閑話 衝動はいつも手の中で

「アニキ、あれで良かったんですか?あの女、極上だったじゃないですか?それに、あいつが金を払うって保証だって無いのに」田辺の斜め後ろを厳つい男が、田辺の顔色を伺いながら歩く。


「あいつは、払うよ。アイツの三百万は、浮き金だ」


「浮き金ですか?」 不思議そうな顔をする舎弟に、フンと鼻で笑いながら、


「あぁ、浮き金だ。あいつは、あの金を捨てたがってた」田辺がタバコを出すと舎弟はすかさず火をつけようとして、裏拳を顔面に当てられる。


「ウオッ、イテテ、すっすいません!!出過ぎた真似を!!」右鼻横を抉る様に殴られて殴られた場所を押さえながら、必死に謝る舎弟。


「馬鹿野郎、タバコって奴は、火を着けて吸うまでが1セットなんだ、邪魔すんじゃねぇ」嫌そうな顔をして、タバコに火をつける田辺。


 吸ってからも、嫌な顔を変えない。


「ちょっと待って下さい。アニキはあの小僧の事知っていたんですか?」殴られた男が、ふと思い付いたように、ハッとした顔をする。


「ん?穗村か?知ってるよ」


「えっ?」


「駅前の民家、立ち退かなかった所あっただろ?あそこの家の小僧だ」紫煙が舞う。田辺は安いタバコの煙が好きだ。ただタバコを吸う時は、凄く嫌な顔をする。いや、これが奴の嬉しい表情なのかも知れない。


 だとしたら、単なる変態なのかも知れないが。


「えっ?あの、この前やっと取り壊しが終わったあそこですか?」押さえた殴られた場所から赤い物が流れてくる。


「あぁ、あそこのじいさんと婆さんが死んでな、あそこに上手くやれば大金が手に入るって言って親戚を送り込んだのは俺だ」

 舎弟の鼻血を見て、嫌な顔をしつつ、また田辺はタバコを吹かす。


「えっ?待って下さいよ?あの場所って、借金に首が回らなくなった男から買い取ったんでしょ?」


「そうだな、そいつがその親戚って奴だな、まぁあいつは、俺の事知らなかったみたいだけどな」

 舎弟の顔が青ざめていく。


「まさか、あいつがここに来るのも、あの女が逃げ出すのも、全部計算済み?」


 少し考え込む様な顔をして田辺は笑い出す。


「バーカ、俺は神か?」歯を剥き出しながら笑い、舎弟の手のひらを手に取り……。


 吸い残しのタバコを、舎弟の手のひらですり消した。


 肉の焼ける匂いと煙、舎弟の押し殺す様なうめき声が聞こえる中、田辺は続ける。


「小僧の事は知っていた。あいつが三百万持っているのもな……それだけだ。後は上手く誘導してやって、上手く結びつけただけだ」

 フッと笑って、田辺はもう一本タバコを取り出した。


「マジですか?これが偶然?信じられませんよ?アニキが特別なんじゃないですか?」もう流石にタバコに火をつける愚行はしない。


「なわけあるか。だいたい女を逃がした奴の処分だって決まって無いからな」鋭い眼光で田辺ににらまれた舎弟は首を竦める。


「そっ、そうですよ、あの女、三百万で良かったんですか?働かせるにせよ、撮影するにせよ、もっと稼げた気がするんですが?」


「ちゃんと働けばな?」


「えっ?」他の女性達が泊められていた安アパートまで来た田辺達は、ゆっくりと階段を登って行く。


「あの小娘の顔見たか?全部に疲れきった顔してただろ?あれは、駄目だ。こっちの世界に向いてない。働かせても撮影しても、もたないよ、どうせ自分でコレだろ?」田辺は自分の首を手で切るポーズをする。


「あーなるほど」舎弟は苦い物でも食べた様な顔をしながら田辺の後に続く。

「手に入るか解らない金より、確実に計算できる金だ。覚えておけ」結局、この男は、力よりも頭で成り上がった男なのだ。

 自分や武闘派の南野の様な男では、とても勝つ事は出来ない。頭の回転が違いすぎる。


 逆らわない方が良さそうだ。舎弟は、この男が一番上に立った時の事を考え、少し青ざめる。


「あいつらは、この後どうなるんですか?」


「あっ?知るか?よろしくやるなり、そのまま離れるなり好きにすりゃ良い」フンと吐き捨てる様にして階段を登って行く。


「それよりも、ここは直ぐに捨てるぞ、女まとめて、移動だ。南野!?南野は何処だ!?……ちっ病院か、クソが使えない奴だ」自分がやった事を棚に上げてと舎弟達は思いながら田辺後に続く。遠くにパトカーらしきサイレンが聞こえた気がする。


 アパートの扉を開いて、舎弟の方を振り替える。紫煙が田辺を纏わりつく様に漂った。

「直ぐに動きなさい!!時間はあまり無いですよ!?」仕事モードに戻った田辺は頭の中でこの後どうするか考え始める。

「ん?お前達どうしましたか?」田辺が振り返ろうとした時、田辺は自分の胴体が吹き飛ばされる様な感覚を感じ、とっさに頭を庇う。頭を攻撃されなければ、即死は無い!?

「南野っ!?」腹に痛みよりも熱さを感じ、腹を見れば古典的なドスが腹に刺さっている。そのドスを持つのは顔をグルグル巻きにされた自身が体罰を与えて病院にいる筈の南野だった。

「死ねっ!!田辺!!死ね!!お前が、お前がいなければっ!!」南野は、決して容赦はしない。ドスを両手で握り、田辺の腹をこねくり回した。何度も何度も……。


 凄まじい痛みの中、田辺は冷静に掠れた声で命令する。


「何やってる!!南野を殺せ!!」


 田辺は、決して武器を自分では持たない。武器は手下が持つ物、実行するのは手下。


 舎弟は狼狽えながら、懐から拳銃を取り出し、滅茶苦茶に南野を撃った。弾が切れた頃、南野も動かなくなった。二〜三発俺にも当たったか?


「……馬鹿が、殺せとは言ったが……銃を使えなんて言って……ねぇんだよ……」


 駄目だな、これは……即死の方がマシじゃねぇか?やっとく事は……メンドクセエな……何だ?こんな時に、学生の時に言った冗談を思い出した。


「せんせぇ……タバコはオヤツに……ハイリマスカ……」一服位するつもりだったが、実際には、タバコを取り出すのが精一杯だった。








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