第53話 目指せ急接近! クリスマスデート大作戦!


 待ちに待ったデート日当日・クリスマスがやって来た。

 私は早朝から目が覚めて、朝から化粧にヘアメイクに大忙し。待ち合わせは10時なんだけど、準備に手間取って時間ギリギリに寮を飛び出した。

 待ち合わせ先は研究都市内の中央公園の時計台前。クリスマス一色の街は家族連れやカップルで朝から賑わっている。その人の波に逆らって、私は待ち合わせ場所へ駆けていった。


 時計台前に到着すると、一足先に待ち人は到着していた。時計の針は10時きっかりを指している。彼は私がやって来たのに気づくと、ホワッとした優しい笑顔を向けてきた。


「藤ちゃん!」

「ごめんね、待った?」


 彼は寒そうに身を縮めて、マフラーに顔半分をうずめていた。結構前から待っていたのではないだろうか……隆一郎君の白くなっている手を掴むとひんやりと冷たかった。


「ううん。僕が早く着きすぎただけだから」

「寒いよね、早く映画館に行こう。温かい飲み物買って温まらなきゃ」


 映画館はこっちだよ、と先を促されたのでそれについていく。手は私が握ったそのまま、握り返してくれた。それが嬉しくてむず痒くて、私はニヤニヤと笑っていた。ニヤけてだらしない顔を見られたくなくて唇を一文字に噛み締めたが、頬が緩んできちゃってそれが不自然に見えたのか「どうしたの?」と隆一郎君から心配されてしまった。


 研究都市内ではバスも走っているが、メインの交通機関はモノレールだ。それに乗り込み、この都市内でいう大型ショッピングモールのある商業施設に向かう。モノレール内は乗客が多かった。もしかしたら同級生に遭遇するかもしれないな。

 だけど私はそれどころじゃなかった。お忘れだろうか。私は高所恐怖症なのだ。こんな細いレールの上を鉄の塊が走るとか…狂気の沙汰じゃないか……!

 ほぼ満員の状態であるモノレールの窓際に追いやられた私は、隆一郎君の背後に周り、彼の背中で視界を塞いだ上で目的駅到着を待った。

 …この高さでもちょっと怖いのだ。


「…大丈夫?」

「大丈夫…」


 彼のコートのベルトをギュウと握りしめて震えていた私の手を上から包み込みこんでくれる隆一郎君。優しい。

 普通こんなときはモノレールから見渡せる研究都市を見下ろして「いい景色ー☆あれ、学校かな?」ってはしゃぐべきなんだろうが、無理。地上を見下ろした瞬間めまい起こして足腰ガクガクになるに違いない。

 私はどこぞの獣のようにフーッフーッと荒い呼吸を繰り返していた。今日は彼にときめいてもらおうとメイクを頑張って来たのに台無しだよ。色気もへったくれもない。ちくしょう、移動手段までは全く想定してなかった…。


 10分くらいの乗車時間だったが、私の中では1時間位乗っていた気分である。駅の階段を降りる時も隆一郎君に支えられて、まるで老人介護を受けているような気分になった。地上に足をつけたとき、生きてるって素晴らしいと思えたよ。


「帰りは…歩きで帰ろうか? 少し遠くなるけど」

「ごめんねぇ…」


 筋金入りの高所恐怖症の馬鹿野郎。せっかくのデートなのに出だしが最悪である。

 私は泣きそうだった。だけど優しい隆一郎君は私を気遣う素振りを見せてくれる。


「吐きそうとか頭が痛いとかはない? きつくなったら言ってね」

「うん…ありがと」


 優しい……彼の優しさにときめいた私の中の好きポイントが更に上昇している気がした。

 隆一郎君の優しい笑顔を見ていると、なんだか元気が湧いてきたぞ。やっぱり彼は私にとっておひさまみたいな存在だ。


 たどり着いたショッピングモール内はクリスマス一色で、隅っこではもう既にお正月ムードが流れていた。中身は外の世界のショッピングモールと同じだ。商業施設内にテナント店舗がいっぱい入っていて、映画館も同様だ。旧作映画を観ることにしたのだが観客は満員だった。


 その作品は、悲劇に見舞われた主人公はひょんな事で過去へタイムリープする能力を手にする。過去へ飛んで過去を変えようと何度もチャレンジするが、重要なことは結局変わらなかった。むしろ自分の存在自体がなくなる恐れもあるというもので、主人公の葛藤・苦悩、周りの登場人物の魅力が溢れるヒューマンドラマだった。

 外の世界でテレビでも放送された作品だが、タイミング見逃して観たことなかったんだよな。その後SNS祭りが起きていたから見とけばよかったと後悔した覚えがある。今日観れてよかった。しかもこの作品映画館で見るとかなり映える。

