第42話 戸惑いと偽りの言葉


 1日くらい避けられていたが、それ以降はいつものように接してくれるようになった日色君はファーストキス喪失のショックから復活できたように見える。

 ──それでも依然として、私と日色君の間には変な空気が流れていた。

 私はといえば、日色君と目が合うと顔が熱くなって恥ずかしくなって目をそらすのに、また彼を目で追うという現象に襲われていた。

 

「…なんかこないだからお前らおかしくねぇ? 目が合っては離しての繰り返し…」


 戌井の言葉は途中で途切れた。


「駆ー? 余計なことは言わないでおこうねぇ。2人は甘酸っぱい期間中なのー」


 なぜなら、澤口さんが戌井の口をベーグルサンドで塞いだからである。餌を与えられたとばかりに戌井は口を塞いでいたベーグルサンドをもぐもぐしている。腹ペコか。


 …おかしいのは澤口さんもだと思うんだけど…意味を含んだ発言ばかりで、実際のところ答えを教えてくれないんだもん。意地悪よくない。

 私だって以前と同じように日色君と親しくしたいのだけど、心が落ち着かなくて平然と出来ないんだよ…! きっと日色君はそれに気づいているから私に変な遠慮みたいなものをしてるんだ。


 ていうか…日色君の中で私はくちびる泥棒もとい、痴女になっているんじゃないのか…?

 あり得る…!

 私はバッと振り返って日色君に視線を向けた。偶然彼もこちらを見ていたようで視線がぱっちり合うと、途端胸が苦しくなって恥ずかしくなって、不思議な感情が襲ってきた。私は耐えられずに目をそらした。

 ドクドクドクと心臓が大暴れしている。

 なぜだ、日色君はいつもと同じ優しい目をしているはずなのに……あの目を見つめると私の胸がざわつく…!


「な、変だろ」

「うんうん。青春だねぇ」


 横でベーグルサンドむしゃむしゃ戌井とニコニコ笑う澤口さんが呟いたが、自分の心臓の音で周りの音が拾いにくくなっており、冷静さを保てなかった。



■□■



「好きです!」

「……気持ちは嬉しいけど……ごめんね」


 これは偶然である。

 私は食事をしていただけだ。鳥たちにお裾分けしながら、食べ飽きた食パンでお腹を膨らませていただけなのだ。…だって誰が私の秘密基地前で告白すると思うよ。普段人気少ないのにさ。

 なるべく存在がわからないように気をつけていたが、鳥たちはそうはいかない。


 その時一陣の風が吹いた。

 ──バサバサバサッ

 鳥の習性なのか、風が吹くと彼らは一斉に飛び上がる。それに伴い、複数の羽音が鳴り響いた。

 それにハッとしたのは告白最中の彼らだった。食パンを咥えたままの私は彼らと目が合う。身を縮こめていたのにバッチリ合っちゃったよ。気まずさMAXである。タイミングわるぅ…


