第38話 開花

「ご家族ではない、家族と会うんですか?」

入院中から担当している、50代の男性の精神科医があまり良い顔をしないのをミタカの母親、土田ヨキナは覚悟していた。


夫、佐藤カツヤの不倫後、当時、高校生だった一人息子のミタカまで再婚相手の家族にとられ、心が壊れる音がした。



総合病院の精神科に入院せざるおえない程の重度のうつ病を発症するきっかけ。



親にも恵まれず、成人してからは必死に独りで働き、やっと手に入れたと思った家族は、あっさり夫の不倫によって崩れる。



幸福とは、こんなにあっさり壊れてしまうのかと、入院中は夫と会ったこともない再婚相手の妻と娘のさやかを恨んだ。


息子のミタカが20歳で学生結婚をし、38歳で妻のエリと離婚する3年前にヨキナは、退院許可がおり、国の支援と短時間のパートの給料で、アパートを借り、自活出来るまでに回復した。



3年でやっと症状が落ち着いたヨキナは、入院中にミタカの血の繋がらない大学生だったさやかちゃんに会い、総合病院では、さやかちゃんの友人のトモコちゃんに出会った。


トモコちゃんの実家のお正月には、血の繋がらない、家族が集まり2泊してお正月を過ごすという。




初めて総合病院の受付で会い、喫茶店で話したトモコちゃんの話が羨ましくなり、ヨキナは冗談半分で参加させて欲しいと言ったら、トモコちゃんとご両親が、快く承諾してくれた。



最初は、ヨキナも戸惑ったが、何かの縁だと月1の通院日に、担当医に相談する事を決めていた。


「ミタカ君の妹さんのお友達のご家族かあ、土田さんもお正月は確かお一人ですしね・・・土田さんがいろんな人とお会いする事は良い事だし、さやかちゃん夫婦もいらっしゃるし、体調みたがらなら、よいですよ」

悩みながら、担当医がやわらく微笑んだ。



離婚したばかりの息子のミタカが、一緒に暮らすと申し出てくれたが、息子の人生を縛る事をヨキナは手離した。




離婚した夫からの身勝手な再婚の話も自ら電話をして断った。後は、自分の残りの人生を生きると決めた。


パートの休みも三ヶ日は、パート先の好意でとれた。


年末の31日、土田ヨキナは2日分の泊まる荷物を小さなカバンに入れ、アパートで数少ない外出用の服を何回か着たり、辞めたりしながら、結局、1番高いシックなネイビーの上下セットの長めのたけのスカートの服にした。


アパートを出る時は、緊張したが、同時に年末の冷たい風と静まり返った街が心地よい。


31日のせいか、道を歩くのは参拝に向かう人達か年末の買い物に行く人達だけだ。


誰かと一緒に正月を過ごすのは、何年ぶりだろうか。



確か、息子のミタカがまだ中学生の時に親子3人で神社に行ったのが最後だった気がする。


そう考えると、20年ぶりの正月になる。


ずいぶん時間をかけてしまった。自分の人生を取り戻すまでに。


トモコちゃんの家は、ヨキナの街から電車で5駅先の街にある。


夕方には、着くはずだ。


ヨキナは、ゆっくりと歩きだす。


電車を駅のホームで待っている間、息子のミタカから心配しているLINEがきた。


「お母さんは大丈夫だから、あなたは自分の人生を楽しみなさい。良いお年を」

一言だけ返すと、既読になり返事はなかった。


若い女の子達が、着物を着て楽しそうにホームに入ってきた電車に乗り込むのをヨキナは少し羨ましく思う。


ヨキナは、親から晴れ着の着物を買ってもらった事もなければ、佐藤カツヤとは入籍だけしたので、ドレスも着たことがない。


少し辛くなり、ヨキナは違う車両に乗り込んだ。


若い時から華やかな人生とは、かけはなれた人生。そんな事を落ち込みながら考えていたら、いつの間にか日が落ちて、トモコちゃんの家の玄関の前についた。


家の中からは、賑やかな話し声が聞こえる。自分とは、縁のない世界にすら思えて、たじろいだ。


中から、甘ったるい優しい笑い声がした。さやかちゃんの娘の華ちゃんの声だ。



パートの給料を貯めて、コンビニで可愛いキャラクターのお年玉袋を買い、お年玉をを用意してある。


ヨキナは、電車で会った晴れ着の若い子と自分の過去を振り払うようにチャイムを鳴らした。


「ごめんください」

少し声が震え、怖くなり怖じけずいたヨキナは自分の髪と服を何度か正した。


「あ、ヨキナさんだ」

家の中から、元気なトモコちゃんの声がする。


少し待つと、玄関のドアが開き、まるで春を先取りして開花した桜のような、華やかなで明るいトモコちゃんがヨキナに笑いかけた。


「待っていたんですよ!ヨキナさん!」

その言葉に、ヨキナがトモコと同じように春の訪れを知らせる花が開花した、いぬのふぐりの花のような、小さな幸せいっぱいの顔で笑った事を、ヨキナは知らない。



春は、早くても遅くても誰にでも訪れ、華が爛漫に開花する日は来る。





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