第25話 不穏な気配と遠回しのサヨナラ。


 中等部の校長への不信感をマシマシにさせた私は険しい顔で過ごしていた。

 私にとって、国立彩研究学園もこの都市内もわからないことばかりなんだけど……中等部の校長、あれはやばい。感覚的なものだけどすごく嫌な感じがする。

 この学校に来てから私は文通ならぬ文鳥をしている。文字通り、ピッピに小さな手紙を託して沙羅ちゃんとやり取りしているのだ。それでお昼の相談をしているのだけど、今日のお昼も用事があるから一緒に食べられないと沙羅ちゃんから返事がきた。

 彼女に聞こうにも何も聞けていない状況である。



「大武さん、ご飯食べないの?」

「……あ、日色君」


 食堂の席で水だけを飲んでいた私に日色君が声を掛けてきた。食堂は食事をする場所だものね。水しか飲んでない私は不自然でしかない。


「お金が無いので食堂の水でお腹を膨らませているところ…」

「えっ!?」

「先月CDとかDVD買いすぎて、残高僅かなの。だからお昼抜いて夜いっぱい食べる」


 食堂の定食セットはご飯とキャベツおかわり自由なので、それを目一杯食べる。夜に。

 明日は両親が送ってくれたお菓子を昼食代わりにしようかな。お昼抜き結構辛い…


「食事抜きなんて体に悪いよ。ほら、代わりに支払ってあげるから好きなもの食べなよ」

「……倍にしてお返しします」

「そんなのいいから、ほら」


 私がひもじい思いをしていると気づいた日色君がテーブルに配置されたタッチパネルを寄せてきた。私はありがたく一番安い定食セットを頼んだ。

 この御恩は一生忘れません。


「ここ最近ずっとお昼を水で済ませていたの?」

「ううん、売店の食パンで生き抜いていた。だけどもうそろそろ残高がきつくなったから……1週間くらいならお昼抜き我慢できそうかなって」


 魔法のカードは思いの外危険であった。

 この中に支給された金額で生活雑貨、食費、その他諸々を賄う必要があるのに、私はそれを考えずに買い込んでしまったのだ。学習能力のないアホである。

 新たに今月分支給されるのが1週間後なんだ…月初めならどんなに良かったことでしょう……。


《ご注文は以上でよろしいでしょうか?》


 今日も働く配膳ロボットが出来たての料理を運んでくれた。


「いただきます…うぅ、おいしい、おいしい」


 届いた定食を噛みしめるように頂いていると、前の席に座っている日色君が微笑んでいた。…なんかそんなに見られると照れるんだけどな。

 実は今日朝も抜いてきたから昨晩以来の食事なんです。美味しさもひとしおなんです。


 私は完食まで箸を止めることなく、食事を終えた。付け合せのパセリまでむしゃむしゃした。ごちそうさまの挨拶の時は日色君に手を合わせて拝んでおいた。


「それにしても最近水月さんとお昼とらないんだね。時間が合わないの?」

「……」


 沙羅ちゃんと一緒にいないことを聞かれた私は一瞬でシリアスモードに突入した。

 それだよ。私は今さっきまで空腹を訴えるお腹を無視してそのことを考え込んでいたのだよ。


 私は空になったお皿を睨み、そして目の前の日色君に視線を向ける。そうだ。日色君は去年まで中等部にいた。しかも元生徒会長だ。彼ならあの校長のことに詳しいかも……


「あの、さぁ……中等部の校長についてなんだけど」

「…なにか言われたの?」


 聞こうとしたらその前に日色君がサッと顔色を変えて質問し返してきた。彼の反応の速さに少し驚いたが今はそれをツッコむときではない。

 私はなるべく声を潜めて日色君にだけ聞こえるように先日目撃したことを相談してみた。

 日色君は難しい顔をしていた。

 特に、中等部校長が言っていた“国の太客”とか“金にならない小娘”のところではいつも穏やかな彼の雰囲気がどこかに飛んでいってしまったように険しくなっていた。


「あの時の沙羅ちゃん、様子がおかしくて……だけど確認しようにもずっと彼女に会えていないんだ」


 私はがっくりと項垂れた。

 なのでその時の彼の表情がどんなものだったかわからなかった。だけどその声は硬く、いつもの日色君の落ち着く声音ではなかった。


「……中等部の校長先生は癖のある人で…前の教頭先生を敬遠して圧力かけてやめさせたとか…他にも色々黒い噂がある人なんだ」


 その話にパッと顔をあげる。

 それって……


「大武さんはこの学校に来たばかりだ。この学校に詳しくないでしょう? ……中等部の校長と水月さんのことは僕の方で調べてみるから、君は普段どおり彼女に接してあげてくれないかな」