 面白かったな。無能力者が想像した超能力の世界って感じで、別視点で視聴できたぞ。



「過去かぁ……ここにはタイムスリップ能力者とかもいるのかな?」


 映画を見終わった後、ちょっとお値段高めのレストランに案内された私は落ち着きなく、ソワソワしながら前に座る隆一郎君に問いかけた。

 何でもありの超能力者。多分ピンきりなんだろうね。中には役に立たない能力もあるんだろうし……


「僕らの学年にはいないけど、他の学年には時空操作ができる人はいるよ。まぁ、過去や未来を変えるのは危険だから、厳重に扱う能力だけど…」


 つまり使いみちがない、というわけか…まぁそうだよね……。未来も過去も捻じ曲げちゃいけないものだ。


「お待たせいたしました、本日のサラダとスープでございます」

「ありがとうざいます」


 レストランの店員さんが慣れた手付きでお料理を配膳してくれる。普段配膳ロボットばかりにお世話されている私は人間による配膳に少々戸惑ってしまった。久々に人間の店員さんによる配膳された気がする…。

 接客も丁寧で料理は高そう…お金大丈夫かな…。月末だもんなぁ……。値段を確認しようとしたらメニュー表には金額が書いてないし……だけど隆一郎君に聞くのも憚れて……

 なので食後に化粧直しだと言って席を外したときに店員さんにこっそり質問すると、「お連れ様がお支払いになりましたよ」とアッサリ返されてしまった。


「僕が勝手に予約して連れてきたから、ここはごちそうさせてよ」


 おしゃれなお料理、とっても美味しかったです…。

 なんだろう、めぐみちゃんとお出かけするときにいつもおごっていたから慣れているのかなと少しばかりもやもやしたが、彼は厚意でやってくれているのだ。私は素直に「ごちそうさまでした」とお礼を告げたのだった。



■□■



 昼食を終えた私と隆一郎君はショッピングモール内をブラブラしていた。文具売り場で買い物したり、雑貨屋を冷やかしたり……周りには私達と同じようにショッピングを楽しむお客さんだらけで、私達はそれに溶け込むように楽しんでいた。

 通り過ぎた小物屋さんで可愛いピアスを見つけて足を止めた。キラキラ光るピアスに私は目を細めた。だけど耳たぶに穴を開けていないし、流石にピアスは校則違反かな…と考え込んでいると、隆一郎君が隣でなにかに腕を伸ばしていた。


「これ、藤ちゃんに似合うよ」

「え? どれどれ…」

 

 彼が手に取ったのは、コットンパールチャームの付いたヘアゴム。それを私の髪に持っていくと、彼は目を細めた。その瞳の優しさに私の心にじんわりとぬくもりが広がる。


「ほら可愛い」

「そ。そうかな…」


 そんな事言われたら買いたくなっちゃうじゃないか。

 私はそれを受け取って値段を確認するとは固まった。ショッピングモール内のアクセサリー屋とはいえ、若者向けのお店だ。せいぜいお小遣いで買える程度だろうと思っていたのだが、想像よりも高かった。

 研究都市内では景気が良いのかな? 外よりも色々高い気がするなぁ……


「あー…ちょっとやめとこうかな?」

「こういうの好きじゃなかった?」

「そういうわけじゃなくて……うん」


 予算オーバーになってしまいます。これ一つで私の3日分の食費になっちゃうの。私はあはは…と笑ってサッと売り場にそれを戻す。

 Sクラス生の支給されるお小遣いなら、ああいうのもポーンと買えちゃうんだろうなぁ。……いや、普通クラスの私だって不自由しない程度の資金を支給されている。贅沢言っては駄目だな。実家ぐらしのときだってホイホイ好きなものを買えていたわけじゃない。

 過ぎた欲は破滅の元、物欲退散である。


「ちょっと待ってて」


 私が一旦戻したそれを手にとった隆一郎君はそれを持って店の奥に消えてしまった。

 えっまさか…と仄かな期待と不安を胸に秘めて待っていると、彼はそれを持って戻ってきた。小さな袋に可愛いシールが貼られた袋には先程の髪ゴムが入っているのだろう。


「クリスマスプレゼントって言ったらなんだけど、せっかくだから受け取って」

「えっ、そんな悪いよ、私何も用意してないのに!」

「そんなのいいよ、僕が渡したいだけだから」


 私の手に載せられた袋。私だけ良くしてもらって申し訳ないという気持ちもあったのだが、そんな気遣いが嬉しくて、頬が緩むのを抑えきれなかった。


「…じゃあ、ありがたく頂くね。隆一郎君はなにか欲しい物ない? 私で用意できるものであれば…」

「ううん、お気持ちだけで十分。ほら、もう行こう」


 話を切り上げるかのように空いた手を掴んで引っ張られた。…自然に手を繋がれてしまった。私もドサクサに紛れてお手々つなぎを仕掛けているが、逆に繋がれると妙に照れてしまう…。

 ……これはうぬぼれてもいいのだろうか。

 隆一郎君も私と同じ気持ちであると考えてもいいのであろうか……だけどまだそれを本人に確認する勇気が出ずに、私は彼の横顔を盗み見するしかできなかった。

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