だが、魔族討伐の褒美は私との交配に限る。

 他の子らとマッサージしたいのであれば、大渓谷や南の森といった危険地帯を攻略する事を条件としよう。

 これは往々にして、魔族討伐よりも厳しいかも知れぬ。

 どうだ?それでも挑むか?」


 むむむ。

 そう来たか。

 悩んでいると、エルメスは薄笑いを浮かべて俺を見ている。

 なんてクエストを増やすのが上手いんだ。

 ついでに、しっかり自分とマッサージする流れはキープしてるじゃあないか。

 エルメスの性に対する扉は既にガン開きか?

 しかも、俺はちょっと物怖じして交流って言ったのに、女王はマッサージと拡大解釈してくれているぅ!

 話が早くていいぃー!

 ハイエルフマッサージ確定ならば!

 コンプリートする為ならば!


「分かりました!

 やりましょう」


「ふふふ、威勢がいいな。

 だが、命だけは大事にするんだぞ。

 引く事も大事だ」


 無理難題を吹っかけ、いつもの涼しい顔に戻るエルメス。

 俺には無理だとたかを括ってるその余裕の笑みを崩すのが楽しみになってきたぜ!


 ぶっちゃけ恐怖しかないけども!

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