第41話サルサーレ城

 城に到着。


 深い濠に囲まれた巨大な城で入口まで結構歩かされた。

 幾多もそびえ立つ塔からは兵が此方を伺い、城壁は堅牢でその高さに圧倒される。

 要塞っぽくてかっこいいな。


 領土を持つ貴族は結構大変で、民の命を守る為に兵を組織し、堅固な城や街を築き、迫り来る外敵を駆除しなくてはいけない。


 今思うと、街の入り口の堀は防衛用だったのだろう。

 街の周りには魔獣などが出没するんだから当たり前か。


 君主であるサルサーレ公爵がこれだけ防衛を固めてるのに、悪魔が簡単に入り込んで悪事をはたらいていた。

 そこに恐ろしさを感じる。


 何人もの施設兵が配置され、使用人の数もやたら多い。

 さすが公爵だけになると用心深いのだろう。


 綺麗なメイドに案内され広い城内を歩いていく。

 一階は贅沢な調度品などは無かったが、二階に上がり、一際大きい部屋に通されると、天井に吊ってある水晶細工が散りばめられた巨大なシャンデリアが目に飛び込んできた。

 これは贅沢な品だ。


「どうです?素晴らしいでしょう」


 後ろから声がする。

 振り返ると、貴族の服装に身を包んだ、まだ40代くらいの体格のいい男性が、柔和な表情で佇んでいた。


「はじめまして。

 儂がサルサーレ9世だ。

 君に会いたかったよ」


 パッと見、戦士と言われても信じてしまうくらい迫力がある。

 日に焼けた顔は頻繁に外に出てるからか、結構アグレッシブな公爵なのかもしれない。


「はじめまして。

 テ、テツオです。

 こねたびはおまねきいただ」


 駄目だ。


「ああ、いいんだいいんだ。

 実は、君と一緒に食べようと思っていたから、お昼がまだでね。

 食事をとりながら、話をするのはどうかな?」


 俺の緊張を解す様に、肩を優しく叩いて椅子に座らせようとする。

 部屋の中央にどんと置かれたテーブルには、高級そうな刺繍の入った青いクロスが引かれていた。


 公爵の合図で、メイドが次々と料理を運んでくる。

 メイドは白と黒のメイド服で、なんとなく見た事あるような可愛い衣装だ。

 マジ萌える。


「妻と娘は今し方、君が来たことを伝えたばかりでな。

 身支度中なんだ。

 女性は何かと時間がかかる。

 それまで少し話でもしようじゃないか。

 テツオさんはお酒はいける口かね?」


 お腹があまり空いてないから、お酒をいただく事にした。

 あまり食べなくても、その分飲んでいれば不快に思われないだろう。


 一方、公爵は飲める口実ができて大層喜んでいる。

 普段は公務で忙しくあまり飲まないらしい。

 物腰から察するに真面目そうな貴族で安心した。


「まずは、たくさんの貴族の不正を暴いてくれた君に感謝しよう。

 サルサーレの平和に乾杯だ」


 俺も真似て、黙ってグラスを上げた。


 公爵は酒が強いのか、久々の酒が美味いのか、ピッチ早めで果実酒をぐいぐい飲みながら話をする。


 複数の貴族が一晩で六家も没落したので、兵を抱える貴族が少なくなり、戦力減に困っているらしい。

 悪魔が潜んでいた情報も掴んでいたようで、その悪魔がいない今、他の悪魔が入り込む危険性が増し、その点も頭を悩ませている。

 悪い意味で、街に悪魔が潜んでいた事で、他の悪魔の脅威からは守られていた構図になっていた訳か。

 そんなのは決して平和とは言えないが。


 公爵がグラスを置き、目が真剣になると、ようやく本題を投げ掛けてきた。


「今、我が領土において、貴族の信用は地に堕ちている。

 そこでだ。

 今件の立役者である君に是非貴族になって貰いたい。

 民衆は新たなヒーローの誕生に夢中になるだろう」


 思った通りの展開だ。

 そんな目立つ事はしたくない。

 どうせ男爵バロン程度でいいように小間使いさせられるのがオチだ。


「君になって貰いたい爵位は公爵デュークだ。

 領地はサルサーレ領の全てとなる」


「は?」


 何言ってるの?

 公爵って、あんたが公爵やん。

 領地も爵位もそのまま譲るって事?


