第76話プレルス領②

 なんでこんな目に……


 まぁ確かに、通常時の俺の実力なんて銅等級ブロンズに毛が生えたようなもの。

 良くて銀等級シルバーになれるかどうか。

 魔法を使わなければこの様に、誰かよく分からない人の尻すらモロに食らっちゃう訳で……


 後で知ったんだが、このとてつもなく深い渓谷を往来する為に、渓谷内に吹く強風を溜め込み、街まで一気に飛んで戻れる射出機シューターと呼ばれる装置があった。

 魔物の強靭な体毛で編まれたロープと風を溜め込む性質の皮膜で作られた落下傘で空から降りてきたところ、クラン専用の落下地点に俺が呑気に突っ立っていた、と。


 人様に尻撃を食らわせてただで済ますわけには当然いかない。


 尻が当たった直後にすかさず時間を遅くした。

 目の前に股がある。

 かなり短いショートパンツからは下着が見えてしまいそうだ。

 装備は見た事が無い鉱石の胸当てだけ。

 こんなお腹丸出しの軽装でこの危険な渓谷を探索しているのだろうか。

 肝心なお顔立ちですが、眉太な部分はちょっぴり気が強く生意気そうだが、大口開けてビックリした表情はちょっと可愛いかも。


 さて、このまま着地すればこの空気抵抗を失った皮膜は二人の身体を覆い隠すだろう。

 この俺にスカタンなどと暴言を吐き尻撃を喰らわせたお仕置きを与えなければならない。


 時間を戻すと、女は俺の上に落下した。


「いってぇ、なんなんだ……よ?」


 女が違和感に気付き、下半身を恐る恐る確認する。


 何人かのパーティで帰還したみたいだが、皮膜がテントの様に二人だけの空間を演出し、中の様子は誰からも見えない。


「ぎゃーー!

 何でだよ!

 何でこれが、は、入って……る?」


 ふふふ。

 さぞかし驚かれた事で御座いましょう。

 落下速度を利用してお召し物の隙間目掛けてマッサージしてしまいましたぞ!


「う、うぅぅん……」


 ええ、私はあくまで被害者。

 下で衝撃を受け気絶したフリを致しております。


「チッ、気絶してんのかよ。

 にしてもクソっ!こいつ誰だよ!」


 起き上がろうとする女の脚を掴み、下から突き上げマッサージする。


「うわぁっ!」


「あ、気持ちいいー。

 夢なら覚めて欲しくないなー」


 棒読みの台詞を吐きながら、寝たフリからの鬼マッサージ。

 多少強引ではありますがこのままお付き合い頂きますよう。


「くぅぅ、やぁ……めぇ……ろぉ……

 夢じゃなぁ……いぃぃぃ」


 名も知らぬ女は身をよじらせて耐えている。

 フィニッシュ前のフラッシュピストンだ!

 うおぉぉぉぉお!


「出るッ!」


 お仕置きマッサージ完了!


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 彼女の荒い息遣いが皮膜テント内の温度を上昇させている。

 ゆっくり目を開けると女と目が合った。

 羞恥塗れの顔が可愛いじゃねぇか。


「あなたはだぁれ?」


「テメェ、ブッ殺してやる!」


 女はマッサージ器を挿入したままにも関わらず俺の首を絞め始めた。


「うぐっ、そんな横暴な!

 って、ええ!?

 私、マッサージされてる?」


「ふざけんなっ!

 オレの初めてをこんな……」


 なんと!

 こんな猛々しい女戦士が初めてとな!


「まぁ、お互い事故って事で痛み分けにしておきましょう。

 私、忙しいのでこれにて御免!」


 彼女を押し除け、さっと皮膜テントの中から脱出し、恐らくクランメンバーと思われる人垣を掻き分け、街へと向かって一目散に走った。

 ここは決して振り返ってはいけない。

 ランれ、ランれ、ランれ!


 入り組んだ風除けの障壁群をジグザグに走り抜け、街の広場まで戻った。


「ふぅ、追手は無し……か」


「逃がすかよ!」


 さっきの女の声が聞こえると同時に地面に身体が激突した。

 両脚に激しい痛みが走る。

 蹴られて転かされたようだ。


「あんな事しておいてすんなり帰れると思うなよ!