「…でも」

「大丈夫。僕は生徒会や先生方に顔が利くんだ。僕に任せて」


 安心させるかのように笑顔を作ると、日色君はぐるりと食堂周りを見渡した。


「……この学校は、国の監視のもとで隔離されてる閉鎖された場所だ。…そうなると実権を握ろうと悪巧みをする人も出てくるんだよ」


 派閥があるんだ。と日色君は続けた。

 彼は「先代の教頭先生に連絡取れそうな先生は誰かな」と呟きながら考えをまとめているようだった。


 日色君が力になってくれるなら心強い。

 だけど私は居ても立っても居られなかった。


 だって沙羅ちゃんは私の友達なんだ。

 やっと笑ってくれるようになったのに、また悲しい表情に逆戻りしていたんだもの。


 無力な自分が情けなくて、私は拳を握って悔しさを堪えていた。



■□■



「大武さん」

「あ、日色君…」


 帰りのHRを終えて教室を出ると、そこで隣のクラスの日色君に呼び止められた。話があるんだと言われて、あの事かと私はすぐにシリアスモードに切り替えた。

 信頼できる人に相談してみると言ってくれた日色君は進捗報告しにきてくれたのだ。他に人たちに聞かれないように移動してヒソヒソとやり取りをした。


「中等部前任の教頭先生、今は海外の学校に臨時講師として赴任してて、しばらく帰れないみたいなんだ」


 なので、前の教頭先生一派だった人と話し合いをしようと思うけど、あちらの都合もあるので話が進むのに少し時間がかかりそうだって言っていた。


 どの学校でも権力争いはあるが、特に顕著なのが中等部だったそう。先生方は表向き普通だけど、お互い派閥争いをしていて、特に校長と教頭の争いは激しかったそう。

 校長に関しては前々から悪い噂が流れていたらしい。国の偉い人と繋がっているとか、後ろ暗いことをやらかしているとか……生徒を駒のように扱い、優秀な生徒とその他大勢への扱いに差が激しいとか。つまり教職者として不適合な人ってことだね。


 中等部校長は2年前の人事異動で校長の任に着いたそうだが、その人事は裏で何かが動いて決まったのじゃないかって言われている。順番でいえば、前教頭のほうが校長の任につくと皆が思っていたから。

 その後不自然な流れで教頭先生が辞職して、この研究都市を離れていったそうで……罠にはめられて辞めさせられたんじゃないかって裏では噂されているのだそうだ。


 日色君の話を聞いていた私はよっぽどしょっぱい顔をしていたのだろう。日色君が苦笑いしていた。


「大丈夫だよ。…それより、水月さんが来てるみたいだよ」

「え」


 私がぱっと振り返ると、そこにはこちらを窺う沙羅ちゃんの姿。久々に見た彼女は顔色が悪く、どこか疲れた表情をしていた。

 

「沙羅ちゃん!」

「…藤ちゃん、久しぶり……日色先輩とお話中だったんでしょう?」

「大丈夫! じゃあね、日色君ありがとう!」


 話はちょうど一区切り終えたところだから大丈夫。私が彼に手を振ると日色君は笑顔で振り返して立ち去っていった。

 …先程までの話を聞かれていないようで良かった。沙羅ちゃんの前では出来ない話だ。

 私は彼女の前に立って彼女を見下ろす。…明らかに痩せた気がする。ダイエットとかではなく、やつれたという表現が正しいであろう。


「…沙羅ちゃん、ご飯食べてる?」


 もしや私のように後先考えずに散財して朝昼抜いた生活なんて送ってないでしょうね?

 今日の私はお昼にお菓子を食べたから抜いてないけど。


「…最近暑くなってきたから食欲がなくなっているのかも」


 彼女はそう言って力なく笑った。

 出会った当初の彼女に戻ってしまったように見えた。


「体調悪いんじゃないの? 顔色が悪いよ、寒い?」


 女の子だから貧血って可能性もあるけど……それにしても状態が悪そうだ。

 私は沙羅ちゃんの両肩を手で擦った。元気になれ元気になれと心のなかで念じながら。憂鬱そうにぼんやりとした顔をしていた沙羅ちゃん。日色君は普段どおり接してあげてと言うが……だけどここで私がしゃしゃり出ても、事態が悪化する可能性しかない。

 私は不甲斐なさに胸を掻きむしりたくなった。


「…ふふ、」


 くすぐったいのか、沙羅ちゃんが小さく笑った。

 …なんか先程よりも顔色がだいぶ良くなった。白かった沙羅ちゃんの顔に血色が戻って、唇の色も明るく色づいた。


「なんか元気出て来た。藤ちゃんとお話したからかな?」


 ニッコリ笑った沙羅ちゃん。憂鬱そうな色を浮かべていたその瞳も明るく変化した。私と話しただけで元気になれたならそれはそれで良かったけど…

 明らかに沙羅ちゃんの身に何かが起きているのに、私には話してくれない。


「……沙羅ちゃん、何かあったら言ってね?」


 力になれるかはわからないけど……出来る限り力になる努力はするよ。


「私は大丈夫。どうしたの? おかしな藤ちゃん」


 おかしそうにくすくす笑う沙羅ちゃん。

 彼女が笑顔になると嬉しいはずなのに、私の気持ちは沈んだ。


 やっぱり、私には話せないのかな。

 結構仲良くなったつもりだけど、私は信用されてないのだろうな……

 彼女にとって私は頼りにならないお姉さんなのだろうか。


「藤ちゃん、あのね…今日会いにきたのは伝えたいことがあったの」

「…伝えたいこと?」

「…これからね、お昼は一緒に食べられそうにないの。…ごめんね」


 悲しそうに、申し訳無さそうに言われたその言葉は突き放すように響いた。


「ごめんね、藤ちゃん」


 ──なんだか、彼女に壁を作られた気がした。

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