「仰ってる意味が……」


「もちろん、公務などは引き続き儂が全部引き受ける。

 君には新しいこの領地の顔になってもらいたいんだ。

 どうだろうか?」


 何でこんな展開に?

 明らかに変だ。

 爵位、領土を全て譲渡するなんて。

 ん?譲渡?


「もしかして、公爵には娘さんがいますか?」


「おや?どういう事だ?

 二人は知り合いな筈では?

 娘は君に夢中でな。

 昨日から君の話題ばかりだ。

 二人はいい仲じゃないのか?」


 悪い予感がする。


「娘さんのお名前は?」


 恐る恐る聞いてみる。


「愛娘の名前はアデリッサだ」


 やっぱりか。

 確か悪魔グレモリーと名乗っていた。

 間違いなくあいつが、俺の描いた絵を勝手に弄ったのだ。


「アデリッサと結婚すれば、君は公爵デュークになれるんだぞ?」


 困ったな。

 まさか公爵の娘に成り済ましていたとは。

 魔族がここまで入り込んでいた事実に、もう呆れるしかない。

 お手上げだ。


「私は結婚する気もありませんし、娘さんとは誓って何もございません」


 あ、そういえばめっちゃピストンしたし、カスカスになるまで出しまくったっけ。


 そこへ扉が開き、公爵夫人と娘アデリッサが入ってきた。

 立ち上がり挨拶を交わし、公爵が紹介した後、二人は席に着く。


 アデリッサが俺にウインクをする。

 どういうつもりだ?

 これからどうなるんだ?

 もう帰りたい。


「テツオさん、儂も馬鹿ではない。

 今回の事件には娘も関与していたのだろう?

 それを君は何故か黙っていてくれている」


 やはり、気付いていたか。

 恐らく出来る男なんだろう。


「娘さんは騙されて利用されていたのです。

 実行犯ではありません」


「そう言って貰えると親としては助かる。

 が、公爵としては複雑な気持ちだ」


 この乱世では全てを公平に裁くことは出来ないだろう。

 そもそも悪魔がいなければ起こらなかった事象だし。

 今、目の前にいるのも悪魔なんだし。

 残念ながらこの人の代で、サルサーレは終わるのだろう。

 悪魔が子供を産めるのなら話は別だが。


 こいつを生かして帰した以上、俺にも多少は責任がある。

 後はお互いどこまで歩み寄ってどこを落とし所にするか。

 そして、グレモリーがどこまで話を合わせてくれるか、だ。


「グレモ、ゲフンゲフン。

 失礼、咳込みました。

 アデリッサさん、貴女は私と結婚したいくらい私の事が好きなんですか?」


 全員がアデリッサに視線を注ぐ。

 赤髪の娘は、今日は化粧が薄く、可愛らしい少女にしか見えない。

 本体ってどんな見た目なんだろう?

 こいつも鳥だったらショックだなぁ。


「私はもうテツオ様以外の男性は考えられません」


 周囲がしんと静まり返る。

 公爵は娘の主張に流石にショックを受けているようだ。

 アデリッサは言葉を続ける。


「でも、私はテツオ様に結婚してほしいとは言えません。

 私は決して許されない罪を犯したのですから。

 残りの人生全てをテツオ様に捧げ、テツオ様のお役に立ちたいのです。

 お父様、お母様、お許し下さい。

 そして、私にチャンスを下さい」


 アデリッサは立ち上がり頭を下げてお願いをする。

 ここまで言ってくれるとは演技ではあるが及第点だろう。


 ——こんな感じでいいかしら?


 ん?アデリッサの声が、直接頭に流れてくる。

 アデリッサを見ると俺の方を見ている。

 魔石無しで【思念伝達テレパシー】ができるのか……

 ほんの僅かアデリッサに頷いておく。

 上出来だ。


 公爵は眉間を指で押さえ苦悩している。

 それは、公爵としてか、父としてか、果たしてどちらなのか?