 だいたい誰なんだよ、お前は!」


 かなりご立腹の様子。

 これは仕方がない。

 魔法でうまく躱して、タイミングを見計らって身を隠し【転移】で逃げよう。


「私はただの通りすがりの者です。

 そちらこそなんなんですか?

 いきなりこんな暴力行為をして!」


 ゆっくりと時間を稼ぎながら起き上がり、身体に【ウィンド付与魔法エンチャント】を纏わせる。

 今の蹴りは恐らく手加減だ。

 金等級ゴールドの力量なら、脚の骨は粉微塵になっていただろう。


「ぶっ飛ばしてやる!」


 女は拳を振り上げて襲いかかってきた!

【風の障壁】がその拳をガードすると思いきや、魔法効果がみるみる消えていくではないか!

 拳は俺の顔に見事にめり込み、宣言通りぶっ飛ばされた。


 えっ?えっ?

 どうして魔法が解けていくんだ?


 俺から漏れゆく魔力の粒子の流れを目で追うと、街に複数建造されている風除けの壁に吸い込まれていく事に気付く。

 壁の模様はデザインではなく魔法陣であり、所々に埋め込まれている魔石は魔力吸収の効果があるのか。


 くっ、なんだよそれは。

 じゃあ、そもそもこの地域、いや谷から吹いている風は魔法に依るものだっていうのか?

 こんな強烈な風を生み出し続ける魔力の正体は一体なんなんだ————。


 のんびりそんな事を考えている場合じゃない。

 怒り心頭で近付いてくるこの野蛮な女戦士をなんとかしないと……

 全く魔法が使えないという訳ではない。

 より強く魔力を出し続ければ、【付与魔法エンチャント】は消えないようだ。

 いっそ【魅了】するか?

 いや、却下だ。

 こんな野蛮な奴に惚れられたくない。

 よし、【洗脳】だな。

 最大出力でいけば多少時間がかかるが、大人しくなるだろう。


「いいから名を名乗れぇっ!」


 女が俺に飛びかかってくる!

 迫力にちびっちゃいそうだ。


 だが、次に吹っ飛んだのは女戦士の方だった。

 倒れる俺の目の前に柔らかそうな丸い小尻が現れた。

 この尻は知っている。

 ニーナの尻だ。

 ニーナの尻が俺のピンチに駆け付けてくれたとは、……ジーンとくるなぁ。

 きっちり調教した甲斐があった。


「コレ殺していい?」


 小尻が女戦士に殺気を放つ。

 女同士の睨み合いで、二人を取り巻く空気がピリついているようだ。


「死にたくなかったら邪魔すんじゃねぇ、小娘」


「くくく……、死ぬのはオマエだ」


 まずいまずい。

 せっかく足を洗わせたってのに、暗殺者アサシンにまた仕事をさせてはいかん。


「セリーナ殿、こんなところに居られたか」


「団長〜、そいつらなんかしたんすか〜?」


「団長、また対人戦?

 あんまり強そうには見えないけど」


 ぞろぞろと女戦士の取り巻き三人が現れた。

 渋いおっさん、薄笑いを浮かべる兄ちゃん、無表情の美少女。

 その三人の腕には金等級ゴールドを示す腕章が巻かれている。

 先程、乗降場で見た団員達だ。

 こんな野蛮な女のくせに、団長だったのか。


「興味ないんで帰りまーす」


 女団長が帰ろうとする少女団員へと視線を送った隙を見逃さず、ニーナが気配を消した。

 流石は暗殺者アサシンといったところか。

 音も無く女団長の背後に忍び寄り手刀を放つ。

 だが、手刀は当たらない。

 渋いおっさん団員の投げた縄がニーナの腕を絡めとったのだ。


「街での戦闘は禁止されておる。

 これ以上は見過ごせぬな」


 この領地でも人間同士の闘争は禁止されているらしい。

 常識の分かるまともな団員がいてよかった。


「ふん、ふざけるな。

 先に手を出したのはこの女だ。

 こいつは殺す」


 殺人宣言するニーナが宙を舞うと拘束が一瞬で外れた。

 凄くないか?

