第33話 希望
土田ヨキナは、息子のミタカが自分の父親を殴り涙を流している事に自分である前に母親に戻った。
「ミタカ、泣かないで」
会わないうちに、成長し、自分より20センチは身長の高い息子のほほに、涙をぬぐうために手をあてるには、背伸びをしなければならないほどだった。
ポロポロと流れ落ちる息子の温かい涙を両足の爪先をあげて、ふるえる指先でぬぐった。
「さやかに、さやかに会いたい」
息子の口から出た言葉は、目の前にいる母親の自分ではなく、元夫のカツヤが再婚した女の連れ子のさやかちゃんの名前だ。
ああ、この子は、人生をあの女の子に救われてきたのか。
土田ヨキナにとって、苦労ばかりの人生でやっと掴んだ結婚は幸せだった。それが夫の不倫のはて息子のミタカまでとられ、自分は心のバランスを崩した。
ヨキナは、入院中に何度も夫ではなく再婚相手の見たこともないトヨコと娘のさやかの幸せを呪った。
最後には不可抗力で離れていった息子のミタカすら憎んだ時期がある。
自分が産み、大切に育て上げたミタカをだ。
そんな自分の汚ない気持ちに落ち込んでいた時だった。学生結婚をしたミタカから、妹のさやかが母さんに会いたがっていると聞かされた。
その頃には、重度のうつ病も快復にむかい退院のめどがたっていた。
息子のミタカから聞くさやかの話しは、元夫の再婚相手の母親とは、似ても似つかない子だった。
ヨキナは、困惑した。
もしその子に会って、家庭を壊した母親の娘に会ったら自分が何を言うかが怖かった。
担当医に相談すると、最初は渋い顔をされたがミタカが信頼している人物というと言う事もあり面会の許可がおりた。
ヨキナはさやかと、総合病院の、最上階にある喫茶店で待ち合わせをした。
久しぶりに見る夕日の暖かいオレンジ色に、気持ちが落ちついたが、初めて会う元夫の再婚相手の娘に会うのは、不安で仕方なかった。
1番奥の席に座り、ヨキナはさやかを待っていた。
今時の若い女の子をよく知らない。時々、総合病院の受付を歩く時、さやかくらいの大学生の女の子とすれ違い、よく目が合う。
きりっとしているが、人を想える優しそうな子だった。気のせいか、ヨキナに軽く会釈までしてくる。
ヨキナが、その子がのちにさやかの大親友のトモコだと知るのは、ずっと先の話だ。
さやかが喫茶店に入ってきた瞬間、ヨキナはミタカの妹がこの子だと分かった。
静かだが、瞳に宿る情熱や幸せへの渇望が夕日のオレンジ色に染まりながら燃えている。
短い時間、話し、別れた。
さやかが、何度もヨキナを振りかえるので、ヨキナはずっと手をふった。
ミタカがこの子を好きな事も、母親としてうっすらと感づいた。
そろそろ、自分がしがみついていた幸せ、ミタカを手放さなければとヨキナが覚悟を決めたのは、さやかが最後に泣いていたからだ。
それからヨキナの症状は回復し、退院後は国の支援を受けながらアパートを借り、生活していくためのパートも見つけ、働きだした。
「ミタカ、お母さんの事は大丈夫だから、あなたの人生を生きなさい」
泣いている息子の瞳が揺れ、ヨキナを見た。
「えっ?」
国の補助とパートではギリギリの生活だとミタカはヨキナと一緒に暮らす提案までしてくれたが、もう、その息子にしがみつくのは、この息子の涙で最後にしよう。
「さやかちゃんに会ってらっしゃい。お母さんの所には、あなたが来たい時にいらっしゃい、お父さんには2度と会わないとお母さんから連絡しておくから」
ヨキナが息子の手を離すと、ミタカの背負っていた重たい鎧が、ドサリと夜の闇と共に落ちる音がした。
いつの間にか、窓の外は明るい透明な朝の太陽の希望の光が広がっていく。
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