「アデリッサよ。

 彼は冒険者であり、悪魔を跳ね除ける力はこの街だけではなく、世界に必要とされるものかもしれない。

 儂は、彼の意思を尊重したい。

 もちろん、親として娘の思いも大事にしてやりたい。

 彼がお前を必要とするかどうかは今後のお前の頑張り次第だよ」


 そう言って、俺に侯爵マーキスの爵位と没した貴族六家の土地をまるごと侯爵領として授与すると断言した。

 アデリッサを俺の補佐役に命じ、新領土に随従する事になった。

 公爵はどうしても俺を手離したくないらしい。


 侯爵マーキス公爵デュークに次ぐ爵位だ。

 一冒険者がいきなりなるものではない。

 だが、六家の領地を野放しにする事も出来ず、俺に防衛させる為の緊急措置ととれなくもない。

 公爵に利用されているのは重々承知だが、俺が蒔いた種だと思って納得しよう。


 拝領できるのは手続きやら何やら色々あって三日後になるらしい。

 三日後には貴族か。


 会食を終え、公爵に案内したいところがあると言われ、アデリッサと三人で地下へと降りていく。

 地下は、兵どころか使用人もおらず、関係者以外立ち入り禁止となっていた。

 余程の機密があるのか?


 突き当たりにある地下室の重々しい扉が公爵が持つ魔石ペンダントに反応し、自動的に開いていく。

 やはり、一部貴族は魔導装置を使っていたのか。


 室内は魔石で作られた色々な魔道具や装置で発光している。

 装置からは定期的にブゥンブゥン……と重低音が響いている。


「テツオさんは転移装置をご存知かな?」


 一応、正直に知っていると伝えると、一から優しく説明してくれた。

 ここのはセキュリティーの為に、登録された魔石を持つ者のみを転移できる安心設定らしい。


 転移先は複数あり、その分だけ箱型の転移装置が設置されている。

 転移先は、各貴族の居館や居城。


 なるほど、だから奴らは早朝、エリックの呼び出しにあんなに早く対応できたのか。

 それ以前の、グルサム金鉱山の隠し部屋にエリックが突然現れたのも、この転移装置を利用したからだろう。


「あとは、侯爵マーキス以上の上流貴族と一部の貴族だけは、直接王都への転移が許可されている」


 俺の貴族登録が王都で受理されれば、俺専用の魔石が渡されるようだ。

 その後も、色々な装置について説明してくれた。


 なんか後でバレるのも嫌なんで公爵には【転移魔法】が使える事を教えた。

 信じられないみたいなので、公爵の肩に手を乗せてデカス山頂に【転移】する。


 二人で雪風が吹き荒ぶデカス山の上空に浮いている。

 寒冷地仕様の【温風の膜】に包まれているので寒くは無いだろう。


「そ、そんな!

 信じられん。

 いや、悪魔退治するくらいの人間ならば……

 うむ、素晴らしい力だ」


 公爵の中で目紛しい葛藤があったみたいが、どうやら受け入れてくれたみたいだ。

【風の膜】のまま南に向かって空を飛ぶ。


 あまり早すぎると公爵が気絶してしまう可能性があるので、【転移】も織り交ぜる。


 サルサーレの街からずっと南に行くと見慣れない平原に城と街が見えてきた。


 公爵がジョンテ侯爵の領地だったと教えてくれた。

 そうか、ここがエリックの。


 その向こうには、山に囲まれた樹林帯が続き、大きな河川を跨いでずっと行くと南の国だという。

 上空からは全てが小さく見えるが、陸路だとかなり遠い道程なんだろう。


 ふと公爵を見ると、両手でバツを作っている。

 それはマズい。

 戻りましょう。


【転移】により一瞬で先程の地下室に戻ってくる。

 アデリッサは待ちくたびれたのか、あくびをしながら椅子から立ち上がる。


 公爵は未だ興奮冷めやらぬようで、壁に手をついて深呼吸をしている。


「テツオさん、儂にはどうやら刺激が強過ぎたみたいだ。

 申し訳ないがここでお開きという事でよろしいだろうか?」


 遥か上空に身一つで浮いているのは、やはりとてつもない恐怖があるのだろう。

 絨毯でもあれば良かったかな?

 一応、【回復】を掛けておこう。


 ジョンテ領から南の国に行ける事が分かったから収穫は十分だ。


「アデリッサさん、公爵をお願いします。

 私はこれで帰りますね」


 そう言い、アデリッサの耳に魔石ピアスをつけた後、地下室から出て行く。


 ——また、連絡する、それまで頼むな


 ——分かったわ


思念伝達テレパシー】とは便利な魔法だ。

 思いもつかなかった。

 これなら離れた場所にいる女と話が出来る。

 ケータイみたいだな。


 うん、携帯電話はまだ記憶にある。


 城門を越え、街路樹が並ぶ石畳みの道を歩きながら、ふと考える。


 頭の中に未だ残る前世の記憶、記録を忘れる前に保存しておかなきゃな、と。

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