 いやいや、それよりもう帰りたい。


「むう、私の縛縄から逃れるとは……」


「手を出すな、アンリ!

 用があるのはこの男だけだ!」


 セリーナと呼ばれた女団長は、身を翻しニーナを突き飛ばすと、またも俺に向かって飛んできた。

 アンリとかいうおっさん!

 その縄テクでこいつ止めてくれよっ!

 もう怖過ぎる。


 やはり【洗脳】するしかないか?


 セリーナが胸ぐらを掴もうと凄いスピードで手を伸ばしてくる。

 えっと、これを超える速さで【洗脳】って効くのか?

【時間遅行】してから【洗脳】した方がいいのか?

 などと考えてる内に胸ぐらを掴まれ持ち上げられてしまった。


「さぁ!

 名を名乗れっ!」


「ゔゔぅぅ……ぐるじぃ」


 いつの間にか周りには人集りができていた。

 戦士とはいえ女に片手で持ち上げられている状態は一応男なので恥ずかしいし情けない。

 触らぬ神に祟り無し、だったな。

 とはいえ、時間を戻す程では無い。

 時間を戻すのは死にそうな時くらいでいい。


「ぎゃっ!」


 突如セリーナが吹き飛び、風除け障壁に激突した。

 グレモリーの蹴りがセリーナに炸裂したのだ。

 怒るグレモリーが現場に近づいてくるのは分かっていた。

 悪魔であるグレモリーの強さなら金等級ゴールドすら難無く撃退するだろう。

 さぁ、とんずらしよう。


「テツオッ!

 大丈夫か!」


 グレモリーが俺の名前を呼ぶ。

 ……ちょっとちょっと。


「名前言うなよ。

 お忍びで来てるんだから」


 頭を派手に強打した筈のセリーナが何事もなかった様に起き上がる。


「そっか、テツオっつーのか。

 やっと名前が分かったぜ。

 ん?テツオ?

 どっかで聞いた気すんな……」


 団員二人がセリーナに駆け寄り、ニーナとグレモリーが俺を守る様に前に立つと、何処からか、けたたましい足音が近づいて来る。

 街の衛兵が騒ぎを聞きつけたようだ。

 もっと早く来て欲しかった。


「やっぱり暴れてるのは【深淵アビス監視者ウォーデン】!」


「面倒起こしてまた活動停止食らいたいのかっ!」


 駆け付けた衛兵達が次々と怒鳴り散らす。

 衛兵の腕章を見るに、どうやらギルドで聞いた対立しているクラン【大渓谷ビックバレー守護者ガード】の面々だろう。

 衛兵の一人が話しかけてくる。


「災難だったな。

 こいつらはすぐに暴れる事で有名なんだ。

 ここは俺らに任せてお前らは早くどっかに行け」

 

 衛兵達が一人、また一人と数を増やし、盾を構えてセリーナ達の前に立ち塞がり牽制している。

 人垣の中、両手を上げて無抵抗をアピールしているセリーナと目が合った。


「テツオッ!

 お前には絶対落とし前付けてもらうからな!

 覚えてろっ!」


 ひえっ、怖い怖い。

 グレモリーとニーナ二人の背中を押して、この場からそそくさと去り、人気の無い路地裏に入る。

 ふぅ、やっと解放された。


「ちょっとトラブルはあったが、気にしないでくれ。

 もし調査中にあのクランの奴らに会っても誰も殺すんじゃないぞ?頼むぞ?」


 二人は渋々ながらも了承した。


「……じゃあ、俺はこれで行くから。

 何か分かったらあったら連絡してくれ。

 くれぐれも悪魔を見つけても手を出すなよ」


 念を押しながら、二人順番にキスをする。

 アデリッサには魔力注入、ニーナには唾液注入だ。

 唾液注入には全く意味は無い。

 わざわざ助けに駆け付けてくれたのに、ニーナにだけキスをしない訳にいかない。


 いやしかし、いくつもクエストを受けると面倒事が増えるし処理し切れず時間を浪費してしまうな。

 今後気をつけなくては。


 さてと、ジョンテ領に戻ろう。

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