1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

アサミカナエ

^^

1話・この世に超常現象なんてあるわけがない

1話・1

 これは与太話だけど。

 先日の自習時間、クラスの男子が集まって「なりたいものランキング」を決めていた。

「1位は透明人間じゃね!?」と誰かが言って盛り上がっている中、オカルト嫌いでノリも悪いおれ——神多かんだいをりは、その話題に加わらず外を眺めていた。

 でももし透明人間が現実にいるとすれば。

 それは、クラスのみんなに馴染んでいないおれのような人間のことなんじゃないだろうか。


「うげ、皮肉すぎ……」


 オカルト嫌いなおれはめちゃくちゃげんなりした。




 今日はGW明けで久しぶりの登校だった。

 始業時間よりかなり余裕を持って学校に着いたおれが教室のドアを開けると、中にいたクラスメイトたちが一斉にこっちを見てきた。

 しかし入ってきたのがおれだとわかると、すぐに何事もなかったように自分たちの会話へ戻っていった。

 誰ともあいさつを交わすことなく、窓際の後ろから3番目の自分の机にカバンを置いてひと息つく。

 春に入学し、1カ月も経てばだいたいクラスにもグループができているはずだけど、おれはすでにぼっちだった。


 いや、別に嫌われているわけでは……多分ないはず。

 表情が変わらないし愛想も気力もない。さらに話も積極的にする方ではないから、入学してすぐのころには話しかけてくれていたクラスメイトたちとも、いつの間にか目も合わなくなってしまっただけだし。

 だけどおれは別にそれが苦痛なわけじゃない。むしろ……快適?

 中学と同じように高校も静かに勉学に励み、静かに終える。別にそれで問題はない。



「ねー見た? 高校生占い師アイチューバーITTuber夢斗ゆめとのテレビ出演!」



 後ろの席で女子が騒いでいるのが耳に入ってきた。

 そういえば昨夜、テレビで超常現象系のバラエティ放送やってたな……と思い出す。



「千里眼すごかったよねー!」

「ってかまじイケメンー!」

「今度占いフェスに来るらしいよ!」

「ねーそういえば、神多かんだくんのお父さんも、フェス出たりするの?」



 突然話題が振られて、座ろうとしていた動きをぴたりと止めた。


 父・神多剛鬼かんだ ごうきは有名占い師で、昔ながらのテレビ出演が多く、お茶の間の認知度も高い。


 神田の苗字はよく見るけれど、神多はめったにない苗字だから、剛鬼との関係はいつもすぐに勘ぐられていた。

 それについてはおれも隠しているわけでもないし、父だと答えているから、学校でも周知はされている。

 それで、超常現象やオカルト系のテレビ番組が放送されれば、翌日クラスメイトから話しかけられる率が3割程度上がる(おれ調べ)。会話が苦手な自分には気が重いイベントだった。



「さあ……。父は多分、そういうのには行かないと思う……」



 鬱陶しく伸びた前髪の隙間から一瞬だけ後ろへ視線を向ける。

 女子たちはおれの答えを聞いて「ふーん」と一応相槌を打つものの、秒で興味を失い、またきゃあきゃあと自分たちの会話に戻っていった。

 よし、なんとかうまくやり過ごせた。

 ホッとして、今度こそ席に着く。



「ピアスつけてチャラついてんのに、かんちゃんって愛想ないよな〜」



 今度は前方から男子の声。

 またか……。とげんなりしながらゆっくりと視線を上げると、京村行人きょうむら ゆきとが歩いて来た。



「別に」



 普段ならここで話を終わるが、彼は別に知らないやつってわけでもない。

 その胡散臭うさんくさやかな笑顔を向ける男を睨みつけて、おれは二節目をつなげた。



「……耳の穴がひとつ多いだけだよ、キョージン」



 色素の薄い髪を真ん中分けした今時な風貌は、明らかにおれなんかよりチャラついている。

 だいたいこういうときに登場し、親しげなニックネームで呼ぶ同性は親友と相場が決まっているが、何度でも言ってやる。おれはぼっちだ。


 キョージンは他につるんでるヤツらがいて、おれとはたまに会話をするくらいの仲だ。今日だって、3週間ぶりくらいに話したんじゃないだろうか。

 ただ小中高と一緒の学校だったこともあり、お互いニックネームで呼ぶくらいのくされ縁はある。

 京村行人の最初と最後をもじり、おれは「キョージン」と呼ぶのだが、呼び名の由来はそれだけではない。



「ピアス穴を耳の穴にカウントすんなよ……ふわぁ……」



 おれの前の席に座ると、自分から話しかけて来たくせに、キョージンはだるそうに大あくびを見せつけた。



「なに、昨夜もゲーム?」

「おー。3時過ぎまでマイクラしてた」

「へえ。今なにしてんの?」

「ネッ友呼んで、泣かせるまで延々と雷ぶつけて遊んでた」

「あ、そう……」



 マイクラはたしかに流行ってるみたいだけど、あれはそういうゲームなのか? やったことないからわからんけど、たぶん褒められた行動ではないのだというのはなんとなくわかる。

 というように、サイコパスな部分がちらちらあるので、“狂人”と呼んでやっているというわけだ。愛を込めて。



「さっき女子にも絡まれてたけど、かんちゃん昨日の千里眼、見たぁ?」



 キョージンは手を頭の後ろで組んで、期待した目でニヤリと笑った。



「見た」



 カバンを机の横にひっかけながら、おれは一言で返した。

 昨夜のリビングのテレビは、「絶対に変えちゃだめ」と言う母の命令で、見たくもないその番組が流れていた。

 父と結婚するくらいだ。

 スピ&オカ&不思議系の番組は必ずチェックするのが、うちの絶対政権もといテレビのチャンネル権を握る母だった。



「で、で。どう? あれはガチだと思う?」



 そう言いながら、キョージンが興奮して身を乗り出してきた。

 近づいた顔が暑苦しくて、思わずおれは体を引く。

 こいつ、これが聞きたくて話しかけてきたのか……。



「……あれは司会の女性とグルになっていて、箱の中身を遠隔で教えてもらっていたんだよ……」

「え。そんな簡単なトリックぅ?」



 声を上ずらせ、キョージンが眉間を寄せる。

 おれは大きく頷いて。



「夢斗の千里眼のときだけ、いつも番組の司会をしているアナウンサーじゃなかったろ」

「あ。そうかも!」

「それに司会の女性の視線、たびたび不自然だったし……」



 種明かしをしてやると、キョージンは「はーーーーー」と、がっかりした様子で大きなため息をつき、やっと体を引いた。

 おれはなんとなく、ぺっぺっと肩を払う。

 悪いな。ぼっちはパーソナルスペースが広いんだ。



「はあ。俺ならそんなちゃちなトリックに気づけば、キャーキャー言ってる女子に暴露してやるんだけど。神ちゃんは優しいっすねえ」

「いや別に。信仰は自由だし」

「宗教じゃないから」

「似たようなもんだよ」



 また始まった。とばかりにキョージンが肩をすくめるので、おれは視線をそらして窓の外を眺めた。

 GW開けのぼんやりとした頭は、まだどこか現実世界に追いついていない気がした。

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