「…盗み見? サイッテー!」


 顔を真っ赤にさせた女子生徒は私を睨みつけて走り去っていった。

 待ってくれないか、先にここに居たのは私なんだよ。好きで盗み見してたわけじゃ…


「…大武さん」

「……私は、お昼ごはんを食べていただけだよ…決して盗み見していたわけじゃないの…」


 名前を呼ばれた私は気まずくて日色くんの顔を直視できなかった。


「そんな風には思ってないよ。変なとこ見られちゃったね、ごめんね。…今日は水月さんはいないの?」


 苦笑いを浮かべた日色君はこちらにゆっくり近づいて、私の隣に座ってきた。隣に日色君がいる。それに緊張した私は、手に持つ食パンをぎゅうと握りつぶしてしまった。


「今日はお昼休みにクラスで話し合いがあるんだって……文化祭がなんとかで…」

「あぁそっか、もうすぐ文化祭が行われるもんね」


 日色君はあくまでも普通だ。変に緊張している私がおかしいのだ。彼の穏やかな声はいつまでも聞いていたくなる。なのに私の心はざわついて落ち着かない。


「大武さんはこの学校ではじめての文化祭だよね。彩研究学園では中高合同で文化祭が行われるんだ。多分高等部でもそろそろ準備が始まるんじゃないかな」


 文化祭は11月下旬に行われるそうだ。超能力者の学校らしく超能力を使った出し物もあるんだって。


「色んな能力を見られる機会だ。きっと楽しいよ」

「そうなんだ」


 文化祭かぁ。うちのクラスは何をするんだろう。

 自由に見て回れる時間もあるってことだよね? 時間が合えば一緒に見て回れるかもしれないよね。


「え、じゃあさ」

 ──ザザッ……


 あることを思いついた私が口を開いたその直後、ノイズみたいな音が聞こえた。思わず動きを止める。私の隣に座っている日色君は私が言葉を止めたのに不思議そうな顔をしていた。


 私は言葉を発したかった。

 なのだが、声が出てこない。口が動かないのだ。


『……私のほうが、日色君を想っているのに…!』


 ──誰?

 脳内に直接語りかけるその声は私の声ではない。友人の声でも日色君の声でもなかった。日色君にはその声が聞こえてないみたいで、彼は私の言葉を待っているようだった。


「──じゃあ、戌井君でも誘おうかな」


 やっと声が出たと思えば、自分が意図しない発言が飛び出てきた。


「…え?」


 それには日色君も目を丸くしている。

 私だって同じだ。なぜここに戌井が出てくるのか。忠犬・戌井は事件をきっかけにして、私に心を許している部分はあるが、文化祭一緒に見て回ろうと誘い合うほどの間柄ではない。

 そもそも、なぜ私はそんなことを言ったのだ?

 自分で自分がわからない。


 戸惑っている間も私の口は勝手に動く。


「戌井君のこと、ずっと狙っていたんだよね。彼も私に夢中だし、誘ったらすぐにOKしてくれそうじゃない?」

「……大武さん、どうしたの急に」


 私らしくない物の言い方に日色君もちょっと引いた顔をしている。

 日色君、違うんだよ、これは私の意思で発している言葉じゃないんだ! 見えないチカラで操られているみたいに……あれ?

 もしかして何かしらの超能力か…?


 私が一つの可能性にぴーんと来たその時、私の中に潜むそれが鼻で笑った気がした。


「わかんないかな? 私、戌井君のこと好きなの。日色君協力してくれるよね? 私達、“お友達”だもん」


 …なんてことを。

 戌井が嫌いとは言わないが、異性として好きというわけじゃない。あくまで友人としての好きでしかない。そもそもそういう対象で見たことがないんだけどな!

 目の前の日色君は目を見開いて固まっている。信じられない言葉を聞いてしまったかのように衝撃を受けているようだった。


 違う、違うんだよ。私は操られているんだよ! 気づいて、いつもの私はこんな事言わないでしょ?

 そんな、私と戌井に対する侮辱だ。日色君にはそんな誤解されたくない。大声で違うと訴えたいのに声が出ない。…私は泣きたくなった。だけど声はおろか、表情すら動かせない。


「あ、でもぉ、あんまり一緒にいたら戌井君に誤解されちゃうかもしれないよね。そうなったら困るから、日色君。……私に今度から近づかないでくれる?」


 日色君が更にショックを受けた表情を浮かべている。

 ……なにを言っているんだ。そんなこと1ミリとも思ったことないのに。

 彼はこの学校ではじめて出来た友達。親切にしてくれた男の子。優しいだけでなくて、厳しいところもあるけど、本当にいい人なんだ。日色君のそばにいると日だまりにいるみたいでポカポカ温かくて居心地がいい。それなのに心はドキドキして落ち着かないんだ。

 私は彼のそばにいたい。

 近づくな、なんて天地が裂けても言うはずがないのに…!


 彼にそんな顔させたくないのに、どうして私の身体は言うことを聞かないんだ。

 目の前の日色君がグニャリと歪んだ。……ちがう、私が泣いているんだ。ぽろりと瞳からこぼれ落ちる涙の感触は伝わってくる。

 もうやめてくれ。誰なんだ、一体誰が人を操る真似なんか…!


 私をじっと見つめる日色君は眉をひそめ、悲しげな目をすると、口をゆっくりと開いた。

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